イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、2013年に書かれたランドローバー・レンジローバースポーツ 3.0 SDV6のレビューです。

昔々、まだ土地を耕すだけで大金が転がり込んだような時代、農家には車を二台持ちする余裕があった。農民たちはポークパイを食べながら運転できるランドローバーに好んで乗っていた。そして、夕食時にはハンバーに乗って出掛けた。
しかし、消費者達は牛乳の価格が原価割れするくらい安くなければいけないと考えるようになった。パンは1ペニーが適正価格だと考えるようになり、肉などタダ当然だと考えるようになった。この結果、農家が車を二台持ちすることはできなくなってしまった。
しかし、ランドローバーは1970年にレンジローバーとやらを生み出し、救いの手を差し伸べた。これはとても凄い車だった。レンジローバーは世界初の多目的車だ。わずか2,000ポンドでありながら、豚を荷室に乗せて農場を走り回ることもできたし、仕事が終わってから室内を丸洗いすれば、夫婦で映画館に出掛けるためのリムジンとして使うこともできた。
旧型レンジローバースポーツも多目的車だった。ウィルムスローでもアルダリー・エッジでも乗ることができた。サッカー選手の夫婦にぴったりの車だった。昼間は薬物の販売に使い、夜、いざ銃撃戦になっても車内から安定して的を狙うことができた。
知り合いには本物のレンジローバーを持っている人がたくさんいる。むしろ、持っていない友人を探すのが難しいくらいだ。しかし、レンジローバースポーツを持っている友人は1人しかいない。その友人の名はゲイリーだ。
最大の問題は、レンジローバースポーツがレンジローバーではないというところにあった。それに、初代レンジローバースポーツの中身はディスカバリーがベースとなっており、シャシも共有していた。その結果重くなっており、スポーツとも言えなかった。
テールゲートにも問題があった。本物のレンジローバーでは上下に分割して開閉することができるため、下部を開いてそこに座ることができる。しかし、スポーツにはそれが備わっていなかった。フォルクスワーゲン・ゴルフと同じ、普通のハッチバックだった。
私はこの車が好きになれなかった。技術の結晶ではなく、ただのマーケティングの産物だと思っていた。そして同じような心配を新型レンジローバースポーツにも抱いていた。
問題はシンプルだ。ランドローバーは40年間かけ、オフロードをしっかり走り、オンロードを快適かつ静粛に走ることのできる車を作ることができると証明してきた。しかし、そこにさらにスポーティーさまで加えようとしたところ、大失敗に終わってしまった。
レンジローバーはいわば頑丈な革靴だ。この靴を履いていれば田舎道も歩けるし都会でウインドウショッピングを楽しむこともできる。けれど、負けたくないならこの靴を100m走に使うことはできない。レンジローバーはこれをやろうとしてしまった。田舎道でも、ロンドンの中心部でも、スカッシュコートでも使うことのできる靴を作ろうとしてしまった。
スポーツカーにはダイレクトでクイックなステアリングがなくてはならない。しかし、レンジローバーにそんなステアリングを付けてしまえば、いざオフロードを走った時にもたついてしまう。スポーツカーには硬いサスペンションも必要だが、そんなものは荒れた道では迷惑千万だ。M40でもそんなものはいらない。
なので私は恐る恐る新型レンジローバースポーツに近付いた。しかし、どうにもランドローバーの開発陣は不可能を可能にしたようで、かなり驚いてしまった。
まずはっきりさせておくが、この車はスポーティーではない。スロットルレスポンスは遅すぎるし、試乗車に搭載されていたエンジンはディーゼルらしさがかなりあったし、ステアリングは予想以上にはクイックだったものの、例えばフェラーリ・F12と比べるとクイックではない。ただ、それでもスポーティーな感覚はちゃんとあり、その点は優れている。
ダイナミックモードにすると快適性は大きく損なわれてしまうのだが、これだけ巨大な車としてはかなり飛ばすことができると認めざるを得ない。どれほど飛ばせるかというと、ドニントンパーク・サーキットのクレイナーカーブで160km/h出せると言ったらどうだろうか。もちろん、本物のレンジローバーでも同じくらいの速さは出せるかもしれないが、ドライバーは大変な恐怖を味わうことになる。
