イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれたマツダ6 MPS(日本名: マツダスピードアテンザ)のレビューです。


Mazda 6 MPS

1973年のアルバムチャートは、エルトン・ジョンやロッド・スチュワート、スレイド、それから…ギルバート・オサリバンが寡占していた。グロッケンシュピールを使うような男が音楽業界で成功を収めることなど不可能に思えた。

しかし、リチャード・ブランソンはマイク・オールドフィールドに『チューブラー・ベルズ』を発表させ、成功を収めた。なんとも驚くべき手腕だ。

新聞紙上ではビジネスが非常に複雑で非常に難解なものであると語られている。しかしそんなことはない。3%の努力と97%の運だ。

こんなことを書いたのは、先ほどガーディアン紙のある記事を読んだからだ。その記事にはITVの昼間の番組編成を任された女性について書かれていた。そりゃすごい。ただ、ノエル・エドモンズの裏番組には到底対抗できないだろう。

私はITVが午後4時に何を放送しているのか分からない。おそらくは方言混じりの太った女性が叫んだりしている番組なのだと思う。しかしそんなことはどうでもいい。そんな時間にテレビを見ている無職や老人は『ディール・オア・ノー・ディール』に夢中だ。それに対抗できるものなどない。

きっとノエル・エドモンズのもとにはここ数年で数えきれないほどの仕事のオファーが来たことだろう。チーズの番組の仕事も、交通安全の番組の仕事も、ジャングルでの生活に関する番組の仕事もあったかもしれない。

しかし、どうしてか彼は特にスキルもいらないクイズ番組の司会者の仕事を受けた。その結果、彼はBAFTAから表彰されることになった。これは彼の努力ゆえのことなのだろうか。それとも、幸運が引き起こした成功なのだろうか。

これがオックスフォード・ストリートにあるマークス&スペンサーの本店、新名称"Your M&S"の話に繋がる。冗談を言っているわけではない。冴えないブランドのイメージを改善するため、実際に名前が変更された。

マークス&スペンサーは近年、経営改善のために多大なる努力をしている。セクシーな女性を下着同然の姿でバス停に立たせたりもした。アボカドと木イチゴのサンドイッチについて積極的に宣伝し、カーディガンの作りの良さや価格の安さをアピールしようともした。

しかし、不思議なことに、私は生まれてから46年間で一度としてマークス&スペンサーで商品を購入したことがない。もちろん、M&Sでパンツや靴下を買う人もいるのだろうが、少なくとも私は一度としてM&Sの商品を買ったことはない。

何故だろうか。正直なことを言うと、M&Sが何を売っているのかすらよく知らない。高齢女性用のベージュのカーディガンや女性用下着を売っているのは知っている。しかし、私はそんな商品になど惹かれない。それに、サンドイッチにも魅力を感じない。一度だけ食べたことがあるのだが、とても不味かった。羊の尻でも舐めているような気分だった。

要するに、何か「欲しい物」を買うときにはバング&オルフセンの店に行く。「必要な物」を買うときにはセルフリッジズに行く。マークス&スペンサーは私のレーダーには引っ掛からない。

名前を"Your M&S"に変えようと何も変わらない。やけくそになったようでむしろ敬遠してしまうかもしれない。ここからは会議の臭いがする。パンツやカーディガンやサンドイッチを推しても駄目なら、名前を変えてしまえばいいという会議があったに違いない。これはノエル・エドモンズがアント&デックに改名するような話だ。

名前を変えようと意味はない。ここでマークス&スペンサーの社員に特別にアドバイスをしてあげよう。マツダ6 MPSという車をよく観察してみてほしい。

一見すると、韓国製の冴えないセダンにしか見えない。プラスチック製のフロントグリルはまさしくアジア的だ。結局、チープで無個性な車でしかない。

インテリアも似たようなものだ。酷いとか作りが悪いとかそういうことではない。けれど、この車のインテリアには見蕩れて驚いてしまうような要素が一切存在しない。

つまり、何らかの理由で、BMW 3シリーズも、アウディ・A4も、メルセデス・ベンツ Cクラスも、レクサス・ISも、アルファ ロメオ 159も、サーブもボルボも買いたくなかったとしても、この車に惹かれることはきっとないだろう。

新型キャデラック・BLSの方がまだ魅力的に映ることだろう。少なくとも見た目は個性的だし、サンドイッチのような名前でもない。しかし、サーブが開発・製造しているとはいえ、BLSは現在販売されている中で最悪の車だ。乗り心地はあまりにも酷いし、ステアリングは不条理だし、室内空間は狭いし、いろいろと考慮すれば値段もまったく安くない。

しかしマツダは真逆だ。見た目は魅力という言葉とは無縁だが、キーを回して走りだすと…なんと…素晴らしい。

この車には260PSの2.3L 直噴ターボエンジンが搭載されている。駆動方式は4WDのため、パワーのあるFF車にあるようなトルクステアは存在しない。アクセルを踏み込むと爆発的に加速していく。

6秒後、メーターは100km/hを超え、熱狂的なエグゾーストの轟きとともにすぐに220km/hを超える。ドライバーは「予想外だ」と思うはずだ。プロトンみたいなフロントグリルや無個性な外観からは、この車が驚異的なドライバーズカーであることなど到底予想できない。

この車は素晴らしい。見た目が非常に質素なので、鬱陶しさがない。見た目は堅実な4ドアセダンだ。しかし走りはタバスコとホースラディッシュのカクテルのようだ。

ステアリングの重さも適切で、操作性も高いし、ブレーキの性能も高い。ただ、フロントグリルだけは残念でならない。地味ながらも車のデザインは悪くないのに、グリルのせいで台無しだ。この車に満点をあげられない理由はこれだけだ。

M&Sに対する教訓をお伝えしよう。マツダはMX-5(日本名: ロードスター)やRX-8のようなニッチ向けの気まぐれな車を作ってきたが、その普通車はあまり注目を浴びることはなかった。だからといってマツダは無駄な抵抗はしていない。社名を"Your Ferrari"に変えたりはしなかった。ただ幸運が訪れるまで静かに努力を続け、そしてようやく『チューブラー・ベルズ』が誕生した。


Mazda 6 MPS