イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した記事を日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2005年に書かれたジェレミー・クラークソンの愛車 フォード・GTのレビューです。


FordGT

35年前、私はいずれフォード・GT40を買おうと自らに誓った。GT40はかつてル・マンで一人勝ちしていたフェラーリを蹴散らしたブルーカラーのスーパーカーだ。しかしそれから10年が過ぎ、私の身長は伸びすぎてしまい、GT40に乗れなくなってしまったため、夢はあっけなく崩れ去ってしまった。

嬉しいことに、2002年にGT40の復刻版の発売が予告された。価格は10万ポンドを切り、最高速度は320km/hを超えると発表された。また、オリジナルよりもかなり大型化されることも発表された。なので、私のようなのっぽでも運転することができるだろうと考えた。

そして2年前、私はアメリカでプロトタイプモデルに試乗し、イギリス割り当て分の28台のうちの1台を自分が注文した。

それから時が経ち、価格が大幅に上昇するだの、燃費が最悪だの、サスペンションは失敗作だのといった噂が流れるようになった。一方で、スーパーチャージャー付きのV8エンジンは558PSの出力と計測器を破壊するほどの莫大なトルクを発揮するという噂も流れた。なので悪い噂などまったく気にならなかった。

そしてつい1ヶ月前、サイドに"On Time"と書かれたトラックに載ってようやく私の家にやって来た。第二次世界大戦で既に学んだように、アメリカ人の"On Time"(時間通り)の概念は我々のものとは違う。

ともかく、この車の見た目は実に素晴らしかった。あちこちが筋肉のように膨らんでおり、スーパーチャージャー付きの5.4Lの心臓を包み込んでいるような印象だった。GT40とは似ても似つかないのだが、理想のGT40と言ってもいいデザインだった。それにこの車は大きい。ボルボ・XC90よりも長いし、ハマーと同じくらいに幅が広い。

そのため、初めてこの車に乗ってロンドンまで運転すると、まるでハーメルンの笛吹き男のごとき様相を呈してしまった。周りの人たちはこぞって写真を撮り、手を振り、私に向かって親指を立ててきた。私は15年間にわたって車のテストをしてきたが、これほどまでに人を寄せ集めた車はなかった。しかも、集まった人は誰もが好意的だった。

当然、取り回しには問題がある。ハマースミス・ブリッジでは車幅制限に引っかかってしまい、バックして戻ることになったのだが、その結果、朝の交通ニュースの一幕を飾ってしまった。小回りも利かないので小さなラウンドアバウトでは切り返しをしなければならないし、斜めの合流では他の車が近付いて来てもまったく視認できない。

しかし、これさえなければ静粛性も高いし乗り心地も非常に落ち着いている。まるで発電所だ。音もなく人生に光をもたらしてくれる。

しかし、肩越しには巨大なパワーを背負っている。ルームミラーを覗けばスーパーチャージャーのベルトが回転しているのが見えるし、アクセルを踏み込めば後ろから轟音が響いてくる。

最初の1,000kmちょっとは4,000rpmを超えないようにと説明された。とはいえ、160km/hでの回転数が1,900rpmだったので難しい話ではなかった。燃費も6.4km/Lとさほど悪くはなかった。ところが、3日後には状況が一変してしまった。

Top Gearのスタジオに停めておいたフォード・GTに乗り込むと、イモビライザーが誤作動してエンジンがかからなくなってしまった。なので、仕方なく駐車場に置き去りにし、借り物のトヨタ・カローラで家に帰ることになった。

フォードが車を回収し、イモビライザーを交換して翌日には車が家に戻ってきた。「直りましたか?」と問うたところ、「はい」と返された。

しかしそれは嘘だった。午前3時に警報が鳴った。4時にも再び鳴った。これを聞いた妻はフォード・GTを「f***な車」だと言い始め、私自身もなんとなく車が嫌いになり始めてしまった。

翌日、車を運転中に電話が鳴ったのでハンズフリーフォンで受けると、警備会社からの電話だった。曰く、私の車が盗難されたそうだ。しかし、当然ながら盗まれてなどいない。私は今まさにその車を運転しているのだから。

私が泥棒本人なのではないかと危惧したらしく、警備会社の担当者は私にパスワードを言うように促してきた。しかし困ったことに、私はインターネットで使うパスワードを逐一変えているため、何一つ思い出すことができなかった。となるとこれは一大事だ。なにせ、電話の向こうの担当者は遠隔で車のエンジンを止めてしまうことまでできるのだから。

警備会社の担当者を怒鳴りつけてみたりもしたのだが無駄だった。なので仕方なく当てずっぽうでパスワードを言ってみた。
aardvark...いや、abacus, じゃなくてaesop...

