イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、2010年に書かれたボルボ・S60 T6のレビューです。

予算3万ポンドで楽しさのある4ドアセダンが欲しい場合、BMW 3シリーズを選ばない理由など一つしかない。それが何なのかは分からないのだが、確実にあるはずなのだ。なにせ、毎年何千人もの人間が3シリーズを選ばずにアウディ・A4を選んでいるのだから。
車として、人間を輸送するための道具として考えると、A4はBMWには敵わない。A4には何かが足りないのだ。しかし、大概の場面ではその2台に大きな差などない。ただ、BMWはABSがかかり始めるのが本当に必要な時になってからだ。それに、BMWにはアウディにはない後輪駆動ならではのバランスの良さがある。
いずれにしろ、3シリーズかA4を買えばイギリスの中間管理職の人間は絶対に満足できるはずだ。ところが、BMWでもアウディでもなく、あえて3番手のメルセデス・ベンツ Cクラスを選ぶ人間も多数存在する。
ハウンズローではベイビー・メルセデスを乗り回している人を時折見かけるのだが、そのたびにこう思う。
「どうしてそんな車を買ったんだ? BMWやアウディの方が良い車だろうに。3万ポンドも払ってどうして3番目に良い選択肢を取るのだろうか。頭がおかしいのではないだろうか。」
ただ、どうあれこの3台のうちのどれかを選べばニーズは満たされる。もしドイツに対するアレルギーがあるとしたら、スバル・レガシィを選べばいい。なら、ボルボの新型S60 T6を選ぶような人間は一体どんな神経をしているのだろうか。
「嫌だ。3シリーズは選びたくない。アウディ・A4もメルセデス・ベンツも駄目だ。そんな車を買うくらいなら、中国人に支配されるスウェーデン人が改造したフォード・モンデオを買ったほうがマシだ。」
などと考える人間が存在するのだろうか。
S60を魅力的だと思うような人間は精神病院にしかいないのではないだろうか。ヨーロッパのどこかで夏季休暇を過ごそうと考えながらも、あえてウェイクフィールドを選ぶような人間と変わらないだろう。
確かに、昔はボルボは安全性の高さに定評があった。実際、公平な目で見てもかつてのボルボは安全性が高かった。確かに、メルセデスも数多くの安全装備を開発してきたが、アンチサブマリンシートやデイタイムランニングライトなどの安全装備は極寒の北の地に発祥している。
しかし、今や状況は一変している。ボルボがBMWよりも安全だとは思えない。実際、フランスで毎年実施されている安全性評価試験の結果を見れば、現時点で最高の安全性を誇っているのはルノーだろう。理由は分からないが。
そう考えると、水の上を走れるとか、価格が驚くほど安いとか、そういった特徴でもない限りボルボを選ぶ理由など一切存在しない。しかし、ボルボは水の上など走れないし、まったく安くなどない。
けれど、S60はこの上なく恰好良い。BMWもアウディも悪くはないのだが、それは近所に住んでいるそこそこ美人な女の子くらいのレベルだ。一方、ボルボは圧倒的だ。デザインを見れば価格が3万5,000ポンドを超えていることにも驚かない。デザインだけ見れば、その2倍の値段でも驚かないだろう。
私は試乗車を借りるとき、必ず試していることがある。運転を終えて家の駐車場に停めて家に入る前に、再び振り返ってその車を見たいと思うかどうかをテストしている。S60の場合、いつもつい振り返ってしまう。普通の4ドアセダンでありながら、これほどまでにドラマチックなデザインにした理由は理解し難い。この車を通勤に使えば、多くの人の視線を集めてしまうはずだ。
スペックに関してはどこにも問題はなさそうだ。直列6気筒ターボエンジンは最高出力304PSを発揮し、この数字はBMW 335iとほとんど変わらない。それに、トランスミッションは6速ATで、ハルデックス製の4WDシステムにより、あらゆるコーナーにおいて操作性を最大限に高めるように駆動力が配分されるそうだ。
それに、開発にはイギリスの道路も参考にされているため、舗装の悪い道もしっかり走ることができる。実際、ユマ・サーマンの太腿の上を流れるクリームのごとき滑らかな乗り心地を実現している。要するにこれは、見た目が良くて快適性が高い、300馬力・4WDの4ドアセダンだ。なんとも素晴らしそうじゃないか。