それから、農場にも行ってみたのだが、正直な話、本物のレンジローバーと全く変わらなかった。路面状況を車に伝えるボタンも同じだったし、そのセッティングによってディファレンシャルやトランスミッションの制御が変更されるという点も変わらなかった。
その後ロンドンに戻ったのだが、この車は愛用の肘掛け付きの椅子と同じくらいに快適だった。装備内容に関しては本物のレンジローバーには届いていないが、それでも作りは素晴らしい。センターコンソールの位置が高く、まるでポルシェ・928のようだし、遊べる玩具はたくさん付いていた。もっともそれは試乗したのが上級グレードのオートバイオグラフィーだったからなのだが。
デジタルラジオという玩具も付いていた。ただ、デジタルラジオの音質が素晴らしいと手放しに喜ぶことはできない。電波が弱くなると、普通のラジオでは雑音が交じるようになる。しかし、デジタル電波は少しでも弱くなると無音になってしまう。それもかなり長い間だ。家の中で聴く分にはいいかもしれないが、車に搭載するならレコードプレイヤーのほうがましだ。
ラジオを聴くことができなかったので暇潰しにメーターを見ていると、燃料計が全く減らないことに気付いた。これこそスポーツの凄いところだ。新型レンジローバースポーツは本物のレンジローバーからシャシやオールアルミフレームを受け継いでおり、軽量化を果たしている。その結果、燃費もかなり改善している。
スポーティーさの理由もここにある。それに、時には強烈な加速もしてくれる。6気筒ディーゼルでありながら、0-100km/h加速は約8秒だ。スーパーチャージドV8モデルでは約5秒を記録する。
要するに、新型は大きな進歩を果たしている。レンジローバーでありながら、スポーティーさを併せ持ち、オフロードを走ることもできるし、快適性も高いし、装備も充実している。ただし、分割式のテールゲートは付いていない。それゆえ、私はいまだに本物のレンジローバーにこだわり続ける。
ただ、もう本物のレンジローバーという表現は使うべきではないだろう。なぜなら、レンジローバースポーツも本物のレンジローバーだからだ。ゲイリーももう新型を注文したそうだ。
The Clarkson review: Range Rover Sport Autobiography (2013)
今回紹介するのは、2013年に書かれたランドローバー・レンジローバースポーツ 3.0 SDV6のレビューです。

昔々、まだ土地を耕すだけで大金が転がり込んだような時代、農家には車を二台持ちする余裕があった。農民たちはポークパイを食べながら運転できるランドローバーに好んで乗っていた。そして、夕食時にはハンバーに乗って出掛けた。
しかし、消費者達は牛乳の価格が原価割れするくらい安くなければいけないと考えるようになった。パンは1ペニーが適正価格だと考えるようになり、肉などタダ当然だと考えるようになった。この結果、農家が車を二台持ちすることはできなくなってしまった。
しかし、ランドローバーは1970年にレンジローバーとやらを生み出し、救いの手を差し伸べた。これはとても凄い車だった。レンジローバーは世界初の多目的車だ。わずか2,000ポンドでありながら、豚を荷室に乗せて農場を走り回ることもできたし、仕事が終わってから室内を丸洗いすれば、夫婦で映画館に出掛けるためのリムジンとして使うこともできた。
旧型レンジローバースポーツも多目的車だった。ウィルムスローでもアルダリー・エッジでも乗ることができた。サッカー選手の夫婦にぴったりの車だった。昼間は薬物の販売に使い、夜、いざ銃撃戦になっても車内から安定して的を狙うことができた。
知り合いには本物のレンジローバーを持っている人がたくさんいる。むしろ、持っていない友人を探すのが難しいくらいだ。しかし、レンジローバースポーツを持っている友人は1人しかいない。その友人の名はゲイリーだ。
最大の問題は、レンジローバースポーツがレンジローバーではないというところにあった。それに、初代レンジローバースポーツの中身はディスカバリーがベースとなっており、シャシも共有していた。その結果重くなっており、スポーツとも言えなかった。
テールゲートにも問題があった。本物のレンジローバーでは上下に分割して開閉することができるため、下部を開いてそこに座ることができる。しかし、スポーツにはそれが備わっていなかった。フォルクスワーゲン・ゴルフと同じ、普通のハッチバックだった。
