イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、2008年に書かれたジャガー・XKR-Sのレビューです。

人類の歴史において、ジャガーを買おうという人が出てきたのは一体いつのことなのだろうか。
ひょっとしたらそれは1970年代の話なのかもしれない。当時、ジャガーの工場で働く労働者はトロツキストばかりで、ほとんど一日中工場の外で火鉢を囲んでたむろして過ごしていた。たまに工場で働いたと思えば、自分の昼食をインテークマニホールドの中に置き去りにし、上司にそれを回収しろと命令されれば、またストライキに取りかかりはじめた。
うすら馬鹿なブリティッシュ・レイランドの上層部はかつて、ジャガーの名前を「大型車部門」に改称しようとしたことさえある。もちろん「農機具部門」という会社から農業用品を購入する人はいるだろうが、そこで購入するのは、自分たちが飢えているからか、あるいはそこで買わないと撃ち殺されてしまうからだ。しかし、"バイエルン発動機製造 735i"が自由に購入できる状況で、あえて"大型車部門 XJ12"を購入するような人間がいるとは思えない。
しかし結局、ジャガーの無能な上層部は島流しになり、ストライキにかまける労働者たちにも罰が下り、ジャガーはフォードによって助けられる運びとなった。
ある年の10月12日午後3時15分、ある男が、メルセデスでもBMWでもアウディでも手押し車でもなく、スーパーチャージャー付きのジャガー・XJRを購入しようと決断した。
その翌日、ジャガーはJDパワーの顧客満足度調査で好成績を記録した。しかし、この理由は実力の高さではなく、意外性にあったと考えるべきだろう。
「おいおい。俺が買ったのはジャガーなのに、家に帰るまでに爆発もしなかったし、ひっくり返ったりもしなかったぞ。しかも、インテークマニホールドにサンドイッチが入っているわけでもなかった。こりゃ驚きだ。」
同時期にシュコダの顧客満足度が高かったのも同じ理由だ。
しかし、そんな好調も長くは続かなかった。ジャガーはSタイプという車を発売したのだが、時流にはまったく合わなかった。続いてXタイプという非常に優秀な車が登場した。ただ、優秀なのは当然だ。この車はフォード・モンデオに豪華なフロントグリルと豪華な値札を付けただけの車なのだから。
しかもさらに困ったことに、ジャガーは自社の木目やレザーに溢れたイメージをF1のイメージへと塗り替えようとした。しかし、中身がフォードであるという事実を考慮すれば、それが難しいということは言うまでもない。それに、フォードのお金はついに底をついてしまった。
そもそも、ジャガーを購入していた人の多くが英国製であることを理由に購入していた。しかしそれだけでは車を購入する動機としては不十分だ。
似たような製品を並べられたとしたら、私は製品にユニオンジャックの付いた方を選ぶだろう。しかし、いくらイギリス製だからといって、高速ボートではなくあえて犬の糞を選ぶような人間は存在しない。
当然、それでもイギリス製品を選びたがるような人間も存在する。それがゴルファーだ。イギリスのゴルファー達はイノック・パウエルの話が出るたびに大喜びする。
しかし、今やジャガーはインド人の手に渡ってしまったので、ゴルファーすらもジャガーを積極的には選ばなくなるだろう。アメリカ人の手中にあったという事実を受け入れるだけで彼らはもう限界だった。ましてやインド傘下のジャガーなど受け入れられるはずがない。
そうなれば、結果は火を見るより明らかだ。ゴルフ場からはジャガーの姿が消え始め、ニック・ファルドはレクサスに乗り替えた。そして、V12を搭載したEタイプ以来初めて、ジャガーが再びディナーに向かうための車として購入されるようになった。では、期待とともにジャガー・XKRに乗り込むことにしよう。
登場時、この車は優秀だと言われていた。アストンマーティン・V8ヴァンテージよりも速く、実用性も高く、それでいて低価格な車だ。ただ、ブランドの力というものは強大なので、頭ではジャガーが優秀だと分かっていても、心はどうしてもアストンの方に向いてしまい、誰もがヴァンテージを購入した。
しかしそれも当然の話だ。アストンが魅力に溢れたジェームズ・ボンドの車である一方で、ジャガーにはせいぜいコメディアンのイメージくらいしかない。
しかし、そんな状況も変わろうとしている。今やアストンを購入する人はまともに駐車すらできないような人ばかりで、一方でXKRを買えば、
「私は自分がジェームズ・ボンドになれないということを理解しているし、中年の危機に陥っているわけでもない。私はあくまで、見た目の良い2シーターの中でXKRが最高だと思ったから買っただけだ。」
と表明することができる。
つい最近の時点で、私の中のXJRコンバーチブルが欲しいという気持ちは15%だったのだが、その気持は日に日に増している。現時点では36%にまで上昇しており、ここまで上昇するとそろそろウェブサイトにアクセスしてボディカラーを確認するようになる。私なら、ボディカラーはグリーン、ルーフはベージュがいいと思っている。
