イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2004年に書かれたフィアット・パンダのレビューです。


Panda

一般に、車は人生の買い物の中で家に次いで高価なものだと言われている。しかしこれは事実なのだろうか。

つい最近、アン・ロビンソンがプロドゥア・クリサを乗り回していたということを白状した。この車は葉っぱでできた靴を履いている人がジャングルの中で作った車だ。

にもかかわらず、この車の価格はわずか5,000ポンドだ。つまり、4人家族が夏休みにカリブ海まで旅行に行くためにかかる費用のほうがよっぽど高くつく。

この車よりも高価なものは他にもたくさんある。先日もウォルトン・ストリートの店でこれより高い双眼鏡を見かけたし、ボンド・ストリートではこれよりも高い食器棚や宝石を売っている。中には、これよりも高いスーツや調理器具やスピーカーを買うような変人もいる。

それに、結婚するためにもプロドゥア・クリサ以上に金がかかる。そして結婚以上に金がかかるのが離婚だ。子供の教育や人の死にはさらなる大金を積まなければならない。

しかし、プロドゥア・クリサを欲しがるような人間など存在しない。病気みたいな名前だし、3気筒だし、0-100km/h加速には2週間ほどかかる。結局のところ、たとえ中古車を買うにしても、本物の車を買おうと思えば少なくとも9,000ポンド以上は必要だ。

にもかかわらず、どうしてか分からないのだが誰かが私の家にフィアット・パンダを寄越して試乗するように頼んできた。パンダの一番安いモデルは6,295ポンドだ。エルトン・ジョンが髪にこれ以上のお金を使っていたとしても驚かない。なので、大した期待は抱いていなかった。

それに、かつてのフィアット・パンダの記憶もその思いを増強していた。昔のパンダは定規一本でデザインされ、シートの代わりにハンモックが搭載されており、インテリアには飾りひとつなく、最高速度は亀と同等だった。イタリア僻地の農民には十分だったのだろうが、それ以外の誰もこんな車は買わなかった。

そのため、パンダの一番安いグレードにもパワーウインドウやステアリング位置調節機構、集中ドアロック、シートベルトプリテンショナー、2エアバッグ、オーディオ、それに街中で使いやすい超軽いパワーステアリングまで付いていたことには驚かされた。

他にも、エアコンやCDプレイヤー、パーキングセンサー、睾丸保護用のエアバッグなども選択することができる。しかし、愚かにもこんな車でオプションをてんこ盛りにしようと、人生で2番目に高価な買い物には到底ならないだろう。

バリー・マニロウが鼻に費やした金のほうが絶対に高い。ダニエラ・ウェストブルックが"粉"に費やした金のほうがよっぽど高いはずだ。6,300ポンドあっても本物のパンダすら買うことができないだろう。

最初にパンダを運転した時は雨が降っていた。1kmも走らないうちに雨が雹へと変わり、5分も経つと別の惑星にでも来てしまったかのような様相になった。あるいはカナダかもしれない。雷が鳴り響き、光と轟音が容赦なく襲いかかり、前を見ることなどほとんどできなくなってしまった。

私の車の前を走っていたレンジローバーはスリップして縁石に激突し、その反動で反対側に飛ばされて丘の下へと滑り落ちて行った。北極のような寒さのせいで、スポーティーな太いタイヤは使い物にならなくなってしまった。

ところが、私のパンダは果敢にも貧相な細タイヤで凍結した道を進み続けた。一瞬として危険を感じることはなかった。

続いて、土曜の夜に外出のためにパンダを使ったのだが、さらなる驚きがあった。リアシートは非常に広く、3人の子供たちがただ乗れただけでなく、車内で取っ組み合いの喧嘩をすることさえもできた。

その翌日、日曜の朝、パンダでミニラグビーの試合会場に向かった。ジョニー・ウィルキンソンがシドニーでパントキックからドロップゴールを決めて以来、多くの親が子供にラグビーをやらせ始めたため、駐車場はまるでラッシュアワーのバンコクのようだった。

