イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、日産 GT-R Track editionのレビューです。

前回の日産・GT-Rのレビューでは、「この車は数ある最高の車のうちの1台ではない。崇高な最高の車だ。」と書いて締めた。どんな天候であろうと、速く走りたいのであれば、GT-Rに敵う車など存在しない。
スペースシャトルを例に挙げてみよう。映像で見る限りでは、深い眠りから起こされた時のように重々しく飛び出しているように見えるかもしれないが、事実はまったく違う。固定用のボルトが外れると、3700万馬力のエンジンが動きはじめ、最後部が支柱から離れる頃には200km/h出ている。
日産・GT-Rを「少しトロい」と評する人も多い。暑い夏の日にスコットランド高地のワインディングを走るのであれば、マクラーレン・P1もGT-Rに付いていけるかもしれない。ただ、それも怪しい。それに、GT-Rは十分広いトランクの付いた4シーターであり、周りから見れば「ただの車」にしか見えない。
日産がどうしてこんな車を作ったのかは理解できない。価格はわずか7万8,000ポンドちょっとであり、利益などほとんど出ないはずだ。日産の工場に置いてある自動販売機のほうがずっと利益を生み出しているはずだ。それに、GT-Rのおかげで他の日産の車にいい影響があったわけでもない。
「GT-Rがニュルブルクリンクを4秒で走るなんて凄いじゃないか。すぐにジュークを買わないと。」
なんてことを考える人間はいない。日産で売られるGT-Rは、ディスカウントストアで売られる本物の宝石のようなものだ。
日産は、技術者達に働きがいを与えるためにGT-Rを生み出したのではないだろうか。多くの企業はその月に活躍した社員の写真を掲示している。しかし日産では、キンカンとかいうしょうもないSUVのテールランプの設計を見事にやり遂げた技術者に、GT-Rのディファレンシャルの設計が許されるのだろう。
しかし、5年間以上の間GT-Rを売り続けているにもかかわらず、どうやってその報酬制度を維持しているのだろうか。簡単なことだ。既存の車を上回るように、小改良を続けさせればいい。
そうして生まれた新モデルがNISMOだ。このモデルについてはまだ運転していないのだが、これまでに運転した人の声を聞く限りでは、コーナリング性能、ブレーキング性能ともに型破りだそうだ。物理法則も捻じ曲げていることだろう。
聞くところによると、NISMOはサーキットでこそ恐ろしく優秀なのだが、公道を走らせるにはあまりにも獰猛だそうだ。いわばこの車はスキューバダイビング用のスーツだ。亀を見るのにはぴったりなのだが、地下鉄に乗ったり、クライアントに会ったりするときには使えない。
NISMOに続いて誕生したのがトラックエディションだ。これはいわば中庸のモデルだ。エンジンは標準のGT-Rと同じV6ツインターボエンジンで、インテリアも標準車と変わらない。しかし、NISMOがチューニングを行っている。ボディ剛性を向上するため、スポット溶接に加えて構造用接着剤が追加されている。
このようなこだわりは、GT-Rの熱烈なファンを大喜びさせることだろう。GT-Rインターネットフォーラムの住人にとって、構造用接着剤の追加はアンジェリーナ・ジョリーやスカーレット・ヨハンソンの入浴シーンなんかよりも重要だ。
GT-Rは伝説だ。密封された工場の中で製造され、タイヤには空気よりも安定性の高い窒素が充填される。エンジンは一人の職人が製造しており、トランスミッションとの接合部は意図的にずらされており、加速時のトルクによって見事に合うように設計されている。これが実際に何らかの違いを生み出すかどうかなど誰にも分からない。しかし、こういった製造手法を知ればファンが大興奮することだろう。
ただ、問題点もある。ボディは頑丈すぎるし、サスペンションも硬すぎるので、公道で走らせることはほとんど不可能だ。乗り心地はあまりに酷く、ロンドンからオックスフォードまで走らせたあと、家の駐車場に停めてそれ以来は目に留めてすらいない。
この車は容赦がない。そんなものは一切存在しない。マンホールの蓋に乗り上げると、飛行機事故に遭ったらこんな気分になるのだろうと想像してしまった。第一頚椎が外れて頭蓋骨の内部で暴れているのが感じ取れる。
試乗時には助手席にジミー・カーを乗せていたのだが、1kmも走らないうちにナビで最寄りの指圧師を探してくれと言われてしまった。
