イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」の司会者の1人、ジェレミー・クラークソンが英「Top Gear」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2010年に書かれたサーブ・9-5 2.0Tのレビューです。


9-5

キャメロン・ディアスの運転するスーパーチャージャー付きのジャガー・XKがV8エンジンをレッドゾーンまで回し、テールを滑らせて煙を撒き散らしながら走る。こんな光景を夢見たことはあるだろうか。美しい空のもと、美しい女性の運転する美しい車に乗るというのは、誰もが夢見てしかるべきだ。しかし、これを現実で行った私はこう思った。
まずい。吐きそうだ。

さすがにキャメロン・ディアスの横で吐く訳にはいかない。しかし止めてくれと頼むわけにもいかなかった。なぜなら、美しい空のもと、美しい女性の運転する美しい車に乗るというのは、なにものにも代えがたい最高の経験だからだ。

しかし結局は途中で止めてもらった。そのあと、私は戦闘機についてトム・クルーズと話した。彼は大ヒット映画『トップガン』の収録の際にF-14に乗っているし、一方の私は『Extreme Machines』という特にヒットもしなかった番組でF-15に乗っている。

戦闘機に乗った時もかなり酔った。その日の朝食とその前日の食事の残骸でビニール袋を満杯にしたほどだった。しかもそれだけでは終わらなかった。パイロットが2gのダイブを行ったことで脾臓が傷付いてしまい、爆弾の照準装置に胸部をぶつけて肺を損傷してしまった。

トムは私の話を聞いて笑ったのだが、彼自身もF-14に乗って少し具合が悪くなったそうだ。吐いたかのと尋ねたところ、しぶしぶながらもその事実を認めた。

しかし残念ながら、トム・クルーズが吐いたという話をしている時、キャメロン・ディアスは私のためにビスケットを取りに行っていたため、その話を聞いていなかった。

その日は天気も良く、私はトム・クルーズとゲロの話で盛り上がり、ビスケットを食べながらキャメロン・ディアスとも歓談することができた。これまでで最高の日だった。

Top Gearにやって来たゲストの大半は収録以外の時間は狭い部屋でマネージャーと一緒に座って待っていた。彼らは多忙なスケジュールを完遂するため、時間を最大限効率的に使っていた。それはそれで問題ない。

しかし、トム・クルーズやキャメロン・ディアスに関しては違った。これほどの大物ともなると、豪勢な控室や最高級の化粧品やスタイリストや紅茶や椅子を要求することだろうと思う人もいるだろう。映画のプロモーションだって要求してくるかもしれない。

ところが驚くべきことに、トム・クルーズは予定の2時間も前にやって来た。世界で活躍する大スターがサリーの吹きさらしの飛行場で無駄な時間を過ごすなんて、いったいどういうことなのだろうか。

rear

しかも驚くべきことに、2時間前というのはトムにとってはまったく早くないそうだ。ラップタイムは雨の中計測したのだが、その後に晴れてきたので、トムはドライコンディションでもう一度計測したいと申し出てきた。その場にいた大量のFOXの人間はトム・クルーズがスケジュールのことをまったく考えていないと思ったようで、慌ててBlackBerryを取り出してヘリポートに連絡を取っていた。

それから、トム・クルーズはブガッティ・ヴェイロン スーパースポーツに乗りたいと言った。FOXの人間は再びBlackBerryを取り出し、今度はプライベートジェットの出動を要求しはじめた。小耳に挟んだところによると、その日の夜には映画のプレミアがあったそうだが、トムはそんなことなど気にしている様子がなかった。トムは「車に乗ると性格が変わるんだよね」と話していた。

キャメロンはどうだろうか。似たようなものだった。彼女は車でドーナッツを描きたがった。新型BMW Z4に乗りたがった。キャメロンにしても、トムにしても、お喋りが大好きだった。私だけではなく、2人に差し入れを持ってきた人にまで話しかけていた。それどころか、ジェームズ・メイにさえ話しかけていた。その頃にはBlackBerryが溶けかけていた。