しかし、パンダならば何の問題もない。パンダならクローケーのフープの間にも停めることができる。ある父親は私のパンダを見て「何だこの車は」と嘲った。私はそんな父親がBMW X5を6km離れた場所に停め、そこから歩いてきたことを逆に嘲ってやった。

それに、高価で巨大な車よりも優れている点は他にもある。普通、エンジンをかけてから暖かい空気が室内に流れ込んでくるまでには3, 4分ほどかかる。しかしフィアットは凄い。実際に計測してみたのだが、エンジンをかけてわずか21秒後には吹き出し口から心地の良い暖気が吹き込んできた。この車の場合、0-60℃と0-100km/hは同じくらいだろう。

1.1Lモデルでは0-100km/h加速が15秒だ。これは人間の時間に直せば18ヶ月ほどだ。1.2Lモデルも大して変わらず14秒なのだが、よく分からない理由で燃費はこちらの方が優れている。平均燃費は20km/Lを超えた。

しかし、パフォーマンスが欠けていると短絡的に考えて欲しくはない。この車はイタリア車なので、パワーが足りないだの無気力だのと感じることはない。それどころか、今まで運転した中で最も速い車であるかのようにさえ感じた。

強風によって雪が吹き飛ばされ、道が普通の状態に戻ってから改めて運転してみたのだが、フィアットは信じられないほど楽しかった。パンダというよりもむしろグリズリーだ。アクセルを踏むと素晴らしい音が響く。1速で「グルルルルルル」と唸り、2速でも「グルルルルル」と唸る。

ブレーキをかけてコーナーへとターンインすると、ステアリングを介して道路からの圧倒的なフィードバックが得られる。囁きや呟きではない。耳元でメガホンを使って叫んでくる。この車よりも一体感のないスポーツカーなどいくらでもある。

この車を運転すると満面の笑顔になる。まるでイタリアンレストランのウェイターのごとく活気に満ちている。イタリアンレストランの比喩をもう少し使うと、料理自体は落ち着き払っていて美味しい。

しかし、せいぜい39km/hくらいでしか走れない。この速度だと、危険を感じることなく運転を楽しむことができる。万が一ブレーキが効かなくなっても、この速度ならばガードレールに突っ込んでしまうことはない。

これがフィアット全体の問題の話へと繋がる。当然のごとく、ブレーキは効かなくなるものだと思っているし、クランクシャフトは外れるものだと思っているし、窓はひとりでに踊り始めるものだと思っている。要するにフィアットはちゃちだ。

これはただの個人的な心象ではない。最近のTop Gearの満足度調査によると、ワースト10にフィアットが2台ランクインしており、フィアット車の中で評価が最高だった車は93位だった。品質やディーラー、交換部品の高価さなどが低評価の主な要因だった。フィアット・セイチェントのオーナーの72%近くは二度とフィアットでは買わないと表明していた。

しかし、パンダはこの伝統を打ち破っている。以前に試乗したルノー・メガーヌCCよりも頑丈そうに感じた。ただし、ゴミ袋もメガーヌCCよりは頑丈そうだ。とはいえ、パンダはドイツ車的だ。何かが外れそうな感じはしない。高品質な感じがする。

もちろん、これはあくまでもただの印象に過ぎない。パンダが発売されたのは2週間前なのだから、長期的に乗ってどうなるかなど予想できるはずがない。しかし、少なくともプントよりは頑丈なはずだ。

はっきり言ってしまえば、私はパンダを気に入った。パンダを借りている間は他の車に乗らなかった。メルセデス・SLにも、ボルボ・XC90にも、他の試乗車にも乗らず、新しくできた親友との時間を楽しんだ。

真っ当な成熟した車とは違うのだが、この車には素晴らしい点が2つある。魅力的な個性と驚異的な低価格だ。


Fiat Panda