イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2013年に書かれたポルシェ・ケイマンS PDKのレビューです。


Cayman S

ポルシェの最大の問題はデザイナーが存在しないということだ。最初の911はフォルクスワーゲン・ビートルのクレイモデルを素人がいじることで誕生し、それ以来デザインは何も変わっていない。

ポルシェオタクはドアハンドルやらヘッドランプやらに微妙な変化があることを指摘し、こういう小さな違いで車の印象が大きく変わっていると主張する。しかしそれは、眉毛のワックスのかけ方の違いによってトム・クルーズの印象が全く変わると言っているのと変わらない。そんなことはありえない。あくまでも眉毛の変わったトム・クルーズでしかない。

Top Gearの某司会者は911の各モデルについて型番を使ってよく語っており、993型は996型に比べると見た目が良くないだの、997型はプロポーションが良くないだのと話をしている。しかし、私にとってはどれも赤ん坊だ。どの家の子供であろうと、同じようにしか見えない。

ポルシェのデザイナーはボクスターに何らかの新鮮さを加えようとしたのだろうが、フロントエンドを設計するともう疲れ切ってしまい、後ろの部分をフロントと全く同じデザインにしてしまった。テールランプに色がなければ、バックするときも前に進んでいるときも変わらない。

それから、大型オフロードカーのカイエンという車もある。これは、ノーズだけ911で、それ以外の部分は溶けてしまったかのようなデザインだ。

何が問題かといえば、思うに、零細企業では300年に1度しか新車を生み出す余裕がなく、タートルネックを着たオシャレメガネの若者が溢れるデザイン部門など運営できない。そもそもデザイナーがする仕事がない。

アストンマーティンにも同じような問題がある。アストンマーティンは14世紀に生まれた車と似たような車を今でも作り続けている。しかし、アストンマーティンの場合、元となっている最初の車が恰好良い。潰れたビートルをベースにしているポルシェとは違う。

ここからケイマンの話に移ろう。これは要するにボクスターのクーペ版だ。初代ケイマンの外見はボクスターに屋根を付けただけのようにしか見えなかった。まるで私がデザインしたかのようだった。しかも、これを買った人は「私は911が買えない」と触れ回っているようなものだ。

しかし、新型ケイマンは屋根を付けただけのボクスターには見えない。まるで911のようだ。少なくとも、一般人から最底辺の人間だと思われることはなくなるだろう。ポルシェオタクだけが911でないと気付くだろう。それに、どちらにしてもポルシェオタクなどとは誰も会話したくないはずだ。

しかし、私はプロとしてポルシェオタクの話を聞く必要がある。ポルシェオタクいわく、最新型の911ではポルシェの魔法がいくらか失われてしまったらしい。スポーティーさや車との一体感が損なわれてしまったそうだ。また、ケイマンは初期のポルシェの精神に近づいたそうだ。

何を言っているのかはよく分からなかったが、少なくとも試乗したケイマンSの色が非常に素晴らしかったということは言える。深い青色だった。これまで見た中で最高のボディカラーだった。

それに、ケイマンSがスポーツカーとして素直に優秀だということも言える。裸のキャメロン・ディアスの肢体を流れる蜂蜜のごとく、道を滑らかに流れていく。蜂蜜よりもよっぽど速く。

ステアリングも、ブレーキも、シートを介して尻に伝わってくる感覚も、どれをとっても理想的だ。エンジンは3.4Lのフラット6で、コックピットのすぐ後方に搭載されている。911とは違い、リアバンパーよりも後ろに搭載されているということはない。

おかげでバランスもよく、なにより楽しい。エンジン音はやかましくもないし、わざとらしくもないが、はっきりと感じられ、深く、静やかで、心強い。運転技能を褒められながら運転しているような気分になれる。

ジャガー・Fタイプやロータス・エリーゼや三菱・ランサーエボリューションについて、その走りの素晴らしさを延々と叙情的に語ることはできる。しかし、そのどれも、ケイマンという巨大な影に包まれれば凍えて震えてしまう。それほどにケイマンは凄い車だ。

世界中が寝静まる中、日の出に見守られつつダボスからコルティーナまでの道を駆け抜けるのは最高だ。しかし、疲れた身体でラッシュアワーのロザラムを抜けるとき、可能な限りM1を快適に走りたいときはどうだろうか。

ケイマンにはトランクが2つ付いており、大量の荷物を積みこむことができる。室内も広く、上質さもある。ナビも使いやすく、エアコンも問題なく動くし、嬉しいことにステアリングにはボタンが一つも付いていない。シンプルで鬱陶しさがない。ただ、Gメーターやラップタイマーは例外だ。

サスペンションは驚くほどに柔軟だ。確かに、舗装の悪い市街地の道を低速で走れば揺すられる。しかし、50km/h以上だとまるでリムジンのようだ。

この車には全ての自動車メーカーが見習うべき教訓がある。シャシが十分に強固なら、サスペンションをやたら硬くする必要はない。むしろ、柔軟性を重視した方がいい。ロザラムではそれが重要だ。

もちろん、スポーツモードに入れれば何もかもが台無しになってしまうのだが、スポーツモードを選ばず、20インチホイールのオプションも選択しなければ万事うまくいく。しかも、価格はわずか4万8,783ポンドだし、燃費は11km/Lだ。

ただ、ロンドンに戻ってくると少し疲れてしまった。シートの出来があまり良くないようだ。肩部分のクッションの張り出しが左右で近すぎるため、封筒に閉じ込められる手紙のような気分になる。8時間ぐっすり眠った翌朝にもまだ首が張っている感じは取れなかった。

気になることは他にもある。カップホルダーは意味もなく複雑だし、どう工夫しても缶が音を立ててしまう。トランスミッションにも問題がある。試乗車はMTモデルよりも2,000ポンド高いPDKモデルで、大半の場面では優秀に働いてくれた。しかし、オートモードで低速で走るとコンピューターに操られているような気分になった。ケイマンのようなピュアスポーツカーにはマニュアルのほうが合っている。

しかし、上述した問題点はあくまでも小さな欠点に過ぎない。それに、首が痛くならなければ他の問題点に言及することすらしなかったかもしれない。

そろそろ締めよう。この原稿を書き終わったら、ケイマンに乗ってオックスフォードシャーに行かなければならない。シートさえまともなら、きっと楽しいドライブになることだろう。しかし、実際は首が痛くなるかもしれないので、不安混じりで出発しなければならない。


The Clarkson review: Porsche Cayman S (2013)