唯一の問題はエンジンだ。1435年当時であれば、400馬力でも十二分だった。しかし、ドイツ人が馬力戦争に加わり、今やアウディ・RS6の最高出力は580PSだ。それを考えると、ジャガーの420PSという数字がベジタリアン的に思えてしまう。
ジャガーが500馬力の5L V8エンジンを開発中だという話は聞いているのだが、1年以内に登場することはなさそうだ。そうなると、ジャガーではなくメルセデスかBMWを買わざるをえない。あるいは、燃費のほうが重要だと言い訳して、420PSでも十分だと自分に言い聞かせるしかない。
ただ、私が試乗した限定モデルのXKR-Sはそれほど悪い車ではなかった。アクセルを踏んで不足を感じることもなかった。ただ、もう少し音を響かせてくれてもいいとは思った。車外からならば排気音をはっきりと聞き取れるのだが、車内からだとスーパーチャージャーの音しか聞こえない。
それに、ナビの出来も少し不満だ。もう1年くらい費やせばきっとまともなナビができることだろう。なので、ジャガーにお願いだ。インド人と交渉して、もっとたくさんルピーを要求するべきだ。
この車は美しい。妻の愛車であるアストンマーティン・ヴァンテージの横に停めても、はっきり言ってジャガーの方が恰好良いと思ってしまった。それに、ジャガーの方が信頼性も高いし、値段は安いし、速いし、リアには(使い物にならないとはいえ)2人分の座席が付いている。それに、走りもジャガーの方が優れている。
XKR-Sのエンジンは専用チューニングされており、最高速度は280km/hまで向上している。それに、スプリングやダンパー、スタビライザーもチューニングされている。より硬くなっているそうなのだが、実際はそうとは思えない。バンプを見事にいなしてくれる。同クラスの他の車とは一線を画している。それでいて操作性は高く、運転して笑顔になってしまう。
ただし、残念ながらイギリス向けにはわずか50台しか製造されない。しかもコンバーチブルは設定されず、全車クーペだ。それに、ボディカラーはブラックだけだし、そもそも既に売り切れている。しかし、これに絶望することはない。標準車だってさして変わらないし、値段は9,000ポンド安いし、コンバーチブルも選べるし、ボディカラーだって選べる。
これまでにジャガーを買おうとなど考えもしなかった人が大半だろう。しかし、私の言葉を信じてほしい。これは買うべき車だ。
今回紹介するのは、2008年に書かれたジャガー・XKR-Sのレビューです。

人類の歴史において、ジャガーを買おうという人が出てきたのは一体いつのことなのだろうか。
ひょっとしたらそれは1970年代の話なのかもしれない。当時、ジャガーの工場で働く労働者はトロツキストばかりで、ほとんど一日中工場の外で火鉢を囲んでたむろして過ごしていた。たまに工場で働いたと思えば、自分の昼食をインテークマニホールドの中に置き去りにし、上司にそれを回収しろと命令されれば、またストライキに取りかかりはじめた。
うすら馬鹿なブリティッシュ・レイランドの上層部はかつて、ジャガーの名前を「大型車部門」に改称しようとしたことさえある。もちろん「農機具部門」という会社から農業用品を購入する人はいるだろうが、そこで購入するのは、自分たちが飢えているからか、あるいはそこで買わないと撃ち殺されてしまうからだ。しかし、"バイエルン発動機製造 735i"が自由に購入できる状況で、あえて"大型車部門 XJ12"を購入するような人間がいるとは思えない。
しかし結局、ジャガーの無能な上層部は島流しになり、ストライキにかまける労働者たちにも罰が下り、ジャガーはフォードによって助けられる運びとなった。
ある年の10月12日午後3時15分、ある男が、メルセデスでもBMWでもアウディでも手押し車でもなく、スーパーチャージャー付きのジャガー・XJRを購入しようと決断した。
その翌日、ジャガーはJDパワーの顧客満足度調査で好成績を記録した。しかし、この理由は実力の高さではなく、意外性にあったと考えるべきだろう。
「おいおい。俺が買ったのはジャガーなのに、家に帰るまでに爆発もしなかったし、ひっくり返ったりもしなかったぞ。しかも、インテークマニホールドにサンドイッチが入っているわけでもなかった。こりゃ驚きだ。」
同時期にシュコダの顧客満足度が高かったのも同じ理由だ。
しかし、そんな好調も長くは続かなかった。ジャガーはSタイプという車を発売したのだが、時流にはまったく合わなかった。続いてXタイプという非常に優秀な車が登場した。ただ、優秀なのは当然だ。この車はフォード・モンデオに豪華なフロントグリルと豪華な値札を付けただけの車なのだから。
しかもさらに困ったことに、ジャガーは自社の木目やレザーに溢れたイメージをF1のイメージへと塗り替えようとした。しかし、中身がフォードであるという事実を考慮すれば、それが難しいということは言うまでもない。それに、フォードのお金はついに底をついてしまった。
