イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2012年に書かれたポルシェ・911カレラS カブリオレのレビューです。


911

南アフリカ・ダーバンのモーゼス・マヒダ・スタジアムは世界で最も美しい建物だ。2010年のワールドカップの開催場所として建てられたこのスタジアムは、日中も夜間も美しい。遠くから見ようと、中から見ようと美しい。並ぶもののない美しさだ。完全勝利だ。

以前、Top Gear史上最も野心的なライブイベントを開催した。我々3人は一万五千の南アフリカの観衆の中でパフォーマンスを行い、その周りではモーターショーを開き、さらにこのイベントのためだけに道路を閉鎖して全周2kmのサーキットを作った。ここではスーパーバイクとミハエル・シューマッハのメルセデスF1の対決を行ったり、スティグによるスーパーカーのデモ走行を行ったり、地元レーサーのジョディー・シェクターによる走行を行ったりした。

私も、リチャード・ハモンドも、ジェームズ・メイも、この豪華さに感動したのだが、やはり我々自身も走らなければということになった。そうして、自分たちで好きな車を選択し、ラップタイムを競うことになった。メイはマクラーレン・MP4-12Cお選び、ハモンドはビートルの一種を選び、さて、私は何を選んだのだろうか…。

私は愛するメルセデス・SLS AMG ロードスターを選んだ。しかし、すぐにこの選択が間違っていたことに気付いた。コースは狭いだけでなく、周囲はコンクリートのバリアに取り囲まれていた。コンクリートに囲まれたタイトなコースは、6.2L 571PSの大排気量エンジンを積んだテールハッピーな野生動物の主戦場ではない。電話ボックスの中で熊と格闘しているかのような気分だった。

しかも、周辺には観客がかなり押し寄せていた。その誰もが同じことを考えていた。「クラッシュしろ!」と。誰もがカメラを構えて私の車を追いかけて録画し、クラッシュした瞬間をYouTubeに投稿してやろうと意気込んでいた。

当然、私はそんな期待に応えるつもりもなく、ハモンドに勝つ(メイは考慮に値しない)ことのメリットと、インターネットに文字通り自分が炎上する姿をアップされるリスクを比べて、ゆっくり走ることにした。

しかし、問題が生じた。精巣を持った人間が観客の目の前で車を運転すると、恰好付けずにはいられなくなり、ゆっくり走ってなどいられなくなる。そのため、私はリアタイヤから可能な限り多くの煙を出して横向きに走った。もちろん、この時トラクションコントロールは切っていたのだが、こんな車でトラクションコントロールを切るのは馬鹿のすることだ。

それどころか、観客に向かって手を振りたいという衝動にさえ抗えなかった。私に向かって手を振っている観客に応えないのは失礼だと思ったので、狭いコースでV8をパワースライドさせながら手を振ることにした。私がレーシングドライバーたりえない理由もここにあるのだろう。コーナーのたびにドーナツを描き、カメラに向かってポーズを取っていれば勝てるはずがない。

結局、ハモンドが優勝した。その結果、4日間ずっと、巨大メルセデスよりもビートルの方が優れているという話をハモンドから聞かされ続ける羽目になった。Top Gearフェスティバルが終わる時にあまり名残惜しさを感じなかった理由もここにある。

我々はロックスターのように最高の時間を過ごすことができた。けれど、ロックスター同様、私とハモンドの間で音楽性の違いがどんどん膨れ上がり、ハモンドの皮膚を引きちぎってやろうと思うほどになった。奴がほくそ笑みながら語る姿を見るのが嫌になり、すぐにでも家に帰りたくなった。

ところがなんとも皮肉なことに、家に戻ってみると、そこに待っていたのはかの憎きビートル(通称、ポルシェ・911カレラS カブリオレ)の試乗車だったではないか。私は膝から崩れ落ちて泣いた。

幸い、この記事が掲載される新聞はハモンドが住んでいる秘境には届かないだろう。もし届いたとしても、どうせ奴の語彙力では何も理解できないだろう。なので、正直なことを書こう。現行911は非常に素晴らしいスポーツカーだ。GT3は特に素晴らしい。至高だ。

しかし、試乗車のカブリオレは違った。実際のところ、スポーツカーからルーフを取り去ってしまえば、多かれ少なかれ剛性が低下してしまう。それを補強するためにフロアに強化用の構造を追加すれば車重が増えてしまう。そうして出来上がるのは結局スポーツカーでも何でもない。ポルシェのオープンカーとは禿げたアフガンハウンドのようなものだ。アフガンハウンドには変わりないのだが、その存在意義が失われている。

新型カブリオレには軽量マグネシウムやアルミニウム製ルーフフレーム、それにコンポジットパネルが採用されており、旧型に比べて剛性が18%向上しているそうだ。けれど、それでも普通の911よりも50kg重い。確かに、99.9%の状況において、2台は99.9%同じ車のように振る舞うだろう。しかし、0.1%の極限状況において、カブリオレに0.1%の粗が見えてしまう。これはスポーツカーにとっては致命的だ。

しかし、ワトフォードのゴルフ場には4WDの旧型カブリオレに乗った男がいた。彼は新型の出来も気にしているだろうから、彼のためだけに続けることにしよう。

新型の最初の問題はルーフを上げた時の視界だ。斜めの合流では自らの運の良さを信頼しなければならない。それに、トランスミッションにも問題がある。試乗車は7速MTだった。欧州連合の規制委員を喜ばせるためには燃費を節約する7段のギアが必要だったのだろうが、現実にはギアチェンジを頻繁にしなければならない。クラッチが軽くてしっかりしているならば問題はなかったのだろうが…。この車は到底街中での日常使用はできない。

問題はまだある。カップホルダーがエアコンの吹き出し口のすぐ前にあるため、自分より先にお茶が涼しくなる。それに、押すと排気音がうるさくなり、ラジオが聞こえなくなるという謎のボタンも付いている。この電動パワーステアリングも好きになれない。トランクがフロントにあるので、荷物を出し入れするたびに手が汚れるのも気に入らない。

では、オープン状態で走ってみたらどうだろうか。私には分からない。そもそも、常時雨が降っていたので開けられなかったし、成人が屋根を開けて走り回りでもしたら、バイアグラの広告の出演者にしか見えないだろう。

当然、良いところもある。作りは良く、氷河期に突入でもしない限り壊れることはないだろう。ボディサイズも大きすぎず、見た目は派手すぎず、価格も高すぎることはない。ベースモデルである3.4Lの911カレラ カブリオレは7万9,947ポンドで、それプラス1万ポンドかからずに試乗した3.8Lの911カレラS カブリオレが買える。

わずか400ccの増加でその価格差は大きいと感じるかもしれないが、両方を乗り比べた結果、その価格差は妥当だと感じた。ベースモデルは少し遅く感じることがある。しかし、Sは決して遅くはない。

しかし、結局この車は数ある2シーターオープンカーのうちの一つでしかない。それに、メルセデスやBMWはこれと同じくらいに良い車をもっと安い値段で売っている。

さて、こんなことを書いているうちにようやくジェームズ・メイがゴールしたらしいので、今からまた南アフリカに戻らなければならない。


The Clarkson review: Porsche 911 Carrera S cabriolet (2012)