しかし、トラックエディションにはもう一ついらない余興が用意されていたため、彼の言葉を聞いている場合ではなかった。道が少しでも傾いていると車が向きを変えてしまう。本来、いらぬ法規制を生み出しかねないので車について危険だと言うことはめったにないのだが、この車に関してはもうどうしようもない。意図せず急激に向きが変わってしまうため、わずか1時間のうちで2回も事故を起こしそうになってしまった。
とはいえ、起きたとしても大した事故にはならないだろう。この問題が生じるのは主に低速域においてだからだ。しかし、相手ドライバーに対してどうして突然向きを変えたのかを説明するのは非常に難しいだろう。
当然、こういった欠点はサーキットでは美点に変貌すると想像できる。しかし、あまりに怖くて快適性も欠けているので、わざわざサーキットまで乗って行って確かめる気にもならなかった。
アメリカの自動車雑誌によると、標準のGT-Rではコーナリング時に最高で0.97gを生み出したそうだが、試乗したトラックエディションは1.02gを記録した。これは大した違いではないし、私がテストしたコンディションが良好だったことまで考慮すれば、ほとんど変わらないと言ってもいいだろう。
それに、エンジンが同じなのだから直線で速くなっているわけでもない。それどころか、そもそも直線をまともに走ることができないため、タイムは遅くなってしまうかもしれない。一方、標準車はA地点とB地点を最短距離で結ぶことができる。つまり、まっすぐに走ることができる。
これだけ酷い車であれば安いのではないかと思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。この車は標準車よりもおよそ1万500ポンド高い。
そうなると、残念な結論しか導けそうにない。普通のGT-Rは満点の車だ。世界でもトップレベルの至高の車だ。けれど、トラックエディションには1点もあげられない。なぜなら、まったくもって使いものにならないからだ。
なので、締めに日産へのメッセージを書こうと思う。GT-Rをさらなる高みへと昇華させたいのであれば、デザインを変えるべきだ。デザインだけが唯一のGT-Rの弱みだからだ。それ以外の部分は変えるべきではないだろう。
The Clarkson review: 2015 Nissan GT-R Track Edition
今回紹介するのは、日産 GT-R Track editionのレビューです。

前回の日産・GT-Rのレビューでは、「この車は数ある最高の車のうちの1台ではない。崇高な最高の車だ。」と書いて締めた。どんな天候であろうと、速く走りたいのであれば、GT-Rに敵う車など存在しない。
スペースシャトルを例に挙げてみよう。映像で見る限りでは、深い眠りから起こされた時のように重々しく飛び出しているように見えるかもしれないが、事実はまったく違う。固定用のボルトが外れると、3700万馬力のエンジンが動きはじめ、最後部が支柱から離れる頃には200km/h出ている。
日産・GT-Rを「少しトロい」と評する人も多い。暑い夏の日にスコットランド高地のワインディングを走るのであれば、マクラーレン・P1もGT-Rに付いていけるかもしれない。ただ、それも怪しい。それに、GT-Rは十分広いトランクの付いた4シーターであり、周りから見れば「ただの車」にしか見えない。
日産がどうしてこんな車を作ったのかは理解できない。価格はわずか7万8,000ポンドちょっとであり、利益などほとんど出ないはずだ。日産の工場に置いてある自動販売機のほうがずっと利益を生み出しているはずだ。それに、GT-Rのおかげで他の日産の車にいい影響があったわけでもない。
「GT-Rがニュルブルクリンクを4秒で走るなんて凄いじゃないか。すぐにジュークを買わないと。」
なんてことを考える人間はいない。日産で売られるGT-Rは、ディスカウントストアで売られる本物の宝石のようなものだ。
日産は、技術者達に働きがいを与えるためにGT-Rを生み出したのではないだろうか。多くの企業はその月に活躍した社員の写真を掲示している。しかし日産では、キンカンとかいうしょうもないSUVのテールランプの設計を見事にやり遂げた技術者に、GT-Rのディファレンシャルの設計が許されるのだろう。
しかし、5年間以上の間GT-Rを売り続けているにもかかわらず、どうやってその報酬制度を維持しているのだろうか。簡単なことだ。既存の車を上回るように、小改良を続けさせればいい。
