イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2010年に書かれたフォード・モンデオ 2.0 TDCiのレビューです。


Mondeo

発展途上国に住む人々は自動車についてゆっくり学ぶ時間がなかった。何百万年も荒野に住み続けてきた人間が、突如脅威に曝された。アメリカ人がやってきて、その住処に爆弾を落とした。

発展途上国の人間は、今までに会ったこともなかったような人間と唐突に戦争をしなければならなくなった。そうして発展途上国の人間が悲劇に苦しむ中、ある日誰かに自転車というものの存在を教えられる。

これは1994年頃の話だ。その後、発展途上国において経済成長が進み、世界中で栄養状態が改善していき、今度はエンジンの載った自転車も購入できるということを知る。そしてやがて、四輪のエンジン付き自転車というものまであるということを知ることになる。

発展途上国の郊外にある靴工場で働く工場長は、いずれ車を買えるほどの収入を得ることになる。そうして、ヒュンダイの車を買うようになる。

唐突に21世紀の移動手段の存在を知った発展途上国の人間に、韓国車とメルセデスの音振性能の違いを理解しろというのはどう考えても無理な話だ。マレーシア車とBMWのコーナリング限界の違いだって理解できるはずがない。

発展途上国の人間は音振性能だとかコーナリング性能だとかにはこだわらない。ハンドリングにも、デザインにも、製造国にも、メーカーのモータースポーツにおける実績にも興味はない。

インド人が車を買うとき、何にこだわるかご存知だろうか。リアの居住性。それだけだ。それしか考慮されない。インドにおいては、2シーターなど汚物製のダッシュボードの車と同じくらいに無意味なものだ。

価格。実用性。燃費。重要なのはそれだけだ。髪をなびかせる風も、排気音も、誰も気にしない。

先日、中東を長距離運転したのだが、オープンカーが何台走っていたか想像してみてほしい。2週間の間で、なんと……0台だ。世界の半分において同じようなことが言える。その地では、運転は楽しいものではない。車はバスよりも便利な移動手段でしかなく、バスと違ってコレラに罹る危険性が少ないというだけのものでしかない。それゆえ、発展途上国ではキアやヒュンダイが売れる。

もちろん、先進国にも普通の車はある。イギリスにおいて普通の車の代表格といえばフォード・モンデオだ。

モンデオの祖父にあたるフォード・コーティナは1974年、1975年、1977年、1978年、1979年、1980年、1981年のイギリスのベストセラー車だった。1982年にコーティナは廃止され、代わりにシエラが投入された。こちらはコーティナほどの成功とはならなかったものの、1992年にモンデオが登場するまで、ずっとトップ5には入っていた。モンデオは発売年に2位の座に立ち、世紀の節目までずっとトップ3以内に留まり続けた。

しかし、今やトップ10の下位を彷徨うようになってしまい、BMW 3シリーズにもしばしば追い越されている。この凋落の理由はいくつかある。

1つ目。4つのタイヤとシートが欲しいだけなら、モンデオよりも安い値段でキアやヒュンダイを買うことができる。2つ目。中型車のモンデオを上位から引きずり下ろした小型車のフィエスタは、もはやまったく小さくなどない。3つ目。現在は選択肢の幅が広い。1970年代や1980年代にはSUVだのMPVだのという車はなかった。ファミリーカーが欲しければフォードを買うしかなかった。

しかし、最大の理由は失われたレーシングモデルの存在だ。かつてのRS2000のような、イメージを向上させる走りのモデルがなくなってしまった。かつて、フォードには恰好良いというイメージがあった。しかし、今やそんなものはない。

モンデオは、韓国車の脅威に曝され、BMWにすら敗北し、ハイブリッドやSUVにまで追い回されるようになってしまった。それでもまだモンデオは死んでいない。けれど、いずれ死ぬことになるだろう。この車はまったくもって無意味だ。ただ、意外なことにこの車はそれなりに優秀だ。

私が試乗した2L TDCi Titanium Xは2万4,395ポンドという価格設定で、これはBMW 318dとほとんど同じ値段だ。ヨーロッパにおいて、これでは競争力など持ち得ない。BMWを買えば周りに人が集まってくるが、フォードなど買おうものなら村八分にされてしまう。フォードのバッジではBMWのブランド力になど到底敵わない。

発展途上国であれば、常識こそが全てであり、評価は真逆になるはずだ。フォードの方が経済性も高いし、パワーもあるし、室内空間も広いし、驚くほど多彩な装備に溢れている。一方のBMWにはワイパーくらいしか付いていない。

もちろん、後輪駆動のBMWの方が速く走れば楽しい。一方のフォードは、ここ何年かに運転した中でも最もスポーティーさに欠けている。追い越しをしようとしてもすぐには加速してくれないし、サスペンションはあまりに柔らかい。この車は運転するものではない。ただ漂うだけだ。おかげで、モンデオはクラスの中で圧倒的に快適性が高い。真面目な話、ロールス・ロイスのような路面との隔絶感を得ることができる。この点は評価に値する。

唯一残念なのはフロントシートだ。直線を走っているだけならいいのだが、コーナーではあまりにもサイドサポートが不足しすぎている。なので、コーナーを曲がるたびにシートから放り出されてしまう。ただ、シートに使われているレザーは非常に上質だ。

それに、グローブボックスも大きいし、センターコンソールにも収納場所が充実している。他の車にはかろうじてクレジットカードを入れられるスペースくらいしかないのに、フォードにはどうしてこれだけの収納スペースがあるのだろうか。まったく分からない。

それに、ボイスコマンド付きのBluetooth携帯電話連携機能も標準装備だ。オプションのナビユニットは1,750ポンドと高価だが、他に比べると圧倒的に優秀だ。モンデオは運転こそ楽しめないのだが、室内にいるだけで楽しかった。それに見た目も良い。まるでラブラドールだ。思わず振り向くほどの魅力はないが、あらゆる犬の中でトップレベルの見た目だ。

モンデオは悪い車ではない。けれど、ギミックが多すぎるし値段も高く、発展途上国には合わない。特別感がないので先進国にも合わない。


The Clarkson review: Ford Mondeo (2010)