イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2004年に書かれたフォルクスワーゲン・ゴルフ GTI Mk Vのレビューです。


Golf V GTI

ガーディアン紙の記事によると、イギリス中の車を並べるとバーミンガムから北京までの距離の12車線の道路が丸々埋まってしまうそうだ。これは数学的には正しいのだろう。しかし、同様に考えると、16ページのガーディアン紙に書かれている読むのも嫌な文字列を直線に並べれば、私のデスクから台所のゴミ箱までの距離になってしまう。

正直なところ、こんな例えに意味など見出だせない。道に車が溢れているのは、宇宙に星が溢れていたり、田舎に土が溢れていたりするのと同じことだ。そんな当然のことを言われて何をしろというのだろうか。

記事の内容の大半は、4時間も5時間も渋滞の中で過ごすロンドン市民に関する話題が占めていた。ロンドンの住民は毎朝通勤にこれだけの時間をかけているそうだ。

しかしよく考えてみて欲しい。ロンドンの渋滞が酷い理由は2つある。一つは、ロンドンが世界有数の都市であるがゆえに、そこに住みたい人間も当然のようにたくさんいることにある。そしてもう一つは、ロンドンの交通行政がガーディアン紙の読者によって行われていることにある。読者は朝、交通渋滞に関する記事を読んで過ごし、午後になると意味不明な駐車規則を制定したり、信号の切り替わりの設定を異常なタイミングに調整したりする。

ただ、ロンドンの住民には選択肢がある。かつて、マーガレット・サッチャーが「30歳を超えてバスに乗るような人間は人生の敗北者だ」と言ったように、バスに乗るという選択肢は存在しない。しかし、タクシーや電車、地下鉄、あるいは馬など、車以外の選択肢はいくらでもある。

しかし、ロンドン以外では車以外の選択肢など存在しないし、ガーディアン紙の目論見とは反して、大半の人間はロンドン以外に住んでいる。

オックスフォードを例に挙げてみよう。オックスフォードの地方議会は自家用車以外の交通機関の利用を推進するため、自家用車以外用の車線を作った。もしオックスフォードに隕石が降ってきたとしたら、化石燃料を使っていないというだけの理由で、隕石すら自家用車よりも優先されることだろう。

その結果、オックスフォードの住民は、誰も乗りたがらない空席のバスが専用の車線を音速の2倍の速さで走っていくのを横目に見つつ、延々と渋滞にはまり続けることになった。

では、我々はどうすればいいのだろうか。議員にでも立候補しろというのだろうか。冗談じゃない。議会には役立たずと狂人しかいないし、そんな議員に対抗するような人間は合理的だろう。しかしどうやって対抗するのだろうか。車の代わりに牛にでも乗ればいいのだろうか。しかし私にはもっといい提案がある。ゴルフGTIを買えばいい。

25年前、まだ狂気が世界を支配していなかった頃、ゴルフGTIは時代に合った車だった。ゴルフGTIはスポーツカーの楽しさとハッチバックの実用性を融合することに成功した最初の車なのだが、この車の人気には社会的背景も絡んでいた。

ゴルフGTIが登場したのは、イギリスが連合の束縛から逃れ、豊かさへの道を歩み始めたちょうどその頃だった。暗黒からの脱出に際し、我々イギリス人は慎重になる必要があったのだが、派手すぎることなくそれでいて速いゴルフGTIはそのお供としてぴったりだった。その結果、初代ゴルフGTIはイギリスで一番売れることとなった。

ゴルフGTIはいわばサナギだ。1970年代の陰惨な毛虫と、現代の栄光ある蝶の間にあるものだ。実際、私は20世紀最高の車としてゴルフGTIを選んだ。

しかし残念なことに、年を経るごとにゴルフは老化し、太り続け、4代目ゴルフGTIは0-100km/h加速でローバー・25にすら劣ることとなった。GTIのバッジも魔法を失い、ヤンキーと高保険料の象徴でしかなくなってしまった。

その結果、存在感のあるファミリーカーを求める顧客はオフロードカーを選ぶようになった。そして若者や単身者は2シーターのスポーツカーを購入するようになり、ホットハッチの衰退を横目にスポーツカーが再び盛り上がりを見せるようになった。これは素晴らしいことだ。しかし、今の渋滞だらけの道ではスポーツカーなど何の意味も持たない。ここで新型GTIの話に移ろう。

新型GTIは1976年に登場した初代GTIの魔法を取り戻したと言う人もいるが、そんなことはない。そもそも、新型GTIは初代の2倍重く、初代の2倍豪華だ。パワーステアリングすら付いている。しかし、当時の感覚を見事に再現しているというのは事実だ。

確かに、巨大なオフロードカーに乗れば道路の王者の気分になれるのも事実だが、オフロードカーは駐車しづらいし、必要以上にガソリン代を浪費することになる。そもそも、そんなに巨大な車が必要なのだろうか。ゴルフだってレンジローバーやBMW X5と同じく5人乗りだ。

それに、サッカー選手という障壁もある。20歳の若者が巨大でド派手な車を乗り回そうが問題はないのかもしれないが、リオ・ファーディナンドだと思われてもいいのだろうか。ベントレー・コンチネンタルなどどうして買うのだろうか。速いからだろうか。しかし、どんな道を選ぼうと、イギリス国内ならGTIでも同じ速さで走れるはずだ。賭けてもいい。それに、ゴルフGTIで移動したほうが楽しい。

それに、ガーディアン紙はイギリス中が渋滞だらけだと思っているようだが、そんなことはない。私の家のすぐそばには今からでも160km/h出せる道がある。

渋滞と無縁の道など無数に存在する。その道には警察もいないし、近くに子供がいるわけでもない。自動車のCMから飛び出してきたかのような風景がそこにはある。実に素晴らしいじゃないか。

もちろん、時には25km/hで走るローバーだっているだろうが、そんな時にはGTIの新設計2Lエンジンのトルクが本領を発揮する。わざわざ6速からシフトダウンする必要性すらない。ごく短い直線でもローバーを一気に抜き去ってしまうことができる。

コーナリング性能も高い。ウェット路面では多少グリップが足りないかもしれないが、そんなことには相当飛ばさない限り気付かない。それに、私の知る限りで最高のシートに抱かれながら飛ばせば、この上ない楽しさを感じる。グリップのことなど気にしている暇はない。GTIは最高のドライバーズカーだ。

ロンドンではどんな狭い駐車場にも停めることができる。高速道路では静粛性が高く、乗り心地も良い。渋滞ではテレビを見たりハンズフリーで電話をしたりして時間を潰すことができる。スーパーではリアシートを倒してクリスマスツリーを詰め込むことができる。万が一事故が起こっても、あらゆる場所からエアバッグが飛び出して守ってくれる。

ゴルフならどんな場所にも行ける。最高のレストランにも似合うし、-7℃の寒さの中でもちゃんと走ってくれる。ガーディアン紙の読者にもタイムズ紙の読者にも似合う。悪目立ちすることもない。それに、2万ポンド未満からという価格もさほど高くない。

この車ほど万能で、この車ほどに有能な車はなかなかないだろう。


Volkswagen Golf GTI