イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、2008年に書かれたメルセデス・ベンツ SL63 AMGのレビューです。

歴史的に重要な名車は何台かある。絵に例えるなら、ルーヴル美術館に飾られるような、動物で例えるなら、テキサス州民が壁に頭を飾るような、そんな車たちだ。いわば自動車界のモーツァルトであり、モナ・リザだ。
そんな名車の一台がガルウイングのメルセデス・ベンツ 300SLだ。先進的なエンジンをわずかに傾けて搭載することにより、重心を低くするとともにデザインの自由度も高められている。チューブラーフレームは強度が高いうえに軽量で、製造された全1,400台のうちの29台はオールアルミだった。そしてなにより、かつてのレースでの栄光は、いまだ多くの人を感傷に浸らせる。
しかし、歴史上最も重要な車を5台リストアップしようとすると、その中にガルウイングは入らない。こんなことを断言してしまえば多くの人が異論を唱えるはずだ。結局、私にとってのガルウイングは、ピンク・フロイドの『おせっかい』のようなものだ。あまりにも前衛的だった。
SLの歴史は長く、1963年には新型モデルが登場した。これはSLの暗黒面だ。こういう例えが許されるかは分からないが、いわばジェネシスだ。
1963年に登場した2代目SLのエンジンは傾いてなどいなかったし、当時としても40年は遅れた燃料噴射システムを用いていた。ル・マンで勝利を飾ったレースモデルも存在しなかった。エンジンとタイヤの付いた、ただ見た目が素晴らしいだけの車でしかなかった。
それに、この車は女性的なデザインをした初めての車だった。ワイパーの付いたミニスカートだった。この車に男性が乗るのは、男性がパンティーを穿くのと同じくらいに似合わなかった。しかし、女性が乗ると見事に調和した。かつて、ケイト・モスがこの車を運転する姿を見たことがあるのだが、思わず見蕩れてしまった。
しかし、それからさらに8年後、メルセデスは女性向けの車を作るのをやめ、新型モデルのターゲット層は『ダラス』のボビー・ユーイングに変わった。ボビーはこの新型SLを非常に気に入り、ダラスで乗り回していたのだが、ある日、作中の別の登場人物にSLで轢かれてしまった。
2代目SL同様、ボビーのSLもあまりスポーティーではなかった。1980年に登場した5L V8のモデルでさえ、最高出力はわずか240PSで、最高速度はわずか217km/hだった。それに、デザインもさほど優れていなかった。ただ、これだけ欠点が多かったにもかかわらず、3代目SLは18年間にわたって製造され続けた。製造期間はメルセデス史上でGワーゲンに次いで長い。
しかし、1989年になるとようやく新型モデルが登場した。この頃になるとSLという概念が変化を遂げ、SLが"Sport Light"の略であると言われるようになった。しかし、この車のスポーティーさや軽さは東ドイツのオリンピック砲丸投げ代表と同じくらいだった。車重は月とほとんど変わらず、海岸沿いの高速道路を134kmで走ると潮力が生まれた。
このモデルはTop Gearの黎明期にテストしているのだが、アジャスタブルサスペンションや電動ルーフなどといった当時としては新しい装備が付いており、昔の私は非常に気に入った。それに、この車の巨大さやガジェットの多さも気に入った。ところが妙なことに、この車には女性らしさが戻っており、購入者の大半はチェシャーやハロゲートの金持ち女だった。
元祖SLが登場してからおよそ40年が経った2002年になってようやく、原点に立ち返った新型SLが登場した。華やかで、それでいて抑えの利いた、スタイリッシュで面白い人たちのための車だ。にもかかわらず、私もこの車を購入した。
この車もスポーティーなわけでもなければ軽いわけでもなかったのだが、私の購入したSL55 AMGはまるで雷のような音を響かせた。私はこれを非常に気に入った。ただ、モデルチェンジの際には是非とも改善して欲しいと思っていた問題点もいくつか存在した。
まずはサスペンションだ。どれほどスポーティーにしようとしても、SL55はかなりソフトで快適だ。これは良いところだ。怠け者でクルージング向けなこの車の性格に合っている。しかし、設計が人の手ではなくパソコンで行われたため、鋭い凸凹に乗り上げると対処できなかった。危険なほど暴れるということはなかったのだが、不安定で快適性を損なっていた。
SL55はインテリア・エクステリアともにカラーバリエーションが酷い。10万ポンドの車を購入するなら、顧客の好みに応じて陰毛だろうとシート表皮に使えるようにして然るべきだ。しかし、SL55のカラーバリエーションは刑務所と同レベルだ。
それに、リンガトロニックとかいう変な装備も付いていた。理論的には、車に話しかけると車がそれに応答してくれるらしい。しかし実際は、何を喋ったかなど車にはまったく理解できない。家への経路を表示してほしいと頼んでも、ラジオを付けてFox FMを選局し、騒音を響かせるだけだ。職場に電話をかけようとしても、まったく的外れな人に繋がってしまう。
