イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2010年に書かれた997型 ポルシェ・911 GT3のレビューです。


911

この国では現在、妙なことが起こっている。総選挙に先立ち、イートン・カレッジおよびオックスフォード大学卒業というデーヴィッド・キャメロンの華々しい経歴は彼の仕事にふさわしくないという批判が毎日のように聞かれるようになった。それは、「速すぎるアスリートはオリンピックのイギリス代表から除外すべきだ」と言うのと変わらないのではないだろうか。

ニック・クレッグに関しても同じような話がある。彼はウェストミンスター・スクールおよびケンブリッジ大学を卒業しているのだが、その経歴のせいで無能扱いされてしまっている。

批判している人間が何を言いたいのか理解に苦しむ。マンスフィールド出の馬鹿な女のほうが政治家として優秀なのだろうか。それとも、私が何かを見逃しているのだろうか。

お金に関するデリケートな話題についても同様だ。かつて、イギリス人は決して収入について話題に出すことはなかった。以前にスウェーデンの戦車に乗った時、車長が突然「去年はいくら稼いだんだい?」と訊いてきた。アナルセックスの経験回数を尋ねられたほうがまだ冷静でいられただろう。

しかし、今や時代が変わってしまった。BBCの社長は年収80万ポンド以上稼いでいると報道されており、これは常識はずれの金額だと批判されている。なるほど。では、理想的な年収はいくらなのだろうか。その半分だろうか。四分の一だろうか。5万ポンドだろうか。最低賃金しか貰えていない人にとっては、それですら多すぎなのかもしれない。

嫉妬に狂う者達は億万長者番付のような記事を読んでこう考えるのだろう。
一体全体、どうやったら10億ポンドもの資産を持てるようになるのだろうか。

しかし、他人の年収など自分の人生には関係ないはずだ。少なくとも、そんな億万長者と飛行機で隣同士になることなどない。もし政府が億万長者の金を取り上げて国民全員に平等に分配したとしても、一人あたりせいぜい16ポンドしか貰えないだろうし、たかがそれだけのために億万長者の人生は台無しになってしまう。

最近気付いたのだが、午前6時にロンドンを走ると、走っている車の半分はポルシェかアストンマーティンだ。ところが、8時50分に道路を観察すると、ほとんどがルノーだ。つまり簡単なことだ。良い車が欲しいなら、早起きしてたくさん働けばいい。

しかし、私のような考え方をするのはもはや少数派なのかもしれない。確かに多くの人はお金持ちになりたいと思っているのだが、一方で他人にはお金持ちになってほしくないと願っている。ポルシェ・911 GT3に試乗するとそれが身に沁みて理解できる。

ここで注釈しておくが、私は911のことなどまったく好きではない。私は別にポルシェに乗るような人間を軽蔑しているわけではない。私が軽蔑しているのはヒトラーによって生み出された車それ自体だ。エンジンの位置はおかしいし、操作性は怪しいし、デザインは昔と一切変わっていないし、空冷サウンドを聞いていると自分がマルティン・ボルマンになったかのような気分になる。しかも、リチャード・ハモンドも911に乗っている。

しかし、エンジンの搭載位置は前進したし、水冷式エンジンが使われるようにもなったので、今の911はずっとまともになっている。不承不承ながらも、最近のポルシェはそれなりに認めている。しかし、私は911のことなどまったく好きではない。買おうと思ったことなど一度としてない。911はマーガレット・サッチャーのような車だ。賞賛することはできても、好きになることはできない。

正直なことを言うと、GT3はほとんど変わっていないと思っていた。なので記事をどうやって書こうかと悩んでさえいた。実際、嫌な部分は変わっていなかった。ノーズは低すぎて舗装を掘りながら走るしかなかったし、1km/hでもスピードバンプを乗り越えることができなかった。しかも、リアシートはロールケージに変わっており、低速域での乗り心地はホラーだった。確かに、愛車のメルセデス・CLKブラックに比べればましなのだが、酷いことには変わりない。

