イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ポルシェ・カイエン ターボSのレビューです。


Cayenne

私はこれまでにベントレー・コンチネンタルに何度も乗ってきたのだが、「この車の豪華さや適度な暴力性は気に入ったのだが、もっと最高速度が低くてもっと扱いづらく、もっとずっと高価なモデルがあったらいいな」なんてことを考えたことは一度としてない。

ベントレーはこの条件に合致したSUVを発売した。ベンテイガと名付けられたこの車は、実質的にはコンチネンタルの劣化版だ。見た目もどこか醜い。しかし、大ヒットはほぼ確実だ。クリスチャン・ルブタンやシャネルの溢れる街では、受けること間違いなしだ。

ランボルギーニも地上高を上げたスーパーカーを作る計画を発表している。竹馬に乗ったアヴェンタドールのようなデザインになるようだ。つまり、アヴェンタドールよりも遅くて、経済性が悪くて、コーナリング性能も低くなるはずだ。こちらもヒットすることだろう。

レザー溢れるSUVの需要はうなぎのぼりで増えている。先週末、オックスフォードシャーの山中にあるホテルに行った。フォルクスワーゲン・ゴルフに乗ってきた私を見ると、誰もが驚愕していた。「そんな車でどうやってここに来たんだ」と叫んでいた。

私以外の客はほとんど全員がレンジローバーで来ていた。今やレンジローバーは大人気なので、ランドローバーの姉妹企業であるジャガーから今春にライバル車のFペースが登場することになっている。Fペースは3月のジュネーヴショーで発表されるマセラティ・レヴァンテとも競合することになるだろう。

各社がこぞってSUVの開発に注力している理由は明らかだ。SUVを売ることで得られる利ざやは普通の車よりも大きい。農民のための車を作るのに大したコストはかからないのに、販売価格は釣り上げることができる。

セダンは速く快適で洗練されていなければならないので、開発には何百万ポンドもの資金が必要だ。しかし、SUVは巨大でボタンがたくさん付いてさえいればいい。開発にはせいぜい8ペンスくらいしかかからない。アメリカに目を向ければ極端な例を見ることができる。アメリカで売られているのはスモークガラスが付いただけのただのピックアップだ。合理的に考えれば、SUVなど無意味だ。

しかし、SUVを運転していると、貧乏人を豪邸に招待して、札束を燃やす様子を見せつけているような気分になる。SUVなんて馬鹿げているし、車嫌いのGoogle自動運転至上主義者を喜ばせるだけの代物だ。しかし、私の中の9歳の少年の部分は、巨大なターボ付きのおもちゃで遊ぶことをむしろ楽しんでいる。

なので、クリスマス休暇中にポルシェがカイエンターボSを貸してくれると申し出てくれたとき、私は嬉しかった。

今やもう、カイエンの歴史は長い部類に入る。フランス領ギアナにはカイエンヌという都市があるし、カイエンという名前のコショウもある。これは世界中の洞窟壁画にも描かれている。

2014年にはちょっとしたフェイスリフトが施された。その際にはLEDデイライトが追加されたのだが、室内に乗り込むとやはり古さを感じる。例えば、最近の車のナビは200インチはあるのに対して、カイエンのナビは切手くらいの大きさだ。それに、エンジンをかけるためには鍵を差し込んで回さなければならない。あまりに古風だ。

interior

それに、困ったことにデザインは昔から変わっていない。カイエンのデザインは悪く、時代が変わっても何ら進歩していない。デザイナーはフロントを911風に見せることだけに執着して、それからやけくそになってそれ以外の部分を適当に誤魔化したかのようだ。

しかし、カイエンは重要なところがよくできている。カイエンは非常に速い。狂ったほどに。異常なほどに。目が回るほどに。

搭載されるのは、4.8LツインターボV8エンジンで、最高出力570PSを発揮する。つまり、918スパイダーの販売が終了した今のポルシェでは最もパワフルなモデルだ。それに、ニュルブルクリンクではレンジローバースポーツSVRを15秒近く突き放してSUVの最速ラップを記録している。

SUVの中で速いだけではない。直線加速であれば0-100km/h加速でアストンマーティン・V8ヴァンテージをも下すことができる。しかも、最高速度は280km/hだ。

試乗車にはオプションのスポーツエグゾーストシステムが装備されていた。これは犬を怯えさせるほどの轟音を鳴り響かせる。それに、これを付ければ消防士の使うホースのような燃料ポンプ音をかき消すこともできる。

これだけの重さ、これだけのパワーを手中に収めるために、この車には様々なセッティングがある。しかし、どれを選んでも快適性はあまり高くない。ただ、一番ソフトなセッティングを選べばそれほど悪くない。当然、一番スポーティーなモードを選んだところで、この車は911にはなれない。車高が高すぎる。しかし、運転していて危険を感じることはない。SUVとしてはこれでも上出来だ。

制動距離は長い。コーナリングスピードも速くない。燃費も悪い。しかし、これらは払うべき代償…なのだろうか。そこまでして、背の高さが、地上高が、オフロード性能が必要なのだろうか。

確かに、この車には先進的な電子制御が満載されているのだが、現実的なことを言えば、これほどまでに巨大で、これほどまでに重い車は、濡れた草の生い茂る丘で走らせれば立ち往生してしまう。これを避けるためにはオフロードタイヤを履く必要があるのだが、そんなことをすれば家に帰るまでずっと悪夢のような騒音に耐え続けなければならない。

ここで、一番最初の疑問に戻ることにしよう。イギリスのオフロードでもまともに走らないのに、カイエンターボSに12万ポンドも払う意味はどこにあるのだろうか。どうして代わりにパナメーラを買わないのだろうか。あるいは、BMW 530dを、ゴルフRを、トヨタ・ハイラックスを買わないのだろうか。

はっきりと言ってしまおう。SUVを買うのは、それが現代のユニフォームだからだ。SUVを持っていれば、周りの人に自分が別荘を持てるくらいには裕福であることを示すことができる。何不自由なく暮らしていることを示すことができる。これこそが人間の本質だ。馬鹿げているが、それが人間なのだ。

しかし、大型SUVを買うにしても、鍵を差し込まなければいけない上にナビ画面が切手サイズのカイエンターボSを選ぶ道理はどこにあるのだろうか。

最速のSUVだから欲しがるのかもしれない。しかし、あと1年か2年もすれば、いずれにしてもベントレーやランボルギーニから出たライバルに抜かされてしまうことだろう。


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