しかも、インテリアは居心地がいいし、質感は理想の核シェルターのごとく高いし、リアシートは広いし、トランクも広大だ。しかも嬉しいことに、既に走行したあとの道しか教えてくれず、全く使いものにならなかったかつてのボルボのナビはなくなり、ちゃんとこれから走ろうとしている道を教えてくれるようになった。依然として使いづらいのは変わらないのだが、従来のゴミに比べれば大きな進歩だ。蓄音機とiPodくらいの違いがある。
ただ、実際に走りだしてみるとあまり楽しくない。10代男子が部屋を整頓したり料理を作ったりするのと同程度の実力しかない。運転するよりも、駐車場に停めて眺めていたほうが幸せだ。
これ以上の問題もある。先週、理解し難いビジネス言語が飛び交う重要な会議に行かなければならなかったので、会場の外に車を停めてキーを抜き、建物に入った。2時間後に戻ってくるとエンジンがまだかかっていたことに気付いた。とんだ狂気だ。キーを抜いても、"stop"と書かれたボタンを押さなければエンジンは切れない。
問題は他にもある。もはや形骸化しつつある安全性の競争に勝利し続けるため、S60には前方に存在する二足歩行生物を捉えるレーザーが装備されている。その生物に近づいているにもかかわらずドライバーが減速しなければ、クラクションが鳴り響き、ダッシュボードはバグダッドのごとく光り輝く。
最初、私は仰天してしまった。そのまま落ち着きを取り戻す前に車は完全に止まってしまった。前に人型ロボットがいたとしても、ドライバーが驚いて心臓発作を起こすのも厭わずに勝手にブレーキをかけてくれるだろう。
2週間の試乗期間のうちで、同じことが2回も起こった。いずれの状況においても「ヒト」と呼ばれる生物になどまったく近付いてはいない。1回は人のいない田舎道で起こり、もう1回は生物学者が呼ぶところの「サイクリスト」という生物に割り込まれた時に起こった。
ひょっとしたら、いずれ、私が脇見をしている時に子供が飛び出してきて、このシステムがその尊い命を救ってくれるかもしれない。だとしたら、この装備は絶対に付けるべきだろう。しかし、誤作動により唐突にブレーキがかかり、心臓発作でドライバーの尊い命が失われる危険も考えれば、結局は相殺されてしまうのではないだろうか。
結局のところ、この車を買う理由は存在しない。見かけて見蕩れるだけなら構わないが、自分で買うならBMW 3シリーズを、あるいはアウディやメルセデスを選ぶべきだ。
The Clarkson review: Volvo S60 (2010)
今回紹介するのは、2010年に書かれたボルボ・S60 T6のレビューです。

予算3万ポンドで楽しさのある4ドアセダンが欲しい場合、BMW 3シリーズを選ばない理由など一つしかない。それが何なのかは分からないのだが、確実にあるはずなのだ。なにせ、毎年何千人もの人間が3シリーズを選ばずにアウディ・A4を選んでいるのだから。
車として、人間を輸送するための道具として考えると、A4はBMWには敵わない。A4には何かが足りないのだ。しかし、大概の場面ではその2台に大きな差などない。ただ、BMWはABSがかかり始めるのが本当に必要な時になってからだ。それに、BMWにはアウディにはない後輪駆動ならではのバランスの良さがある。
いずれにしろ、3シリーズかA4を買えばイギリスの中間管理職の人間は絶対に満足できるはずだ。ところが、BMWでもアウディでもなく、あえて3番手のメルセデス・ベンツ Cクラスを選ぶ人間も多数存在する。
ハウンズローではベイビー・メルセデスを乗り回している人を時折見かけるのだが、そのたびにこう思う。
「どうしてそんな車を買ったんだ? BMWやアウディの方が良い車だろうに。3万ポンドも払ってどうして3番目に良い選択肢を取るのだろうか。頭がおかしいのではないだろうか。」
ただ、どうあれこの3台のうちのどれかを選べばニーズは満たされる。もしドイツに対するアレルギーがあるとしたら、スバル・レガシィを選べばいい。なら、ボルボの新型S60 T6を選ぶような人間は一体どんな神経をしているのだろうか。
「嫌だ。3シリーズは選びたくない。アウディ・A4もメルセデス・ベンツも駄目だ。そんな車を買うくらいなら、中国人に支配されるスウェーデン人が改造したフォード・モンデオを買ったほうがマシだ。」
などと考える人間が存在するのだろうか。
S60を魅力的だと思うような人間は精神病院にしかいないのではないだろうか。ヨーロッパのどこかで夏季休暇を過ごそうと考えながらも、あえてウェイクフィールドを選ぶような人間と変わらないだろう。
確かに、昔はボルボは安全性の高さに定評があった。実際、公平な目で見てもかつてのボルボは安全性が高かった。確かに、メルセデスも数多くの安全装備を開発してきたが、アンチサブマリンシートやデイタイムランニングライトなどの安全装備は極寒の北の地に発祥している。