それからスタジオでの収録が始まり、ゲロの話までして結局は予想以上に時間がかかってしまった。収録中、観客の1人が倒れてしまったのだが、その際トムは無事を確認するためにその人のもとまで向かった。FOXの人間はすぐにでもその倒れた人間を撃ち殺したいと思ったことだろう。

しかしトムはそんなことはせず、その人の無事を確認すると席に戻ってマスタングP-51(第二次世界大戦期の戦闘機)について話した。それから、キャメロンがどうして鼻を4回も怪我したのかという話をし始め、今度はまたゲロの話に戻った。

それからようやく2人はFOXの人間に案内されてロンドンで行われる『ナイト&デイ』のプレミア会場まで向かう車に乗り込むことになった。しかしトムはここで"I am the Stig"のTシャツが欲しいと頼んできた。それを渡すとようやく彼は出発した。それから我々は番組の残りを収録し、家へと帰った。

正直なところ、この日の経験にかなりハイになっていたので、80kmほど運転してようやく「はて、今私は何の車に乗っているのだろうか」と思った。そこで自分が乗っているのが予想外な車であることに気付いた。サーブ・9-5だった。

長らくサーブはゼネラル・モーターズの一部門だったのだが、アメリカ人にはサーブが理解できなかった。なので、新型車の9-5の開発中にサーブを終わらせようとした。

そんな事態になれば、設計者達は次の仕事を探すのに夢中になって開発中の車の改良どころではなくなってしまうことだろう。しかし、9-5のデザインが発表されたとき、誰もがその姿に心打たれた。そしてゼネラル・モーターズはサーブを終わらせた。

サーブの終焉により、この新型車が世に出ることはないだろうと思っていたのだが、土壇場になってオランダの自動車メーカー、スパイカーのオーナーでもあるビクター・ミューラーがサーブの買収に名乗りを上げた。二束三文で。

interior

しかしここには問題があった。ミューラーに金を貸している銀行や株主はすぐにでもサーブが成功して金を取り戻して欲しいと願ったのだろう。なので、ほぼ完成しかけていた9-5を完成させて売り出したのだろう。

ところがどっこい。重要なサスペンションの調整は発売の数週間前にようやく開始された。この車に乗ると、開発が急ピッチで進められたことがよく理解できる。道路の凸凹にはまったく対処できない。

それに、9-5は乗り心地が悪いにもかかわらず、コーナリング性能まで低い。まるで荒波に揉まれる船のようだ。

しかしこれは非常に残念でならない。この車が売れなければサーブは本当に終わってしまうだろうし、そうなれば多くの人が悲しむだろう。それに、サスペンション以外はそれなりに出来が良いのでなおのこともったいない。

この車にはヴォクスホール・インシグニアのプラットフォームを延長したものが用いられており、リアシートは相当に広い。しかも、トランクもなお広い。冗談抜きでABBAのメンバー全員を詰め込むことができるはずだ。

しかも、ダッシュボードの設計も優れているし、エクステリアデザインは最高だ。これこそまさに現代のサーブのあるべき姿だ。問題は一つしか存在しない。見た目を良くするために大径ホイールを履かせたくなることだろう。しかしそうしてしまえばただでさえ悪い乗り心地がなおのこと悪化してしまう。

サーブのファンでもない限り、この車を買うことは勧めない…のだが。しかし、サスペンションさえ改良すれば、そして十分な資金さえ集まれば、近いうちにきっと改良モデルが登場することだろう。

サーブの広告では、かつてのように戦闘機に基づいた設計であることが強調されるのだろうか。しかし、この車がヴォクスホールのセダンをベースとしている現実を考慮すると、それだけでは売れないかもしれない。

しかし、トム・クルーズにしても私にしても、この車と戦闘機には共通点があると断言できる。この車に乗ると酔う。


20 years of Clarkson: Saab 9-5 review (2010), with added Cruise and Diaz