妙なことに、新型SL63 AMGではここで挙げたどの問題点も解決していない。舗装の悪い道で暴れてしまうという点も変わらない。オレンジ色を選ぶこともできない。それに、リンガトロニックが理解できるのはクリンゴン語だけだ。
では何が変わったのだろうか。新型ではスーパーチャージャーがなくなり、代わりに自然吸気の6.2L V8エンジンが搭載される。そのため、馬力は向上したのだが、残念ながらトルクは低下している。それに、パワーが出る回転数も高くなってしまったし、CO2排出量も増加してしまった。
それに、トランスミッションは7速ATとなった。ギア数は必要な数よりも2段多い。ただ、このトランスミッションには"sport+"とやらが付き、コーナーに近付くとシフトダウンしてくれる。しかも、2,230ポンドのドライバーズパッケージを選択すれば、最高速度が250km/hから300km/hになる。
試乗した車には8,230ポンドのパフォーマンスパッケージも付いており、大径フロントブレーキやLSD、それに丸くないステアリングが付いていた。
オプションを無視すれば、新型SL63は従来のSL55とほとんど変わらない。ただし一点だけ大きな違いがある。それがエクステリアだ。あらゆる場所に走り屋風の装飾品が追加され、フロントエンドは口唇裂になってしまった。この車のデザインは滅茶苦茶だ。
ひょっとしたら、SLのデザインチームは今現在もデザインの改善に努めているのかもしれない。しかし、SLの長い歴史を見ても分かってもらえただろうが、進化というものは非常にゆっくり進む。なので、このガーゴイルのようなデザインは2015年頃までは変わらないことだろう。しかしそうなると、巨大で快適で速い2シーターオープンカーが欲しい人はどうすればいいのだろうか。
アストンマーチン・DB9はオープンカーにはなれない。オープンカーという感覚を得ることができない。その弟分のV8ヴァンテージは素晴らしい車ではあるのだが、メルセデスよりもかなりハードコアで、乗っていて疲れてしまう。
ベントレー・コンチネンタルも悪くないのだが、街中を乗り回すと卵を投げつけられてしまう。この車は仰々しすぎる。
それに、BMW 6シリーズという車もあるのだが……。6シリーズのリアにはメルセデスのフロントとまったく同じ問題がある。
そうなると、最善の選択肢はジャガー・XKRと言わざるをえない。XKRにはメルセデスほどのパワーはない。首周りに温風を吹きかけてくれるエアスカーフも付いていない。ガジェットが溢れているわけでもない。けれど、メルセデスと違って顔が奇形になっているわけでもない。
Mercedes-Benz SL 63 AMG
今回紹介するのは、2008年に書かれたメルセデス・ベンツ SL63 AMGのレビューです。

歴史的に重要な名車は何台かある。絵に例えるなら、ルーヴル美術館に飾られるような、動物で例えるなら、テキサス州民が壁に頭を飾るような、そんな車たちだ。いわば自動車界のモーツァルトであり、モナ・リザだ。
そんな名車の一台がガルウイングのメルセデス・ベンツ 300SLだ。先進的なエンジンをわずかに傾けて搭載することにより、重心を低くするとともにデザインの自由度も高められている。チューブラーフレームは強度が高いうえに軽量で、製造された全1,400台のうちの29台はオールアルミだった。そしてなにより、かつてのレースでの栄光は、いまだ多くの人を感傷に浸らせる。
しかし、歴史上最も重要な車を5台リストアップしようとすると、その中にガルウイングは入らない。こんなことを断言してしまえば多くの人が異論を唱えるはずだ。結局、私にとってのガルウイングは、ピンク・フロイドの『おせっかい』のようなものだ。あまりにも前衛的だった。
SLの歴史は長く、1963年には新型モデルが登場した。これはSLの暗黒面だ。こういう例えが許されるかは分からないが、いわばジェネシスだ。
1963年に登場した2代目SLのエンジンは傾いてなどいなかったし、当時としても40年は遅れた燃料噴射システムを用いていた。ル・マンで勝利を飾ったレースモデルも存在しなかった。エンジンとタイヤの付いた、ただ見た目が素晴らしいだけの車でしかなかった。
それに、この車は女性的なデザインをした初めての車だった。ワイパーの付いたミニスカートだった。この車に男性が乗るのは、男性がパンティーを穿くのと同じくらいに似合わなかった。しかし、女性が乗ると見事に調和した。かつて、ケイト・モスがこの車を運転する姿を見たことがあるのだが、思わず見蕩れてしまった。
しかし、それからさらに8年後、メルセデスは女性向けの車を作るのをやめ、新型モデルのターゲット層は『ダラス』のボビー・ユーイングに変わった。ボビーはこの新型SLを非常に気に入り、ダラスで乗り回していたのだが、ある日、作中の別の登場人物にSLで轢かれてしまった。
2代目SL同様、ボビーのSLもあまりスポーティーではなかった。1980年に登場した5L V8のモデルでさえ、最高出力はわずか240PSで、最高速度はわずか217km/hだった。それに、デザインもさほど優れていなかった。ただ、これだけ欠点が多かったにもかかわらず、3代目SLは18年間にわたって製造され続けた。製造期間はメルセデス史上でGワーゲンに次いで長い。