しかし、今や状況は一変している。ボルボがBMWよりも安全だとは思えない。実際、フランスで毎年実施されている安全性評価試験の結果を見れば、現時点で最高の安全性を誇っているのはルノーだろう。理由は分からないが。
そう考えると、水の上を走れるとか、価格が驚くほど安いとか、そういった特徴でもない限りボルボを選ぶ理由など一切存在しない。しかし、ボルボは水の上など走れないし、まったく安くなどない。
けれど、S60はこの上なく恰好良い。BMWもアウディも悪くはないのだが、それは近所に住んでいるそこそこ美人な女の子くらいのレベルだ。一方、ボルボは圧倒的だ。デザインを見れば価格が3万5,000ポンドを超えていることにも驚かない。デザインだけ見れば、その2倍の値段でも驚かないだろう。
私は試乗車を借りるとき、必ず試していることがある。運転を終えて家の駐車場に停めて家に入る前に、再び振り返ってその車を見たいと思うかどうかをテストしている。S60の場合、いつもつい振り返ってしまう。普通の4ドアセダンでありながら、これほどまでにドラマチックなデザインにした理由は理解し難い。この車を通勤に使えば、多くの人の視線を集めてしまうはずだ。
スペックに関してはどこにも問題はなさそうだ。直列6気筒ターボエンジンは最高出力304PSを発揮し、この数字はBMW 335iとほとんど変わらない。それに、トランスミッションは6速ATで、ハルデックス製の4WDシステムにより、あらゆるコーナーにおいて操作性を最大限に高めるように駆動力が配分されるそうだ。
それに、開発にはイギリスの道路も参考にされているため、舗装の悪い道もしっかり走ることができる。実際、ユマ・サーマンの太腿の上を流れるクリームのごとき滑らかな乗り心地を実現している。要するにこれは、見た目が良くて快適性が高い、300馬力・4WDの4ドアセダンだ。なんとも素晴らしそうじゃないか。
しかも、インテリアは居心地がいいし、質感は理想の核シェルターのごとく高いし、リアシートは広いし、トランクも広大だ。しかも嬉しいことに、既に走行したあとの道しか教えてくれず、全く使いものにならなかったかつてのボルボのナビはなくなり、ちゃんとこれから走ろうとしている道を教えてくれるようになった。依然として使いづらいのは変わらないのだが、従来のゴミに比べれば大きな進歩だ。蓄音機とiPodくらいの違いがある。
ただ、実際に走りだしてみるとあまり楽しくない。10代男子が部屋を整頓したり料理を作ったりするのと同程度の実力しかない。運転するよりも、駐車場に停めて眺めていたほうが幸せだ。
これ以上の問題もある。先週、理解し難いビジネス言語が飛び交う重要な会議に行かなければならなかったので、会場の外に車を停めてキーを抜き、建物に入った。2時間後に戻ってくるとエンジンがまだかかっていたことに気付いた。とんだ狂気だ。キーを抜いても、"stop"と書かれたボタンを押さなければエンジンは切れない。
問題は他にもある。もはや形骸化しつつある安全性の競争に勝利し続けるため、S60には前方に存在する二足歩行生物を捉えるレーザーが装備されている。その生物に近づいているにもかかわらずドライバーが減速しなければ、クラクションが鳴り響き、ダッシュボードはバグダッドのごとく光り輝く。
最初、私は仰天してしまった。そのまま落ち着きを取り戻す前に車は完全に止まってしまった。前に人型ロボットがいたとしても、ドライバーが驚いて心臓発作を起こすのも厭わずに勝手にブレーキをかけてくれるだろう。
2週間の試乗期間のうちで、同じことが2回も起こった。いずれの状況においても「ヒト」と呼ばれる生物になどまったく近付いてはいない。1回は人のいない田舎道で起こり、もう1回は生物学者が呼ぶところの「サイクリスト」という生物に割り込まれた時に起こった。
ひょっとしたら、いずれ、私が脇見をしている時に子供が飛び出してきて、このシステムがその尊い命を救ってくれるかもしれない。だとしたら、この装備は絶対に付けるべきだろう。しかし、誤作動により唐突にブレーキがかかり、心臓発作でドライバーの尊い命が失われる危険も考えれば、結局は相殺されてしまうのではないだろうか。
結局のところ、この車を買う理由は存在しない。見かけて見蕩れるだけなら構わないが、自分で買うならBMW 3シリーズを、あるいはアウディやメルセデスを選ぶべきだ。
The Clarkson review: Volvo S60 (2010)