そうして生まれた新モデルがNISMOだ。このモデルについてはまだ運転していないのだが、これまでに運転した人の声を聞く限りでは、コーナリング性能、ブレーキング性能ともに型破りだそうだ。物理法則も捻じ曲げていることだろう。
聞くところによると、NISMOはサーキットでこそ恐ろしく優秀なのだが、公道を走らせるにはあまりにも獰猛だそうだ。いわばこの車はスキューバダイビング用のスーツだ。亀を見るのにはぴったりなのだが、地下鉄に乗ったり、クライアントに会ったりするときには使えない。
NISMOに続いて誕生したのがトラックエディションだ。これはいわば中庸のモデルだ。エンジンは標準のGT-Rと同じV6ツインターボエンジンで、インテリアも標準車と変わらない。しかし、NISMOがチューニングを行っている。ボディ剛性を向上するため、スポット溶接に加えて構造用接着剤が追加されている。
このようなこだわりは、GT-Rの熱烈なファンを大喜びさせることだろう。GT-Rインターネットフォーラムの住人にとって、構造用接着剤の追加はアンジェリーナ・ジョリーやスカーレット・ヨハンソンの入浴シーンなんかよりも重要だ。
GT-Rは伝説だ。密封された工場の中で製造され、タイヤには空気よりも安定性の高い窒素が充填される。エンジンは一人の職人が製造しており、トランスミッションとの接合部は意図的にずらされており、加速時のトルクによって見事に合うように設計されている。これが実際に何らかの違いを生み出すかどうかなど誰にも分からない。しかし、こういった製造手法を知ればファンが大興奮することだろう。
ただ、問題点もある。ボディは頑丈すぎるし、サスペンションも硬すぎるので、公道で走らせることはほとんど不可能だ。乗り心地はあまりに酷く、ロンドンからオックスフォードまで走らせたあと、家の駐車場に停めてそれ以来は目に留めてすらいない。
この車は容赦がない。そんなものは一切存在しない。マンホールの蓋に乗り上げると、飛行機事故に遭ったらこんな気分になるのだろうと想像してしまった。第一頚椎が外れて頭蓋骨の内部で暴れているのが感じ取れる。
試乗時には助手席にジミー・カーを乗せていたのだが、1kmも走らないうちにナビで最寄りの指圧師を探してくれと言われてしまった。
しかし、トラックエディションにはもう一ついらない余興が用意されていたため、彼の言葉を聞いている場合ではなかった。道が少しでも傾いていると車が向きを変えてしまう。本来、いらぬ法規制を生み出しかねないので車について危険だと言うことはめったにないのだが、この車に関してはもうどうしようもない。意図せず急激に向きが変わってしまうため、わずか1時間のうちで2回も事故を起こしそうになってしまった。
とはいえ、起きたとしても大した事故にはならないだろう。この問題が生じるのは主に低速域においてだからだ。しかし、相手ドライバーに対してどうして突然向きを変えたのかを説明するのは非常に難しいだろう。
当然、こういった欠点はサーキットでは美点に変貌すると想像できる。しかし、あまりに怖くて快適性も欠けているので、わざわざサーキットまで乗って行って確かめる気にもならなかった。
アメリカの自動車雑誌によると、標準のGT-Rではコーナリング時に最高で0.97gを生み出したそうだが、試乗したトラックエディションは1.02gを記録した。これは大した違いではないし、私がテストしたコンディションが良好だったことまで考慮すれば、ほとんど変わらないと言ってもいいだろう。
それに、エンジンが同じなのだから直線で速くなっているわけでもない。それどころか、そもそも直線をまともに走ることができないため、タイムは遅くなってしまうかもしれない。一方、標準車はA地点とB地点を最短距離で結ぶことができる。つまり、まっすぐに走ることができる。
これだけ酷い車であれば安いのではないかと思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。この車は標準車よりもおよそ1万500ポンド高い。
そうなると、残念な結論しか導けそうにない。普通のGT-Rは満点の車だ。世界でもトップレベルの至高の車だ。けれど、トラックエディションには1点もあげられない。なぜなら、まったくもって使いものにならないからだ。
なので、締めに日産へのメッセージを書こうと思う。GT-Rをさらなる高みへと昇華させたいのであれば、デザインを変えるべきだ。デザインだけが唯一のGT-Rの弱みだからだ。それ以外の部分は変えるべきではないだろう。
The Clarkson review: 2015 Nissan GT-R Track Edition