イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれたマツダ・MX-5(日本名: ロードスター)のレビューです。


MX-5

言うまでもないことだが、車が壊れても、酒に酔っていても徒歩で移動することはできる。それに、ごく短距離であれば誰だって歩いて移動する。しかし、好きで歩くという考え方は異常だ。

それでも、週末になればごく普通の家族連れが散歩している。それに、アノラックを着た顎髭男は自然と一体化するために外を歩いている。その結果、今や中世的な散歩が大きなビジネスになっている。このビジネスはかなり大規模になり、今では技術オタクすらも関わってきている。

以前に雪の降るノルウェーにおいてTop Gearの収録を行った際、私は長らく愛用してきたレザーブーツを持って行った。このブーツは濡れた岩の上だと滑ってしまうし、全天候に対応できるなどとは到底言えないのだが、非常に快適で頑丈だ。

ただ、番組の制作陣は私がアウトドアシューズなど持っていないと考えたらしく、新しい靴を私のために用意してくれた。しかし、その靴はなんとも酷いものだった。巨大なオレンジ色の靴で、あちこちにバッジが付いていた。

(何と比べてかは分からないが)25%通気性の高いゴアテックスという素材が用いられたその靴には「アドバンスト・シャシ」だの「セミオートマチック・クランポン」だのが付いているらしく、「GTXX」や「V-Max」といったよく分からない商品名が付けられていた。

もし家族を人質に取られていたとしたら、私もこの靴を履いたかもしれない。しかし、どう考えてもオートバイと同じような設計思想に基づいて作られたとしか思えない靴を自発的に履くなんてありえない。絶対にありえない。

しかし、それがありえてしまった。わずか1時間で私の愛用の靴に水が染み込んでしまった。足は濡れて凍てつくように冷たくなってしまった。それに、代わりの靴は他になかった。なのでしぶしぶ、GTXX セミオートマチック・アドバンスト・シャシ・サーモンとやらを履いた。

困ったことに、この靴の底にはありとあらゆる技術が投入されていたため、靴を履くと私の身長が196cmから251cmまで伸びてしまった。しかし、それ以外には何の問題もなかった。それどころか、意外に優秀な靴だった。軽量だし、防水だし、どんな路面でも滑らないし、クッションもしっかりしていた。

しかも、娘によるとこの靴は恰好良いそうだ。この靴を履くとドアや天井や、それどころか電線にまで頭をぶつけてしまうのだが、それすらも気にならなくなった。この靴は新しいお気に入りになった。

あらゆる技術がこの靴くらいに優秀ならばいいのだが、実際は違う。デジタルカメラを例に見てみよう。フィルムカメラであれば、20世紀の記録を戸棚の中に半永久的に保存しておくことができる。しかし、デジタルカメラのデータはハードディスクの中であり、遅かれ早かれいずれはクラッシュして消失してしまう。

薄型テレビも同様だ。電源が付いていない時ならば恰好良く見えるのだが、実際に電源をつけるとまったく使いものにならない。私のテレビは音ズレが酷く、次の番組が始まった頃にようやく前の番組の音声が流れ始める。

それに、最近の車に使われている技術の中にもおかしなものはたくさんある。最近、メルセデス・ベンツ SL55からSLK55に乗り替えたのだが、車格を下げたので多くの点で後退してしまった。SLKの方が安っぽいし、トランクは使いものにならないし、カタログスペックでは互角なはずなのだが、急いでいる時にはSL55のスーパーチャージャーが恋しくなってしまう。

しかし、一つ重大な部分でSLKの方が優れている。SLKにはエアサスペンションが付いていない。なので、ちょっとした凸凹を乗り越えた時にホップ・ステップ・ジャンプをすることはない。

ノルウェーのオフロードではアウディ・Q7に試乗したのだが、まだオンロードで試乗していないとはいえ、既に結論は断言できる。このエアサスペンションは使いものにならない。どれほど路面状況が滑らかであろうと、まるで洗濯板のような乗り心地だ。

エアサスペンションなら、従来的なサスペンションと違ってコンピューターオタクがいじくり回すことができる。それに、センサーによって路面を感知してサスペンションを調節し、コーナリング中も車を水平に保つことができる。こうすれば、開発会議の場においては車の見栄えがよくなる。しかし、現実的には車が少し使いづらくなってしまう。

そしてこの話が見事にマツダ・MX-5の話に繋がる。かつてのMX-5は社会現象を引き起こした。世界で最も売れたスポーツカーとなった。ひょっとしたら、この車が少しゲイっぽかったことに理由があるのかもしれない。

MX-5はいわば信頼性を高くしたかつてのMGであり、マツダはイギリス製スポーツカーの音すらも録音してコピーした。しかし実際のところ、この車は男達の集う公衆トイレへと向かうような車だった。

だからこそ誰もがこの車を気に入った。この車には怖さがない。確かに、もっとパワフルなエンジンを載せるべきだと言っていた人もいるが、私は違う。それどころか、1.3Lエンジンにデチューンしてバーブラ・ストライサンド・バージョンとして売り出して欲しいとすら思っていた。余計なものの付いていない、スチールホイールのモデルだ。

しかし、新型MX-5にはそんなモデルなど存在しない。ボディは拡大し、ホイールアーチは膨らみ、まるでジム通いでもしたかのようにより肉感的になった。スポーツカーとしての「本気度」が上がったように感じる。より大人な、ヘテロセクシャルなホンダ・S2000のライバルにまで成長したかのように思える。

しかも、マツダいわく「飲料」くらいはトランクに載せられるようにしろという顧客の要求に応えたそうで、荷室は拡大しているらしい。ただ、なんとも困ったことに、本当に「飲料」くらいしか運べない。なので、大して広いわけではない。

とはいえ、車自体は優秀だ。確かにサイドエアバッグだのトラクションコントロールだのといったいらぬ新技術が投入されてはいるのだが、それでもガソリン一滴一滴を使って馬力を出しきってはくれる。EUの騒音規制や排ガス規制に引っかかるようなこともない。

要するに、この車は私の新しい靴のような車だ。中身は堅実に設計されており、ちゃんと実用的な技術が投入されている。デジタルではあるのだが、アナログな感じがする。

何より凄いのは、新型には多くの装備が追加され、またボディも補強されたにもかかわらず、車重は旧型よりもわずか45kgしか増加していない。それを実現したのはコンピューターオタクではない。エンジニアだ。

ルーフを設計したのもエンジニアだ。電動ソフトトップを装着しろという圧力はあったのだろうが、それを採用してしまえば車重がかさんでしまう。それに、渋滞の中で電動ルーフを開閉する姿は間が抜けている。なので、新型MX-5には運転席から片手で開閉することのできるキャンバスルーフが備わる。電動ルーフなど不要だ。

それに、新型は依然としてゲイっぽい。バランス、安定性、ギアチェンジ、エクゾーストノート、どれをとっても見事にハマっている。

私が試乗した2Lモデルは速すぎて怖いというほどではなかったのだが、遅すぎてちゃちだということもなかった。新型MX-5はどこも見事に設計されており、実用性と見た目さえもう少し改善してくれれば本当に愛される車になることだろう。


Mazda MX-5