イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2011年に書かれたBMW 640i コンバーチブルのレビューです。


640i

新型BMW 5シリーズツーリングに見蕩れて立ち止まったことはあるだろうか。あらゆる点を考慮すれば、この車のデザインは史上最高レベルだと思う。この車にはBMWらしさがある。

ボディはタイヤをかろうじて覆うくらいまで引き伸ばされ、リアピラーは前方に向かって傾斜している。これはあくまでディテールに過ぎないのだが、このおかげで、たとえゴルフ場の駐車場に停まっていようと、1000km/hで走れそうな印象を受ける。それでいて古臭さを感じることもない。ボンネットの形状は、まるで我々を未来へと誘っているかのように見える。

インテリアも同様だ。正直なところ、こういうタイプの車はどれも同じようなインテリアに見えてしまうのだが、BMWは例外だ。最小限のものしかなく、他とは違っている。まるで、バング&オルフセンのカタログの世界に座っているかのような気分だ。

これは5シリーズだけの話ではない。新型(風)Z4が横を通り過ぎるのを見た時、思わず見蕩れてしまった。それに、1シリーズMクーペもある。これはクーペではない。セダンだ。もっと厳密に言えば、セダンでさえない。これはまるで、洗濯機が配送されてきた時に使われた梱包材であり、梱包材と間違って捨ててしまわないように巨大なホイールアーチが付いている。

私は1シリーズMクーペが好きだ。派手になり過ぎずにその速さを主張するからこそ好きだ。実際、この車は速い。ケイマンRよりも、ロータス・エヴォーラよりも速い。想像を遥かに超える速さだ。1シリーズMクーペは現在販売されている中で一番好きな車かもしれない。もしくはM3かもしれないが。どちらかは分からない。ただ、少なくともそのどちらかだ。

この現実が私自身にも信じられない。ここ10年、私はずっとBMWのデザイナーやBMW乗りを馬鹿にしてきた。BMWだって? そんなの、ただ高いだけの馬鹿のための車じゃないか。ワイパーの付いたモンブランのペンだ。私はかつてメルセデス派だった。しかし、最近のメルセデスはやたらちゃちになってしまった。ジャガーもそうだ。レクサスはそんな風潮に遅れまいと後ろで待機している。

なので私は宗旨替えした。そうしてBMW派となった。ただ、私は全てのBMWが好きなわけではない。X1は酷い車だし、X3も最悪だ。X6など阿呆のような車だし、120dは退屈な車だ。しかしそれ以外のモデルはどうだろうか。う~ん…。

そんなわけで、私は今回の主題となる車、新型640iコンバーチブルに晴れやかな気分で乗り込むことができた。私はこの車を運転することをとても楽しみにしていた。

デザインからは、最近のBMWの良いところも悪いところも見て取れる。ルーフを下げると素晴らしいのだが、ルーフを上げるボタンを押すと、前後不覚の酔っ払い男がやってきてテントを張ったかのようになってしまう。どうしてリアウインドウを垂直にしてしまったのだろうか。間抜けに見えてしまうじゃないか。

それに、車名もおかしい。かつては、車名の数字はモデルとエンジンの排気量を示していた。325なら2.5Lエンジンを積んだ3シリーズだったし、750なら5Lエンジンを積んだ7シリーズだった。非常に合理的だ。非常にドイツ的だ。しかし、今やそんな論理性が失われ、試乗した640には3Lターボエンジンが搭載されていた。

このエンジンは新設計で、高出力・大トルクを発揮する。このエンジンは8速ATと組み合わせられているため、ギアボックス選手権に出れば他社よりも歯車が多いと自慢することができる。確かに変速は上手だが、これだけトルクのある車に8速も必要なのだろうか。かつて、ジャガー・XJSが示したように、3速でも十分だ。それに、8つも段を作るくらいなら、3速の方がましだ。この車のトランスミッションは昔のロールス・ロイス シルヴァーシャドウくらいに使いものにならない。このトランスミッションは速く走るためには設計されていない。

この車には巨大なテレビスクリーンまで付いており、もはやテレビと呼ぶことさえ憚られる。これはホームシアターだ。要するにこの車は、ドライバーとその家族を(子供に手足がない場合に限るが)最大限快適に移動させてくれる。

これは素晴らしいことだ。最近の高級車のほとんどは、低扁平タイヤを履き、岩のように硬いサスペンションを備えている。大概はニュルブルクリンクの方を向いている。つまり、永遠に走ることのないサーキットでは速いが、本来の主戦場である公道では骨を軋ませて使いものにならない車になってしまっている。

しかし、640iはソフトで快適だ。ステアリングは溶けたチョコレートを介して前輪と繋がっているし、スピードを出しても大した音は聞こえてこない。頑張れば250km/hでタイヤスモークを上げることもできるが、それは10代の子供に部屋を片付けさせるようなものだ。不可能ではないのだが、非常に難しい。

640iは運転する車ではない。ただ座って漂うだけだ。110km/h程度でのんびり高速を走っても満足の行く車だ。それどころか、CDを聞いていると5km/hで走ってもいい気分になる。

エンジンは怠け者で、信号で止まると眠ってしまう。ブレーキペダルから足を離すと再び目を覚ます。これは非常にエコでホッキョクグマに優しい装備のように思える。しかし、ストップ・アンド・ゴーの多い街中では、ちょっと止まるたびにエンジンが眠ってしまい、非常に鬱陶しい。

ナビも怠け者だ。郵便番号の最初4桁を入力すると勝手に検索し始めてしまい、適当に目的地を設定してしまう。また、最近のナビには渋滞を回避するルートを提示してくれる機能があるものもあるが、BMWにはそんなものはない。BMWは渋滞が大好きだ。渋滞にはまればエンジンが居眠りできるからだ。

この車を気に入る人はかなりたくさんいるはずだ。良い車が欲しいけれど、大して運転が好きではないような人たちに気に入られるはずだ。640iは車ではないがゆえに完璧だ。これはベッドだ。普通、BMWに乗り込むとレーシングスーツを着こまなければいけないような気分になる。けれど、この車の中での正装はパジャマだ。


The Clarkson review: BMW 640i SE convertible (2011)