イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれた日産・ナバラ 2.5 dCi のレビューです。


Navara

漁師になりたいとは思わない。吐き気を催しながら魚釣りに勤しむなんて嫌だ。引越し業者にもなりたくない。上司にどやされながら廊下に入らない大きさのソファを搬入させられるなんてごめんだ。

しかし、私が一番なりたくないのは広報部門の社員だ。広報部門といえば花形なのかもしれないが、そこには成功の明確な基準が存在しない。iPodが世界で流行したのは広報部門の努力の賜物なのだろうか。シンクレア C5が失敗したのは広報部門のせいなのだろうか。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。結局のところ、広報部門は運と実力の狭間に立たされている。

理論的には、広報部門の役割は、大衆の商品の認知度を上げて商品のイメージを形成することにある。しかし、現実的には、報道関係者を食事に誘ってご機嫌取りをするのが最大の仕事だ。

どんな零細雑誌に対しても、自分が担当している温泉施設について言及してもらおうと躍起にならなければならない。そうして、軽いセックスの約束をさせられ、ようやく聞いたこともないような雑誌の14ページの片隅に掲載してもらえるという連絡が来る。

しかし、自動車業界の広報部門の仕事は少し変わっている。この場合、報道関係者のご機嫌取りをするのが仕事ではない。むしろ真逆だ。

若い自動車評論家の大半は年収が1万5,000ポンドにも足りておらず、日々の食事を買うことさえ危うい。にもかかわらず、毎週のように燃料が満タンに入った保険付きの新車が家にやってくる。

しかも、週に2回はファーストクラスもしくはプライベートジェットに乗せられ、フローレンスやら東京やらに行くことになる。滞在先では38ツ星のホテルが用意されており、美味しい食事や最高のワインまで貰える。

翌日は、新車を素晴らしい景色の中で運転したのち、150ポンドのランチを貰い、素敵なお土産まで貰って家に帰ることになる。一例として、お土産にはノートパソコンや高級スーツケースなどがある。

だとしたら、あえて試乗した車の欠点を論うことなどするはずもない。むしろ、次回も接待してもらえるように精一杯の努力をするはずだ。自動車業界の広報部門はこれをちゃんと理解している。新車がどれほどつまらなかろうと、何ページにもわたって絶賛記事が載るということを確信している。

そう考えると、自動車業界の広報部門というのは世界でも指折りの仕事なのかもしれない。プレスリリースを書く仕事など誰か下の人間に押し付けて、自分は擦り寄ってくる自動車評論家の相手を適当にしていればいい。

私の話を信じられないだろうか。では、午前中にポルシェなりBMWなりの広報部に電話をかけてみるといい。確実に留守番電話のボイスメッセージが流れるはずだ。

私は日産の広報部で働いている女性を気に入っている。最初に会った時、彼女はTop Gearの観客として私に近付いてきて、私が350Zについて好ましくない評価をしたことを責めてきた。その時は収録中なので取り合わなかったし、それ以降は自動車メーカーの人間が収録現場に近付くことを禁止している。もし可能なら、サリーに近付くこと自体を禁止したかったくらいだ。

その後、Top Gearアワードの授賞式の時に彼女に再会したのだが、その際に私に対し、新聞にコラムを掲載するのをやめるよう言ってきた。しかし残念だが、読んでいて分かる通り、私はこうして今もコラムを書いている。

しかも困ったことに、今回の題材は日産のピックアップトラックだ。これは難題だ。普通、私はメーカーに電話をかけて試乗車を借りるのだが、日産は年末年始は大変だからと難色を示した。しかしどうしてだろうか。おそらく、広報部門の社員が休暇中に試乗車を使う予定でもあるのだろう。

しかし、どうして年末年始にピックアップトラックが必要なのかは理解できない。自動車界におけるピックアップトラックは、いわば料理界におけるメキシコ料理みたいなものだ。テキサスでは人気かもしれないが、あくまでそれだけだ。

税金面では利点があるのかもしれない。会社でピックアップトラックを使えば、付加価値税がある程度低減されることがある。それに、排気ガスがどうであろうとピックアップトラックの場合は税金は年額一律で500ポンドだし、社用車を社員が休日に使おうと問題にはならない。

そう考えると、財務部門の人間ならピックアップトラックの利用を推奨するのかもしれない。しかし、広報部門の普通の人間がわざわざそこまでして税金を節約するなんておかしな話だ。

真面目な話、節税のためにピックアップトラックに乗るのは、節税のためにアンドラやベルギーに移住するような話だ。意味が分からない。たかが節約のために、知り合いもいない、荒廃したアンドラのような地域に引っ越すなんて異常だ。そしてピックアップトラックを運転するのも同じだ。

ピックアップトラックは仕事用の車だから商用車というカテゴリーに分類されている。レザーシートやらCDプレーヤーが装備されていようと、それは牛舎に絵が飾られているのと同じような話だ。牛舎であることに変わりはない。

試乗したグレードには雨滴感知式ワイパーやクルーズコントロールやBluetooth連携機能やボイスコマンド付ナビゲーションやハンズフリーフォンが装備されていた。それどころか、レザーシートや分厚いカーペットまで付いていた。しかし、その中身は中国の農村を走り回る牛車と同じリーフスプリングだ。

要するに、この車にはありとあらゆる贅沢装備こそ付いているものの、中身は中世であり、落ち着きも静粛性も存在しない。

しかも、ハマーすら停められた駐車スペースにこの車は停められなかった。結局、こんな車に乗るのは大型トラックに乗るのと変わらない。

しかし、こういった欠点を覚悟さえすれば、仕事に使う車として、あるいは何らかの変な趣味に使う車として、それほど悪い車ではない。生産拠点はスペインなのだが、それでも相当頑丈で、もはや防弾と言ってもいいレベルにあるし、4WDシステムのおかげでどこまでも走ることができる。

それに、ナバラのディーゼルエンジンはライバル車に比べてもかなりトルクがあり、荷台も広く、荷台には荷物を固定するためのさまざまな固定具が付いている。要するに、ピックアップトラックの中ではかなり優秀な部類に入るはずだ。となると、この車に興味が湧いてきたのではないだろうか。

この車を試乗してもスーツケースが貰えたわけではない。ファーストクラスで試乗会に招待されたわけでもない。にもかかわらず、私はこの車にそれなりの高評価を与えてしまった。

もっとも、あくまでそれなりだが。


Nissan Navara