イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2009年に書かれたヴォクスホール・VXR8 バサーストSのレビューです。


VXR8 Bathurst S

深夜、凍てつくような暗闇に雨が降り注いでいた。しかし、いかに濡れそぼって凍えようと、今回の主題の車に乗り込もうとは思えなかった。私の髪は滅茶苦茶になり、妻の服は透け始めた。お願いだから馬鹿みたいな意地を張っていないで車の鍵を開けてくれと妻は叫んだ。しかし、それでも私は恥ずかしくて車の鍵を開けることができなかった。

レイ・ウィンストンのファンクラブの会合なら、こんな車に乗り込んでも問題はない。車の巨大さも、ボンネットの黒いストライプも、膨らんだホイールアーチも、バッジも、周りに自慢することができる。

しかし、私がいたのはオックスフォードのニューシアターだった。そこに集まっていた自転車用ヘルメットをかぶった人達はこんな車を歓迎してくれるはずもない。同様に、それを運転するような人間を毛嫌いすることだろう。なので、さも自分はこんな車の持ち主ではないような顔をして、周りの人達が間抜けな折り畳み式自転車で走り去るまでずっと待ち続けた。

走り始めてしばらくは非常に落ち着いていたのだが、家まであと3kmというところでエンジンから異音が聞こえた。最初はギアチェンジに失敗したのかと思った。しかし、再び異音が聞こえた。そしてガソリンが尽きた。メーターをどう見ても燃料は4分の1ほど残っているはずだ。それでも実際に燃料切れになってしまった。

それは深夜の出来事だ。道の周りには何もない。その時の雨粒はウサギと同じくらいに大きくなっていた。そういうわけで、ヴォクスホール・VXR8 バサーストSの試乗の第一印象は最悪だった。雨に濡れるし、非常に不愉快になったし、離婚寸前に追いやられてしまった。

ここで、この車について説明しよう。簡単に言うと、これはオーストラリアの紛争の産物だ。オーストラリア人はGM傘下のホールデンの支持者とフォードの支持者とに二分される。そんなことはないと否定するオーストラリア人もいるのだが、その人は続けてこう言った。
ただ、私は生まれつきGM側ですね。フォードに追い越されるのは絶対に許せません。
この時点で彼の顔は怒りで真っ赤になる。
フォード乗りは頭のおかしい異常者です。
彼はあまりに興奮し、ついに机を叩き始める。
奴らが憎いですよ。ホールデンのためなら自分の命も、家族の命だって捧げられます。家族が反抗するなら殺してもいいくらいです。

今回試乗した特別仕様車の名前のもととなっているバサーストレースでは、フォードのファンとGMのファンが熾烈な争いを極めている。しかし、ジム・リチャーズという男が日産・スカイラインで優勝を決めた時、初めて二大勢力が手を取り合った。彼が表彰台へと登壇すると、あちこちから酷い野次が飛ばされ、彼は思わずマイクの前で「このクソどもが」と呟いてしまった。

これがVXR8 バサーストSの出自だ。女性も、野生動物すらも恐れる、圧倒的で暴力的な忠誠心から生まれた車だ。この車はあえて荒々しくなるように作られている。これに反撃するため、フォードも新モデルを生み出すことだろう。その連鎖は永遠に終わることはない。

しかし妙なことに、この車は生粋のオーストラリア車というわけではない。確かに製造はオーストラリアで行われているのだが、開発を行ったのはトム・ウォーキンショーというスコットランド人だ。物静かで大人しいスコットランド人が、どうしてこれだけオーストラリア人的な荒々しい車を生み出せたのだろうか。

トム・ウォーキンショーの自宅の場所は私も知っている。アレックス・ジェームスの家を越え、デーヴィッド・キャメロンの家も通り過ぎると、ベン・キングズレーの豪邸のすぐ隣に彼の自宅がある。しかし、ストライプの描かれたVXR8ではこんな場所になど行きたくない。なので私は家に留まることにした。

翌日、私は友人の家にお昼を食べに行くことになっていた。友人の家は郊外にあるので、自動車版クロコダイル・ダンディーで乗り付けても大丈夫だろうと思った。しかし、なぜかバッテリー切れを起こしてしまい、エンジンがかからなかった。なので代わりにレンジローバーで行くことにした。他の客全員がそうしたように。

深夜、国中が寝静まった頃、ようやくこの車の実力を試す時が来た。少し運転しただけで、自分がまるで1978年に来てしまったかのような気分になった。この車には洗練性というものが存在しない。ギアチェンジのためにクラッチペダルを踏むと、パワートレイン全体がガタついているのが感じ取れた。こんな感覚はヴォクスホール・シェヴェットHS以来だ。

それに、ステアリングにはおそらく世界最安のプラスティックが使われており、直径は土星の輪よりも長い。ステアリングを操作しているというよりも、棒に掴まって動かしているような感覚だ。

極めつけはその音だ。なんてこった。こんな音の車は今まで乗ったことがない。一度として乗ったことはない。旧型コルベットからキャリーオーバーされたV8エンジンは本来非常にうるさいはずなのだが、加速時にそのエンジン音は聞こえない。スーパーチャージャーの音しか聞こえない。スーパーチャージャーの音といえば、きっと笛のような音や唸るような音を想像するだろうが、違う。木材チップの山の中に大量のリスを入れたような音だ。あまりにもやかましい。

やかましさに耐え切れず、アクセルを緩めざるを得なくなるのだが、すると遠くの方から音が聞こえてくる。それは、燃え残った燃料がテールパイプで燃えているかのような音だ。これは世界最高の音だ。リスが生み出す騒音に耐え忍び、アクセルペダルを緩めて回転数が1,800rpmまで落ちるまで待つと、遥か彼方で戦争が起こっているかのような音を聞くことができる。

他にも良いところがある。572PSという狂気にほど近いパワーを有しながらも、驚くほど運転しやすい。巨大なステアリングはまともに機能せず、まっすぐ走ることも難しい…なんてことはない。普通に走ってくれる。しかも、スタビリティコントロールが介入して抑え込んでいるという感じはしない。

もちろん、この車は巨大だ。車の右端が晴れていても、左端では雨が降ったりしている。前席は昼でも、後席はまだ夜だったりする。しかし、おかげで室内も非常に広く、車内でくつろぐこともできるし、トランクにはおじいさんの時計を2つ3つ載せることができる。それに乗り心地も良い。

装備内容はあまり多くないし、大抵はまともに動かない。けれど、そんなことは気にならない。私はこの車を気に入ってしまった。確かに下品で低俗な車だが、途方もなく刺激的で、パワフルで、室内も広く、価格も安い。BMW M3の代わりにVXR8を買ってもいいくらいだ。

私もレイ・ウィンストンのファンクラブに入る必要がありそうだ。その会合では、きっとセクシーな車だと褒め称えられることだろう。VXR8は身の毛のよだつような車だが、それでいてなんとも素晴らしい。


Vauxhall VXR8 Bathurst S