私はこの車が好きになれなかった。技術の結晶ではなく、ただのマーケティングの産物だと思っていた。そして同じような心配を新型レンジローバースポーツにも抱いていた。
問題はシンプルだ。ランドローバーは40年間かけ、オフロードをしっかり走り、オンロードを快適かつ静粛に走ることのできる車を作ることができると証明してきた。しかし、そこにさらにスポーティーさまで加えようとしたところ、大失敗に終わってしまった。
レンジローバーはいわば頑丈な革靴だ。この靴を履いていれば田舎道も歩けるし都会でウインドウショッピングを楽しむこともできる。けれど、負けたくないならこの靴を100m走に使うことはできない。レンジローバーはこれをやろうとしてしまった。田舎道でも、ロンドンの中心部でも、スカッシュコートでも使うことのできる靴を作ろうとしてしまった。
スポーツカーにはダイレクトでクイックなステアリングがなくてはならない。しかし、レンジローバーにそんなステアリングを付けてしまえば、いざオフロードを走った時にもたついてしまう。スポーツカーには硬いサスペンションも必要だが、そんなものは荒れた道では迷惑千万だ。M40でもそんなものはいらない。
なので私は恐る恐る新型レンジローバースポーツに近付いた。しかし、どうにもランドローバーの開発陣は不可能を可能にしたようで、かなり驚いてしまった。
まずはっきりさせておくが、この車はスポーティーではない。スロットルレスポンスは遅すぎるし、試乗車に搭載されていたエンジンはディーゼルらしさがかなりあったし、ステアリングは予想以上にはクイックだったものの、例えばフェラーリ・F12と比べるとクイックではない。ただ、それでもスポーティーな感覚はちゃんとあり、その点は優れている。
ダイナミックモードにすると快適性は大きく損なわれてしまうのだが、これだけ巨大な車としてはかなり飛ばすことができると認めざるを得ない。どれほど飛ばせるかというと、ドニントンパーク・サーキットのクレイナーカーブで160km/h出せると言ったらどうだろうか。もちろん、本物のレンジローバーでも同じくらいの速さは出せるかもしれないが、ドライバーは大変な恐怖を味わうことになる。
それから、農場にも行ってみたのだが、正直な話、本物のレンジローバーと全く変わらなかった。路面状況を車に伝えるボタンも同じだったし、そのセッティングによってディファレンシャルやトランスミッションの制御が変更されるという点も変わらなかった。
その後ロンドンに戻ったのだが、この車は愛用の肘掛け付きの椅子と同じくらいに快適だった。装備内容に関しては本物のレンジローバーには届いていないが、それでも作りは素晴らしい。センターコンソールの位置が高く、まるでポルシェ・928のようだし、遊べる玩具はたくさん付いていた。もっともそれは試乗したのが上級グレードのオートバイオグラフィーだったからなのだが。
デジタルラジオという玩具も付いていた。ただ、デジタルラジオの音質が素晴らしいと手放しに喜ぶことはできない。電波が弱くなると、普通のラジオでは雑音が交じるようになる。しかし、デジタル電波は少しでも弱くなると無音になってしまう。それもかなり長い間だ。家の中で聴く分にはいいかもしれないが、車に搭載するならレコードプレイヤーのほうがましだ。
ラジオを聴くことができなかったので暇潰しにメーターを見ていると、燃料計が全く減らないことに気付いた。これこそスポーツの凄いところだ。新型レンジローバースポーツは本物のレンジローバーからシャシやオールアルミフレームを受け継いでおり、軽量化を果たしている。その結果、燃費もかなり改善している。
スポーティーさの理由もここにある。それに、時には強烈な加速もしてくれる。6気筒ディーゼルでありながら、0-100km/h加速は約8秒だ。スーパーチャージドV8モデルでは約5秒を記録する。
要するに、新型は大きな進歩を果たしている。レンジローバーでありながら、スポーティーさを併せ持ち、オフロードを走ることもできるし、快適性も高いし、装備も充実している。ただし、分割式のテールゲートは付いていない。それゆえ、私はいまだに本物のレンジローバーにこだわり続ける。
ただ、もう本物のレンジローバーという表現は使うべきではないだろう。なぜなら、レンジローバースポーツも本物のレンジローバーだからだ。ゲイリーももう新型を注文したそうだ。
The Clarkson review: Range Rover Sport Autobiography (2013)