イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、リンカーン・タウンカーのレビューです。


Town Car

現在、私は制作会社を経営しており、ビジネスマンらしい作法を身に付けなければならない。飛行機の荷物棚にぴったり収まる小型のスーツケースを持って移動したり、永遠にバッテリー切れになることのないノートパソコンを持ち歩いたり、栗色のポロシャツをジーンズにインして着たりするべきだろう。

会議やゴルフにおいては上等なデニムを穿いていると疎まれてしまうため、ビジネスマンはわざと不格好なジーンズを穿いている。間抜けで似合わないジーンズを穿くことこそ重要だ。

ビジネスマンは空港のラウンジのネット回線を使うこともない。そんなことをすれば自分用のネット回線を持っていないことが周りに知られてしまうし、セキュリティ状態の不十分な公衆回線を使っても問題ないようなしょうもない仕事をしているのだと周りから思われてしまう。

空港のラウンジでパソコンを使っているような人間はまだまだひよっこだ。後ろから髪を引っ張って懲らしめてやってもいいくらいだ。

ビジネスマンは機内では決して酒を飲まない。そんなことをしたら周りからアル中だと思われてしまう。それどころか、真のビジネスマンは一切酒など飲まない。それに、スプレッドシートを見ているだけで十分楽しめるので、わざわざ機内で映画を観ることもない。

ビジネスマンは機内ではパジャマで過ごし、シートベルトランプが消えた6秒後には眠りについている。機内で何かを食べるなど弱者のすることだ。機内でボーっとするなど、死人のすることだ。ちなみに、ビジネスマンは57歳で死ぬことを望んでいる。

シートベルトランプが点灯すると即座に立ち上がってスーツに着替える。続いてビジネスマンはノートパソコンを取り出す。このノートパソコンは6年間ずっと電源をつけっぱなしにしているのだが、バッテリーはまだ42%も残っている。あるいは、ノートパソコンを眺め直す必要すらない有能なビジネスマンなら、30分で終わる『ラリーのミッドライフ クライシス』を見て残りの時間を過ごす。

着陸4分後にはもう空港を出て、メルセデス・ベンツ Sクラスの後部座席に座り、重大な任務へと向かう。

けれど、私はこんな風にはなれない。私は機内で映画を見るし、私の持っているスーツケースは巨大だし、そもそもスーツなんて持っていない。ただ、少なくともメルセデス・ベンツ Sクラスに乗るという選択は間違っている。ヨーロッパやアジアではSクラスで正しいのかもしれないが、ヨーロッパやアジアに仕事に行くようなビジネスマンは二流だ。

一流のビジネスマンはアメリカに行く。私は先週末にシアトルに行ったのだが、その時にはリンカーン・タウンカーに乗った。

ただ、悲しいかなフォードは4年前にタウンカーの製造をやめてしまっており、ビジネスマン憧れのホテルへの送迎車は死にかけている。困ったことに、タウンカーに並ぶことのできる車は現在販売されていない。

タウンカーは何よりもまず巨大だ。2003年までは西半球で最大の車だった。タウンカーを水に浮かせることができれば(ただし、タウンカーは人類が知る中で最も重い金属を使っているため、水には絶対に浮かない)、航空母艦として使うことすらできるだろう。

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ボディサイズはウォルマートの大概の店舗よりも大きい。そのため、運転手と5人のビジネスマン(あるいは3人のアメリカ人)を乗せることができるし、トランクも巨大なのでベッカム一家にもトランクを埋め尽くすことはできないだろう。ゴルフバッグは4セットくらい余裕で入るし、あるいはゴルフカートだって入るかもしれない。

しかし、タウンカーの凄いところは巨大さや広さではない。凄いのは快適性だ。

欧州車や日本車はニュルブルクリンクだけを見て設計されている。誰だって心の底では、安全性よりも、価格よりも、燃費よりも、世界平和よりも、経済状況よりも、神よりも、ハンドリングが重要だと思っているだろう。しかし、ハンドリング性能を重視して車を設計すれば、どうしても快適性は二の次になってしまう。

しかし、アメリカ車は違う。アメリカ人にとって、ステアリングはノートパソコンを置く場所でしかない。3km/h以上でコーナーを曲がったらコーヒーがこぼれてしまう。ハンドリングなど誰も気にしない。

リンカーンは初代タウンカーを設計していた1876年当時、これを理解していた。もちろん、長い年月をかけてタウンカーも変化し、シガーソケットが付いたりするようになった。しかし、基本的には何も変わっていない。ボディとシャシは分離されているし、ライブリアアクスルだし、搭載されているのはわずか7馬力しか出ないV8エンジンなのだが、このエンジンは何億年経とうと壊れることはない。

それに、サスペンションはニューヨークにある最悪の凸凹だろうと吸収してくれる。空襲を受けたばかりの都市を眼科手術をしながら走ろうと、手術は問題なく成功するはずだ。昔の話なのだが、1980年代のタウンカーを店の駐車場に停めて1時間後に戻ってくると、車はまだ揺れていた。おそらくその車は今でも揺れているだろう。

当然ながらコーナリング性能には影響がある。リンカーンの姉妹車であるフォード・クラウンヴィクトリアは長らくアメリカの警察車両として使われてきた。警察車両はサスペンションが強化されているはずなのだが、カーチェイスをすれば大抵は失敗して物笑いの種になってしまう。

しかし、9時間も飛行機の中で閉じ込められた後、渋滞する街中を走る車を選ぼうという時に、シルバーストン・サーキットのラップタイムが90秒の車を選ぶだろうか。それとも、快適な車を選ぶだろうか。

それだけではない。タウンカーのインテリアはDVDケース品質のプラスチックと安物家具からなっており、中身は19世紀と変わらないため、製造コストは16ペンスしかかからない。それに、エンジンは2rpm以上は回らないため、100万年に1回だけ点検すれば十分だ。

タウンカーはリムジンのあるべき姿だ。広大で、装備が充実しており、快適性が高く、経済性が高い。空気清浄機が発するレモンフレッシュの香りを無視すれば、非常に居心地の良い場所だ。この車に乗るとアメリカらしさが味わえる。

しかし、今ではMKTとかいうシトロエンのような車に世代交代している。そんな車に乗るビジネスマンなど存在しない。私だってそんな車に乗るつもりはない。


The Clarkson review: Lincoln Town Car