そもそも、ジャガーを購入していた人の多くが英国製であることを理由に購入していた。しかしそれだけでは車を購入する動機としては不十分だ。
似たような製品を並べられたとしたら、私は製品にユニオンジャックの付いた方を選ぶだろう。しかし、いくらイギリス製だからといって、高速ボートではなくあえて犬の糞を選ぶような人間は存在しない。
当然、それでもイギリス製品を選びたがるような人間も存在する。それがゴルファーだ。イギリスのゴルファー達はイノック・パウエルの話が出るたびに大喜びする。
しかし、今やジャガーはインド人の手に渡ってしまったので、ゴルファーすらもジャガーを積極的には選ばなくなるだろう。アメリカ人の手中にあったという事実を受け入れるだけで彼らはもう限界だった。ましてやインド傘下のジャガーなど受け入れられるはずがない。
そうなれば、結果は火を見るより明らかだ。ゴルフ場からはジャガーの姿が消え始め、ニック・ファルドはレクサスに乗り替えた。そして、V12を搭載したEタイプ以来初めて、ジャガーが再びディナーに向かうための車として購入されるようになった。では、期待とともにジャガー・XKRに乗り込むことにしよう。
登場時、この車は優秀だと言われていた。アストンマーティン・V8ヴァンテージよりも速く、実用性も高く、それでいて低価格な車だ。ただ、ブランドの力というものは強大なので、頭ではジャガーが優秀だと分かっていても、心はどうしてもアストンの方に向いてしまい、誰もがヴァンテージを購入した。
しかしそれも当然の話だ。アストンが魅力に溢れたジェームズ・ボンドの車である一方で、ジャガーにはせいぜいコメディアンのイメージくらいしかない。
しかし、そんな状況も変わろうとしている。今やアストンを購入する人はまともに駐車すらできないような人ばかりで、一方でXKRを買えば、
「私は自分がジェームズ・ボンドになれないということを理解しているし、中年の危機に陥っているわけでもない。私はあくまで、見た目の良い2シーターの中でXKRが最高だと思ったから買っただけだ。」
と表明することができる。
つい最近の時点で、私の中のXJRコンバーチブルが欲しいという気持ちは15%だったのだが、その気持は日に日に増している。現時点では36%にまで上昇しており、ここまで上昇するとそろそろウェブサイトにアクセスしてボディカラーを確認するようになる。私なら、ボディカラーはグリーン、ルーフはベージュがいいと思っている。
唯一の問題はエンジンだ。1435年当時であれば、400馬力でも十二分だった。しかし、ドイツ人が馬力戦争に加わり、今やアウディ・RS6の最高出力は580PSだ。それを考えると、ジャガーの420PSという数字がベジタリアン的に思えてしまう。
ジャガーが500馬力の5L V8エンジンを開発中だという話は聞いているのだが、1年以内に登場することはなさそうだ。そうなると、ジャガーではなくメルセデスかBMWを買わざるをえない。あるいは、燃費のほうが重要だと言い訳して、420PSでも十分だと自分に言い聞かせるしかない。
ただ、私が試乗した限定モデルのXKR-Sはそれほど悪い車ではなかった。アクセルを踏んで不足を感じることもなかった。ただ、もう少し音を響かせてくれてもいいとは思った。車外からならば排気音をはっきりと聞き取れるのだが、車内からだとスーパーチャージャーの音しか聞こえない。
それに、ナビの出来も少し不満だ。もう1年くらい費やせばきっとまともなナビができることだろう。なので、ジャガーにお願いだ。インド人と交渉して、もっとたくさんルピーを要求するべきだ。
この車は美しい。妻の愛車であるアストンマーティン・ヴァンテージの横に停めても、はっきり言ってジャガーの方が恰好良いと思ってしまった。それに、ジャガーの方が信頼性も高いし、値段は安いし、速いし、リアには(使い物にならないとはいえ)2人分の座席が付いている。それに、走りもジャガーの方が優れている。
XKR-Sのエンジンは専用チューニングされており、最高速度は280km/hまで向上している。それに、スプリングやダンパー、スタビライザーもチューニングされている。より硬くなっているそうなのだが、実際はそうとは思えない。バンプを見事にいなしてくれる。同クラスの他の車とは一線を画している。それでいて操作性は高く、運転して笑顔になってしまう。
ただし、残念ながらイギリス向けにはわずか50台しか製造されない。しかもコンバーチブルは設定されず、全車クーペだ。それに、ボディカラーはブラックだけだし、そもそも既に売り切れている。しかし、これに絶望することはない。標準車だってさして変わらないし、値段は9,000ポンド安いし、コンバーチブルも選べるし、ボディカラーだって選べる。
これまでにジャガーを買おうとなど考えもしなかった人が大半だろう。しかし、私の言葉を信じてほしい。これは買うべき車だ。