イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2003年に書かれたボルボ・S60Rのレビューです。


S60R

エンジニアについて考えたことはあるだろうか。200年前、フロックコートを着た男たちは次々と新しい物を生み出していたに違いない。ところが、現在繰り広げられている会話はあまりにも退屈だ。

今日の仕事はどうだった?
いや、大したことはしていないよ。秘書の子のスカートの中を覗こうとしたり、それから書類整理をしたくらいだ。

では、1750年当時の会話を想像してみよう。

今日の仕事はどうだった?
午前中には蒸気機関を開発して、それから午後にはまた新しい時間の計測法を編み出したんだ。君はどうだい?
いつも通りだよ。トンネルを掘る方法をまた一つ考え出して、それから圧力釜を設計したんだ。

当時、世界中では「スズメがくちばしを使って枝から巣を作る様子を観察していたら、洗濯機を生み出すことができたんだ」みたいな会話があちこちで繰り広げられていた。

先日、BBC2で始まったアダム・ハート=デーヴィスの新シリーズを視聴した。その番組は『テューダー朝とスチュアート朝に何が起きたのか』というテーマで、番組はぐだぐだと続いたのだが、その疑問には2秒で答えることができる。「すべて」だ。

我々人類は瞬く間に原始人から文明化した。そして、溶鉱炉、蒸気機関、高度な建築技術を持つようになった。

ヴィクトリア朝時代の人間は、たとえあらゆるものが発明し尽くされ、それ以上新しい発見をすることは不可能だと思われていたとしても、それでも努力を続けて鉄船や電気を発明した。

20世紀に入ってからも、世の中にはジョン・ロジー・ベアードのような発明家に溢れていた。彼は温熱靴下を開発し、それから映像付きのラジオを生み出そうとした。それが今のテレビとなっている。

我々にとっては理解しがたいことだ。例えば、私が今からタイムマシンを作ろうと思っても、それを生み出すための手掛かりは存在しない。一方、ベアードは独力で発明をやり遂げてしまう。

当時は凄い時代だった。ヴィクトリア朝時代の1851年にはロンドン万国博覧会があり、そこでは当時の驚異的な技術力を見ることができた。当時、技術こそが未来であり、人と獣や虫を隔てるものであると考えられていた。

今では電子工学が台頭している。これはただ単につまらないだけでなく、恐ろしくもある。1968年、人工知能HALが異常行動を起こし、宇宙船ディスカバリー号の乗組員の殺害を決行して以来、人々は電子に怯えるようになった。

ジェームズ・キャメロンは『ターミネーター』の中で、人類を終わらせるのはコンピューターだと話している。いずれ、ナノロボットが知能を持つようになれば、世界に核災害が起こることだろう。

しかし、私には理解できない。正直なところ、私はロボットなどまったく怖いとは思わない。ロボットやコンピューターは、知能を獲得して核爆発を起こそうと企てるよりもずっと前に、確実に壊れてしまうはずだ。

考えてみてほしい。150年前にブルネルによって建設されたパディントン駅は今でも変わらず美しいままだ。それをお持ちの携帯電話と比べてみてほしい。見劣りしないだろうか。カメラが付いているだとか、手帳機能があるだとか、そんなことは関係ない。

1985年に買ったビデオレコーダーやカメラを今でも使っているだろうか。そんなはずはない。もうとっくに壊れてしまったはずだ。DVDだって同じだ。私は850ポンドもする初期のポータブルDVDプレイヤーを購入したのだが、今では使いものにならない。

これがボルボ・S60Rの話に繋がる。この車はBMW M3に対抗するための4WDの4ドアセダンだ。搭載される2.5Lターボエンジンは300PSを誇る。確かにこれは凄い数字ではあるのだが、M3がパリ北駅だとすれば、300PSはせいぜい英仏海峡トンネルの途中だ。それに、ターボには欠点も多い。

ただ、ボルボいわく、S60Rのシャシは市販車史上最も先進的だそうだ。この車にはスカイフック制御というものが用いられている。コンフォートモードやスポーツモードでは、タイヤやサスペンションによって車が下から支えられているのではなく、むしろ上から吊り下げられているように感じるそうだ。

それに、アクティブヨーコントロールとトラクションコントロールの制御により、アドバンストモードにするとS60が本物のレーシングカーに変貌するそうだ。

ただ、どうも話がうますぎる気がした。事実、私の疑念は的中した。試乗車をTop Gearテストトラックでアドバンストモードにして走らせてみたのだが、その実力を試すまでもなく、システムが壊れてしまった。ダッシュボードには「点検」の文字が光っていた。

すぐに代わりの試乗車が届いたので、車の実力を試すためにあちこちのボタンをいじった。コンフォートモードにすると快適になる。スポーツモードにすると快適性が損なわれる。アドバンストモードにすると不快になる。

ハンドリングに関して言えば、丹念に比較してみたのだが(およそ3秒間)、どのモードを選んだところで変わらないように感じた。なので、ずっとそれ以降はずっとコンフォートモードで走らせた。

とはいえ、私はこの車をそれなりに気に入った。これまで、私にはS60の存在意義が理解できなかった。S60を買うのは、ドイツ人の陽気で美人な女の子を無視して、あえて平凡で退屈な女の子と寝るようなものだ。しかし、ノーズのデザインが変わり、大径ホイールを履いたS60Rは美人な女の子だ。

妙なことに、この車はあまり速いとは感じない。もちろん、スペック的には速いのだが、この車を運転していても、コーナーを速く、もっと速く駆け抜けたいと感じるような覇気がない。

どんな車にも、何も考えずに運転していると自然にその速度になるような巡航速度というものがある。大半の車は130km/hかそこらなのだが、上を見ればメルセデス・ベンツ S600は180km/hくらいだ。ところが、S60Rでは100km/hだった。

田舎道で、自分が乗っているのが4WDターボのセダンだということを思い出し、前の車を追い越してみたのだが、それ自体はかなり楽勝だった。しかし、それから数kmも走ると追い越した車に追いつかれてしまった。後ろの車のドライバーはどうして突然減速したのだろうかと不思議に思ったことだろう。

結局のところ、これは運転していて楽な車だ。オービスに撮られる危険性もない。集中して運転していればオービスには気付くだろうし、何も考えずに運転していればせいぜい5km/hくらいしか出ない。

インテリアも気に入った。シートは素晴らしく快適だし、オーディオは並の車くらいには優秀だし、ダッシュボードからせり出してくるナビも気に入った。これは壊れやすいのだろうが、動いているうちは楽しい。

要するにこの車は、快適で、安全で、装備が豊富で、価格も適切だし、やろうと思えばかなり速く走ることもできる。

走る楽しさではBMWに大きく劣るのだが、自分で所有するのであればM3よりもボルボを取りたい。S60Rの方がよっぽど…何と言うべきか、馬鹿っぽさがない。

しかし、どちらにしてもアウディ・S4には劣る。S4にはボルボと同じくターボエンジンが搭載されているし、同じように4WDだ。同じように静粛性も高いし、快適だし、変な派手さもない。しかし、ボルボとは違い、条件さえ揃えばやる気になって飛ばすことができる。

S4の方が2,000ポンド高価なのだが、それでも私ならS4を選ぶ。S4の方がどこか機械っぽいのだ。しかし、ビル・ゲイツ的な車が欲しいのであれば、ボルボを買って後悔することはないだろう。


Volvo S60 R