イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2008年に書かれたクライスラー・セブリング カブリオレのレビューです。


Sebring

アメリカでオープンカーを借りることを想像してみて欲しい。普通なら、晴れやかな空の下、躍動するコルベットやマスタングに乗って駆ける光景をイメージするはずだ。自由。太陽。V8エンジン。エンジニアブーツ。レザージャケット。ジーンズ。これぞまさしくアメリカンドリームだ。

しかし、実際に観光客が借りることになるのは、大概の場合はクライスラー・セブリング コンバーチブルだ。これは世界最悪の車だ。

私とセブリングの悪夢のような旅はウェンドバーで始まった。ウェンドバーはユタ州とネバダ州の間にあり、1945年当時、エノラ・ゲイの拠点があったことでも知られている。そこにはスロットに有り金を注ぎ込む人が溢れており、ダニー・オズモンドもたくさんいた。こんな場所からは早く抜け出したかったので、急いでレンタカーのセブリングに乗り込み、Top Gearの同僚たちと一緒にデンバーへと向かった。

すぐに後ろから文句を言う声が聞こえてきた。この文句の発信源はリチャード・ハモンドだった。身長わずか20cmの彼でさえ、母親の身体の中から生まれて以来最悪の窮屈さを味わったそうだ。それどころか、母親の子宮の中のほうがまだ広々していたそうだ。

それから彼は何時間にもわたって文句を言い続けた。私は衛星ラジオのチャンネルをクラシックロック専門局に変えたのだが、ウエストライフやガールズ・アラウドのファンであるリチャードは、私とジェームズ・メイが車内で延々スーパートランプやイエス、オールマン・ブラザーズを聴いていることに納得がいかなかったようだ。最終的にリチャードはフォーカスの『Hocus Pocus』を聴きながら発狂してしまい、スティーヴ・ミラーの音量をマックスにすることで彼の声を掻き消すことにした。

スティーヴがアリゾナ州のフェニックスからタコマに向かう時に運転していたのは、少なくともセブリングではないはずだ。もしセブリングだったとしたら、もっと違う歌詞になっていたはずだ。
"アリゾナのフェニックスを出発した俺は、途中で引き返して家に帰ったのさ"

実際、我々はソルトレイクシティ辺りで限界となり、車を捨てることにした。そこまでの190kmの道程はそれは酷いものだった。これは別にリチャード・ハモンドの怒りが原因というわけではない。

rear

まず最初に、この車唯一の良い所について書くことにしよう。この車のトランクはあまりに巨大で、ニミッツ級航空母艦さえも格納できそうだ。しかし、リアに航空母艦を搭載しながら走る代償として、見た目は不格好になってしまっている。これは払う価値のある代償ではない。この車のデザインは最悪だ。恐ろしいほどに酷い。自動車史上最悪のデザインランキングを作ろうとすれば、誰だろうとこの車を1位に選ぶはずだ。ニキビの方がまだましなデザインだ。

気を落としながらも、ルーフを下げてみることにしよう。しかし、下げ終わってからもう一度ボタンを押し、ルーフを上げることになる。なぜなら a) ルーフを下げると荷室がなくなる b) ルーフを下げるとこの車に乗っている姿を周りに見られてしまう からだ。これは最悪だ。哀れみの目で見る人もいるのだが、大概の場合、指をさして笑ってくる。

では、物笑いの種になるために一体いくら必要なのだろうか。アメリカではおよそ2万9,000ドル(1万6,400ポンド)で売られている。ピエロの衣装ならもっと安く手に入るし、同じように人を笑わせることができる。しかも、イギリスでの価格は2万5,100ポンドだ。セールスマンはどうして真面目な顔でこんな車を売れるのだろうか。

それに、搭載されている2.7L V6エンジンにパワーは存在しない。公式には、最高速度は195km/hで、0-100km/h加速タイムは10.8だそうだ。しかし、10.8の単位は何なのだろうか。年だろうか。そもそも、このエンジンの最高出力は188PSだそうだが、その程度の馬力は今時ならボルボの2.4Lディーゼルにだって出すことができる。

レンタカーにどんなエンジンが積まれていたのかは知らないが、このエンジンは燃料をただの騒音に変えるだけの代物だった。アクセルを踏み込んでもしばらく何も起こらず、やっとのことでトランスミッションが繋がり、音量が増加する。それだけだ。

悪夢はまだ終わらない。燃料を運動エネルギーに変換するためにはただでさえお金がかかるのだが、大半が音に変わってしまったらさらにお金がかかる。試乗車の燃費は7.7km/Lだった。こんな車を買わずにフォルクスワーゲン・EOSでも買えばいいのに、どうしてこんな車を選んでしまうのだろうか。私には理解できない。精神異常者としか思えない。

セブリングには得意なことが何もない。横風には揺られるし、ワインディングロードを走るためにはエチケット袋が必要だ。しかも、不思議な事に、サスペンションはかなりソフトなのに、ちょっとした凸凹を踏んだだけで満杯の食器棚のように騒ぎ立てる。

アメリカのレンタカーなので、当然ながらディスクブレーキは歪んでおり、ステアリングはまともに機能せず、ワイオミング州までまっすぐ進み続けるしかなかった。しかし何よりも最悪なのは、触れるものすべてが故意に下手に作られているかのような、4歳児が作ったかのような感覚だった。出来の悪いプラスチックに包まれて過ごしていると、飴玉の気分を味わえた気がした。

interior

これは多くのアメリカ車に当てはまる。最近では、動力性能に関してはまともな車も出てきた。中国人の仕事に匹敵できるレベルの車も数車種はある。それでも、基本的にはあまりにチープだ。これにはちゃんとした理由がある。アメリカ車は耐久性のことが考えられていない。

今回、アメリカでは新型コルベットZR1に乗った。これは素晴らしい車だ。魅惑的な速さがあり、見た目もよく、コストパフォーマンスも高い。しかし、3日も乗ると車は崩壊し始めた。とてもがっかりしてしまった。

この原因は理解している。アメリカは新しい国であり、そこに住む人間には歴史という感覚が存在しない。「過去」という概念がなければ、「未来」を想定するのも難しい。1956年の建造物を「古い」と評するような人間に来週のことなど想定できるはずがないし、来週までもつ車を作れるはずもない。

一般的なアメリカの家を見ても同じだ。風が吹いただけで倒壊してしまう。日本では会社を変えるために25年間の猶予が与えられる。一方、アメリカではわずか2ヶ月で変えろと言われる。失敗すれば社長は交代させられてしまう。

AIGとリーマン・ブラザーズの業績が悪化したのは、今しか見ていない人間が経営していたからだ。未来という概念がなければ、将来破綻することなど予期できるはずがない。

環境保護主義者はピックアップ好きのアメリカ国民を批判したがることだろう。しかし、先週の火曜日に世界が始まったと思っているようなアメリカ人に1,000年後の地球の危機を説こうとしても、分かってもらえるはずがない。

イラク戦争もそうだ。アメリカ人はサダム・フセインを追放するためにイラクへと向かった。しかし、政府の中に、そうしたら次に何が起こるのかということを予測できる人間はいなかった。バグダッドで起きた反乱も、クライスラー・セブリングのぐらぐらしたシフトレバーの問題も、どちらも根底は同じだ。

解決するのは時間以外にはない。2,000年後にはアメリカ人にも私の言いたいことが理解できるようになっているはずだ。それまではセブリングなど買うべきではない。借りるべきでもない。目を閉じることにしよう。目を開けた時にはセブリングがなくなっていることを願って。


Chrysler Sebring Cabriolet 2.7 V6