しかし、1989年になるとようやく新型モデルが登場した。この頃になるとSLという概念が変化を遂げ、SLが"Sport Light"の略であると言われるようになった。しかし、この車のスポーティーさや軽さは東ドイツのオリンピック砲丸投げ代表と同じくらいだった。車重は月とほとんど変わらず、海岸沿いの高速道路を134kmで走ると潮力が生まれた。
このモデルはTop Gearの黎明期にテストしているのだが、アジャスタブルサスペンションや電動ルーフなどといった当時としては新しい装備が付いており、昔の私は非常に気に入った。それに、この車の巨大さやガジェットの多さも気に入った。ところが妙なことに、この車には女性らしさが戻っており、購入者の大半はチェシャーやハロゲートの金持ち女だった。
元祖SLが登場してからおよそ40年が経った2002年になってようやく、原点に立ち返った新型SLが登場した。華やかで、それでいて抑えの利いた、スタイリッシュで面白い人たちのための車だ。にもかかわらず、私もこの車を購入した。
この車もスポーティーなわけでもなければ軽いわけでもなかったのだが、私の購入したSL55 AMGはまるで雷のような音を響かせた。私はこれを非常に気に入った。ただ、モデルチェンジの際には是非とも改善して欲しいと思っていた問題点もいくつか存在した。
まずはサスペンションだ。どれほどスポーティーにしようとしても、SL55はかなりソフトで快適だ。これは良いところだ。怠け者でクルージング向けなこの車の性格に合っている。しかし、設計が人の手ではなくパソコンで行われたため、鋭い凸凹に乗り上げると対処できなかった。危険なほど暴れるということはなかったのだが、不安定で快適性を損なっていた。
SL55はインテリア・エクステリアともにカラーバリエーションが酷い。10万ポンドの車を購入するなら、顧客の好みに応じて陰毛だろうとシート表皮に使えるようにして然るべきだ。しかし、SL55のカラーバリエーションは刑務所と同レベルだ。
それに、リンガトロニックとかいう変な装備も付いていた。理論的には、車に話しかけると車がそれに応答してくれるらしい。しかし実際は、何を喋ったかなど車にはまったく理解できない。家への経路を表示してほしいと頼んでも、ラジオを付けてFox FMを選局し、騒音を響かせるだけだ。職場に電話をかけようとしても、まったく的外れな人に繋がってしまう。
妙なことに、新型SL63 AMGではここで挙げたどの問題点も解決していない。舗装の悪い道で暴れてしまうという点も変わらない。オレンジ色を選ぶこともできない。それに、リンガトロニックが理解できるのはクリンゴン語だけだ。
では何が変わったのだろうか。新型ではスーパーチャージャーがなくなり、代わりに自然吸気の6.2L V8エンジンが搭載される。そのため、馬力は向上したのだが、残念ながらトルクは低下している。それに、パワーが出る回転数も高くなってしまったし、CO2排出量も増加してしまった。
それに、トランスミッションは7速ATとなった。ギア数は必要な数よりも2段多い。ただ、このトランスミッションには"sport+"とやらが付き、コーナーに近付くとシフトダウンしてくれる。しかも、2,230ポンドのドライバーズパッケージを選択すれば、最高速度が250km/hから300km/hになる。
試乗した車には8,230ポンドのパフォーマンスパッケージも付いており、大径フロントブレーキやLSD、それに丸くないステアリングが付いていた。
オプションを無視すれば、新型SL63は従来のSL55とほとんど変わらない。ただし一点だけ大きな違いがある。それがエクステリアだ。あらゆる場所に走り屋風の装飾品が追加され、フロントエンドは口唇裂になってしまった。この車のデザインは滅茶苦茶だ。
ひょっとしたら、SLのデザインチームは今現在もデザインの改善に努めているのかもしれない。しかし、SLの長い歴史を見ても分かってもらえただろうが、進化というものは非常にゆっくり進む。なので、このガーゴイルのようなデザインは2015年頃までは変わらないことだろう。しかしそうなると、巨大で快適で速い2シーターオープンカーが欲しい人はどうすればいいのだろうか。
アストンマーチン・DB9はオープンカーにはなれない。オープンカーという感覚を得ることができない。その弟分のV8ヴァンテージは素晴らしい車ではあるのだが、メルセデスよりもかなりハードコアで、乗っていて疲れてしまう。
ベントレー・コンチネンタルも悪くないのだが、街中を乗り回すと卵を投げつけられてしまう。この車は仰々しすぎる。
それに、BMW 6シリーズという車もあるのだが……。6シリーズのリアにはメルセデスのフロントとまったく同じ問題がある。
そうなると、最善の選択肢はジャガー・XKRと言わざるをえない。XKRにはメルセデスほどのパワーはない。首周りに温風を吹きかけてくれるエアスカーフも付いていない。ガジェットが溢れているわけでもない。けれど、メルセデスと違って顔が奇形になっているわけでもない。
Mercedes-Benz SL 63 AMG