911ラインアップにおけるサーキット用モデルは911 GT3 RSだ。ノーマルのGT3は公道とサーキットの中間モデルだ。タイヤにも中間的なセミスリックタイヤが使われており、快晴の日にだけその威力を発揮してくれる。

リアシートはないし、乗り心地は悪いし、ノーズは低いのだが、クルーズコントロールやエアコン、ナビ、iPod接続機構などはしっかり装備されている。要するにこれは豪華戦闘機だ。高級漁船だ。ダイヤモンドで飾られたAK-47だ。

そして私はこの車を長距離運転することになった。他に乗れる車がないか見回してみたのだが、家の芝刈り機すら燃料が切れていたので、ナンセンスなポルシェのシートに嫌々ながら座ることにした。

少し乗って気付いたのだが、速度を上げていくにつれて乗り心地がどんどんソフトになっていった。まるで関節が外れてしまったかのような柔らかさだった。普通の速度で走っている限り、快適とすら表現することができる。

そこからさらに加速していくととんでもない興奮が押し寄せてくる。しかし、その段階に至るためには相当なスピードを出さなければならない。スーパーバイクを追いかけるときくらいの速度を出さなければならない。それに、アルミドアや軽量な特殊素材を用いたエンジンカバーを使っているにもかかわらず、静粛性は非常に高い。この911なら好きになれるかもしれない。もっとも、911嫌いの私には無理だが。

Top Gearテストトラックを走らせた結果は期待外れに終わった。シカゴコーナーでは大半の車が急にオーバーステアに転じてしまう。しかしGT3は違った。酷いアンダーステアを呈した。それでも私はこのマンマシンインターフェースとの時間を楽しむことができた。

下位グレードの911とは違って、GT3に搭載されるエンジンは直噴ではないし、トランスミッションは普通の6速MTだ。アストンマーティンなどとは違い、装飾的な排気音などはなく、聞こえてくるのは真っ当なエンジン音だけだ。走行距離を重ねるにつれて、本当にこの車なら好きになれるかもしれないと思うようになってきた。やがては、この車を好きにならない道理はないのではないかと思うようになった。私は恋に落ちかけた。

特にステアリングが気に入った。凄いなんてものではない。コーナーを曲がるときにこの車ほど純粋な喜びが生まれる車は他に知らない。先日など、わざわざ回り道をしてラウンドアバウトのたくさんあるミルトン・キーンズを走ったくらいだ。

他にも些細な長所がいくつかある。ナビは非常に使いやすいし、満タンで走れる距離はとんでもなく長いし、内容や実力を考えれば価格は驚くほど安い。

それにデザインだって好きになれる。恋人と同じように、中身を好きになれば現実には存在しない見た目の美しさまで見出すようになる。少なくとも、ポルシェの中では一番まともなデザインだし、最近のポルシェのデザイン傾向を考慮すれば、むしろ昔とあまり変わっていないことを歓迎すべきだろう。

かつてなら、私はフェラーリのほうが好きだった。なぜなら、フェラーリは理屈ではなく情熱で作られていたからだ。しかし、理由は不明ながら今はポルシェの品質の高さを評価できるようになった。フェラーリを買う人は耐久性など求めないが、911なら耐久性も期待できる。

もう一点に言及して終わりにしよう。90年代当時、911は自らの富を誇示したいだけのシティボーイが購入していた。当時はまだ巨大なブライトリングが発明されていなかった。だからこそ、大半の人間は911を嫌っているのだろう。

しかし、今はそんな時代ではない。現在911を運転しているのは、人生に常識を求めつつも、同時に最高のステアフィールを求めるような、ロマンスグレーの堅実な人たちだ。つまりはマニアだ。困ったことに私も同じ気持ちだ。GT3が欲しい。


The Clarkson review: Porsche 911 GT3 (2010)