イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2010年に書かれたミニをベースとした電気自動車、MINI Eのレビューです。


MINI E

正直に言ってしまおう。今回の主題であるMINI Eは素晴らしい車だ。

環境保護論争に動力源を2つ積んで参戦するような間抜けなトヨタ・プリウスとは違い、ミニはバッテリーだけで駆動する。それに、G-Wizと違って便座のようなデザインでもない。ちゃんと車の形をしている。

なので、これを乗り回しても、世間から狂信的なエコ主義者だと思われることはない。当然、走りは普通の車とは違う。奇妙で不思議な感覚だ。ある意味では普通の車より優れているとさえ言える。車内に乗り込み、普通のミニのようにキーをスロットに挿入してエンジンスタートボタンを押すと、普通のミニと同じようにドライバーを罵ってくる。シートベルトを早く締めなさいと。

しかし、警告音以外の音は一切聞こえない。体感できるものとしては何も起こらない。違和感を感じながらも1速トランスミッションをドライブに入れ、アクセルペダルを踏むと車は進み始める。空いた道に入り、アクセルをさらに踏み込むと、なんと、ちゃんと加速していく。電気自動車として、という但し書きはいらない。この車は速い。

最高速度は153km/hなのだが、0-100km/h加速はわずか8.5秒でこなす。普通の車は速さに音が伴っている。しかし、ミニは違う。無音のスピードは人間の脳でうまく処理することができない。まるで悪夢だ。高層ビルから落ちるようなものだ。私はその感覚が気に入った。

ミニの速さの理由は単純だ。電気モーターは莫大なトルクを即座に発揮することができる。内燃機関とは違い、山や谷は存在しない。22.4kgf·mのトルクがはじめから発揮される。それに、最高出力は150kW、すなわち204PSだ。これはクーパーSの数値よりも10%優れている。

これだけのパワーに対処できるよう、MINI EにはクーパーSと同じサスペンションが用いられており、結果、エコでありつつもオーバーステアを楽しむことができる。では、ブレーキの性能はどれほどだろうか。私には分からない。なぜなら、アクセルを離すとバッテリーを充電するために勝手に減速していくからだ。この減速度はかなりのものだ。惰性走行という言葉はこの車の辞書の中には存在しない。

それに何より、あちこち走り回ってからガソリンスタンドで100ポンド支払う必要はない。コンセントをミニに繋げれば、わずか1.50ポンドでバッテリーが満タンになる。日中の電気料金の高い時間帯に充電したとしても、4ポンドしかかからない。

同じことはテスラでもとうの昔からできていたと思うかもしれない。しかし、テスラの初期モデルに試乗した際には、すぐにバッテリーが切れてしまったし、充電中にブレーキが効かなくなってしまった。予備として用意されていたもう1台の車もオーバーヒートしてしまった。しかし、ミニは問題なく動いた。これもきっと当然のことだろう。テスラを作っているのは地球を守ろうという責務に燃える青年たちだ。一方、MINI Eを作っているのはBMWだ。私を時代遅れだと言うのは構わないが、車作りにおいてドイツ人の技術博士とカリフォルニアのサーファー男でどちらが秀でているかなど、火を見るより明らかだ。

だからといってミニが完璧だというわけではない。この車の最大の問題は、そもそも購入することができないという点だ。あくまでこれは電気自動車の現実性を確かめるための実験車両だ。

航続距離にも問題がある。電気自動車メーカーはどこもそれなりの航続距離を数字として出している。しかしそれは嘘だ。もちろん、走り方によってはその距離も出せるだろう。しかし、坂や他の車が存在する現実世界においては不可能だ。MINI Eの航続距離は公称で167kmだ。しかし、100kmも走るとバッテリーは底をつきかけた。けれど、誰かの家に押しかけて電気を分けて欲しいなどとは頼めない。そもそも、充電には4時間半ほどかかるし、その間ずっとエコ信者が家にいることなど誰にも耐えられないはずだ。

それに、実用性にも問題がある。普通のガソリン車と同じように走れるよう、MINI Eには5,088セル(1セルはノートパソコンのバッテリーと同じくらいの大きさだ)ものバッテリーが搭載されている。これだけのバッテリーを載せ、さらにこれを冷却するためのファンも載せなければならず、結果、MINI Eからはリアシートがなくなり、荷室もほとんど存在しない。それに、失われたのはスペースだけではない。バッテリーのせいで260kgも重くなっており、せっかくのパワーの一部がバッテリーを運ぶためだけに使われてしまう。

いずれ、バッテリーメーカーや自動車メーカーが革新的技術を開発し、問題は解決すると考えている人もいるかもしれない。しかし、よく考えてみて欲しい。確かに人間には革新的技術を生み出す力がある。実際、イギリスはUボートに対抗するための飛行機をわずか数ヶ月で完成させた。そしてその数ヶ月後にはそれに対抗するようにドイツもUボートを改良した。人間はいざというときには驚くほど早く先へ進むことができる。

しかし、長い年月が経ってもバッテリー技術はあまり大きな進歩をしていない。ひょっとしたら、どうあれ解決策など存在しないのではないのだろうか。実際、ゼネラル・モーターズは十分な航続距離を確保するため、"電気自動車"のヴォクスホール・アンペラ(別名: シボレー・ヴォルト)にガソリンエンジンを積んでいる。

それに、ミニのバッテリーパックはいずれ交換しなければならない。ノートパソコンの疲弊したリチウムイオンバッテリーを交換する代金ですら非常に高価なのに、5,000個のバッテリーを交換する値段など想像できるだろうか。

もっと重大な疑問がある。そもそも、発電所から来る電気を使って走る電気自動車を「ゼロ・エミッション」と表現することは正しいのだろうか。それに、イギリスでは現在、電気の供給が需要に追いついていないことが問題になっている。もし大量の電気自動車が普及したとして、夜間に一斉に充電したとしたらどうなるだろうか。結局、電気自動車の普及にシステムは対応できない。

もし家に風力発電機を置けば、完全にクリーンで、かつお金のかからないエネルギーを生み出すことができると考える人もいるかもしれない。しかし、風力発電機を使ってミニを充電するためには600時間、つまり丸25日かかる。

結局、導き出される結論は非常にシンプルだ。MINI Eは非現実的な理想でしかない。起こりえない未来を映す鏡でしかない。


BMW Mini E: Sizzling sandals, this is one hot eco-chariot