最終的には担当者も分かってくれたようで、もう一度フォードに修理を依頼した。どうも、イモビライザーだけでなく、警報装置や追跡システムも含めてすべて故障していたようだ。

2日後、車が戻ってきた。「直りましたか?」と問うたところ、前と同じように「はい」と返された。

フォードのディーラーを出て5分後、私の車が盗難されたという内容のメールが送られてきた。それから30分間のうちに同じ内容のメールが3通来た。さらに翌朝までにもう2通メールが届き、結局翌日の午前9時までで私の車は合計5回盗まれたらしい。

すぐにフォードに電話をかけ、今度直らなかったら責任者のケツに車ごと挿入してやると言った。その電話中、ダッシュボードに黄色い警告灯が点灯した。

おい、なんかダッシュボードで黄色い警告灯が光ってるぞ
私は電話に向かって大声で怒鳴り散らした。
でしたら、エンジン管理システムに何らかのトラブルがあったのでしょう。申し訳ありませんが、もう一度検査する必要があります…。
電話の相手は耳から血を流しながらそう言った。

それからもう何度目かもよく分からない修理を受け、車が戻ってきた。その時にはもうセキュリティシステムが直ったかなんてことは尋ねもしなかった。よもやまだ直っていないなんてことはありえないと思ったからだ。

その一時間後、学校で娘が演じる劇を観覧している最中、お馴染みの警告音が聞こえてきた。もう信じられなかった。そうこうしているうちに再び警告音が鳴った。

私は激怒してフォードに電話し、イギリス販売分の28台のGTの点検整備を担当しているROUSHという会社は無能だと直訴した。もう3度も修理を頼んで、それで直らないのだから、これ以上やっても無駄だろうと話した。

そして私は、おそらく相手が予想だにしていなかったことを言い始めた。私はフォードに対し、車の代金の返金を迫った。

その翌日のことだ。私の口座には12万6,000ポンドが振り込まれており、車を回収するために人がやって来た。その男に話を聞くと、同じ不具合はどの車にも起きているそうだ。

私は35年間夢を見続け、2年間納車を待ち続けた。10年間この車のために頑張って働いてきた。それで結局得たものは、人生で最悪の1ヶ月間だった。

しかし、不思議なことに、GTとの別れ際、映画『リタと大学教授』のラストシーンで飛行機に乗り込むマイケル・ケインを見送るジュリー・ウォルターズになったかのような気分になった。私は泣いてしまった。

しかしそれも当然の話だ。私は車には魂があると信じている。私のフォードが、愛されることも、求められることもなく、ただどこかに放置されるなんて、耐えられるはずがない。こいつには何の非もない。こいつは完璧な車だ。ただ、阿呆な猿が使いものにならない後付けの警報システムなんかを付けてしまったせいで台無しになってしまっただけだ。

フォードは、いつでもGTを買い戻せるようにしてくれると私に説明した。それどころか、心が決まるまではアストンマーティン・DB9を貸してくれるそうだ。しかし私にはどうするべきか分からない。どうしても分からない。

普通なら、私の意見を書いて記事を締めくくる。しかし、今回はむしろ逆のことをしたい。是非とも読者の言葉に耳を傾けたい。

ただ一つだけ言わせて欲しい。もし私が個人的にこの車を売れば、5万ポンドほど利益を生み出すことができたはずだ。しかし、私は金儲けのために自動車評論家という立場を利用することはない。これからもそんなことをするつもりはない。


20 years of Clarkson: Ford GT review (2005)