イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2009年に書かれたジャガー・XF 3.0D S のレビューです。


XF

1980年代後半のある日、私はフラムのパブのテラス席に仕事相手と一緒に座っていた。すると、トヨタ・スープラが横滑りしながら走り出し、スピードを上げて走り去って行った。今でも覚えているのだが、そのスープラが2速に入った音を聞いて、呆れながら「馬鹿だねえ、せっかくスポーツカーを買ったのにオートマにするなんて」と呟いた。これではスポーツカーを買ったとは言えない。

若い頃、私はオートマチックトランスミッションをひどく憎悪していた。ATはどんな車もただの便利な道具へと変えてしまう。見事なシフトダウンができないということは、車好きの真骨頂を失ってしまうのと同じだと考えていた。AT車はフェラーリ・400であろうと自動車版のファストフードだと考えていた。確かに便利ではあるのだが、どれほど食べやすかろうとも肉汁の滴る本物のハンバーガーには勝てない。

しかし、時代は変わった。人は必ず年をとる。子供が生まれた時、世界がつまらなく感じるようになった時、年をとったと感じるかもしれない。しかし、「AT車が欲しい」と思った時こそ、本当に年をとった瞬間だ。

先日、グレアム・ノートンがテレビでこんなことを話していた。いわく、自分で変速をするのはリモコンを使わずにテレビのところまでわざわざ歩いて行ってチャンネルを変えるのと同じだそうだ。そんなのは無意味だ。当然、彼の言っていることはまったく正しい。

私は忙しい人間なので、ギアチェンジする暇があるなら運転中にもっと別のことをした方がいい、と自分を騙してAT車に乗ってきた。例えば、ギアチェンジをしながら運転中に電話をしたり、国家権力の監視の目に気を配ることは難しい。しかし、正直なことを言うと、わざわざ自分で変速をするのが面倒になってしまったというのが一番の理由だ。

では、クラッチペダルを操作したり、ギアレバーをいじったりする必要なく、自分で変速することのできるパドルシフトはどうだろうか。確かにパドルシフトを使えば素早く変速できるのだが、公道で3速から4速に60ミリ秒で変速したところでどんなメリットがあるのだろうか。

自分で変速するのは、トランスミッションから感じる「フィール」を求めるからだ。機械を自分で操作しているという感覚を得たいからだ。しかし、パドルシフトにはそんな感覚はない。

シフトダウンをしても回転数が高くなりすぎるからとシステムに拒否されてしまう。レッドゾーンに入ってもシフトアップしないと機械が勝手にシフトアップしてくれる。まるでドライビングインストラクターと一緒に運転しているかのようだ。これは恐怖だ。プロコン-テン以来の無意味な発明だ。

ディーゼルエンジンにも同じような問題がある。かつて私はディーゼルエンジンを憎んでいた。軽油は悪魔の燃料で、ディーゼル車を選ぶような人間は人生を諦めた人間だと公言していた。便利だと言ってウエストがゴムのズボンを穿くようなものだ。

しかし、今ではむしろディーゼルエンジンを買わない理由の方が理解できない。当然、ガソリン車はレッドゾーンまで活発に回ってくれるのだが、正直な話、最近そんなにエンジンを回したことがあるだろうか。

最近の車は2速でも高速道路の制限速度を超えてしまう。つまり、普通のセダンで6,000rpm, 7,000rpm, 8,000rpmも回す必要などない。4,500rpmで息切れしてしまうディーゼルだろうと十分ではないだろうか。

こんなことを言うようになるなんて、自分でも信じられない。最初のディーゼルAT車のことはよく覚えている。調べれば分かると思うが、シトロエン・BXだ。これ以上に酷い車はないと思った。やかましく、進まず、自分で変速することさえできない。もう駄目だと思った。

当然、変わったのは私の考えだけではない。ディーゼルエンジン自体も変わった。かつてのディーゼルは、家の窓を揺らすほどの騒音を響かせ、子供を癌にし、国会議事堂を黒く染めても、ベルギーくらいのパワーしか出なかった。

しかし、ボルボ・XC90の笑えるほどに出来が悪いディーゼルエンジンを例外として、最近のディーゼルは大きく変貌している。BMWのディーゼルエンジンはさほど経済的とは言えないのだが、驚くほど静粛性が高く、パワーも驚異的だ。

しかし、そんなBMWのディーゼルもジャガー・ランドローバーのディーゼルと比べれば色褪せてしまう。私の愛車のレンジローバーに搭載されているディーゼルエンジンは信じられないくらいに優秀だ。ディーゼルを選ばず、あえて5LのV8ガソリンエンジンを選ぶような人間は頭がおかしいと言っていいくらいだ。そして、XFには新設計の3LツインターボV6ディーゼルエンジンが設定される。

まずスペックを紹介しよう。私が試乗したSは最高出力279PS、最大トルク61.1kgf·mを発揮し、0-100km/h加速はおよそ6秒、最高速度は250km/hを記録する。これはガソリン車に求めるレベルの数値だ。しかし、CO2排出量179g/km、燃料消費率17km/Lといった数字はガソリン車には望めない。まさに万能のエンジンだ。

しかし、このエンジンの一番凄いところは静粛性だ。朝一番にエンジンをかけても驚くほどに静かだ。振動もなく、ガソリンで走っているかのようだ。しかし、アクセルを踏むと2基目のターボが圧倒的なトルクを発揮する。まるでブラッディ・マリーで走っているかのようだ。

問題は少ししかないのだが、不思議なことにこれはレンジローバーのディーゼルと共通だ。停止状態からアクセルを踏んでもすぐには反応してくれない。なのでもう少し踏み込んでみると今度は予想以上に加速してしまう。しかし、これはどう考えてもソフト面の問題なので簡単に解決できるはずだ。なので是非とも改良を望みたい。

それに、乗り心地にも改善の余地がある。低扁平タイヤに問題があるのだろうが、低速でバタついてしまう。これはディーゼルのAT車としてもジャガー車としても不適切だ。

シートにも問題がある。サイドサポートに欠けているため、コーナーを抜けるたびに助手席にもたれかかってしまう。助手席に座っているのがリリー・アレンならいいのだが、私がもたれかかったのはジェームズ・メイだった。なんとも恐ろしい体験だった。

しかし、そんなことは些細な問題にすぎない。スロットルの応答性が悪かろうと、シートに問題があろうと、そんなのは速く走らなければ問題にならないだろうし、乗り心地の問題はもう少し厚いタイヤに変更すれば解決するはずだ。

それ以外は見事だ。登場時、私はXFをあまり高く評価しなかった。最初に登場したコンセプトカーのような恰好良さがなかったからだ。しかし、コンセプトカーの記憶が薄らいでいくにつれ、十分な室内空間を兼ね備えた見た目の良い車であると感じるようになった。それに、BMW 535dよりも2,500ポンドほど安く手に入れることができる。

今回の批評は比較的退屈で無味乾燥だったかもしれないが、この車に乗って友人の50歳の誕生日パーティーに出掛けた時の感覚がまさにそれだった。退屈で、無味乾燥で、年をとったように感じた。


Jaguar XF 3.0 Diesel S Portfolio