今回は、米国「Car and Driver」によるトヨタ MIRAIの試乗レポートを日本語で紹介します。


MIRAI

確かにこの車は醜い。驚くほど醜い。どの角度からどうやって見ても醜く見えてしまう。しかし、どこから見ても他の車とは似ても似つかない。

報道にもそう伝えられているように、この酷いデザインは意図的なものだ。ハイブリッドカーをイメージするとき、きっとプリウスを真っ先に思い浮かべることだろう。トヨタはプリウスが他の車と違うということを表現するため、あえてプリウスのデザインを他とは一線を画したものとした。MIRAIのぞっとするようなデザインがプリウスと同じように成功を収めるかは誰にも予想できないが、いずれにしても、トヨタは、MIRAIに、燃料電池技術に、インフラに、多大なる投資を行っている。

現時点でMIRAIの原動力となっている燃料電池について詳しく知っている人はほとんどいないだろうから、ここで簡単に説明したいと思う。

燃料電池は水素と空気の電気化学反応から電気を生み出す。水素は高圧タンクに圧縮されて貯蔵され(MIRAIには前後2つの高圧水素タンクが搭載され、水素は10,000psiの状態で最大約5kg貯蔵することができる)、白金でコーティングされた膜を用いて電子と水素イオンを分離する。この電子がモーターを駆動させる電流を生み出す。MIRAIに搭載される交流同期電動機は最高出力154PS、最大トルク34.2kgf·mを発揮する。また、放出された水素イオンは膜の反対側にある酸素と結合して水となり、テールパイプから排出される。ちなみに、トヨタによると、排出される水の量は1kmあたりおよそ60ccだそうだ。

昇圧コンバーターによって電圧を650Vまで上げることで、トヨタのハイブリッドシステムとの互換性を持たせている。MIRAIでもプリウス同様、あまり先進的とは言えないニッケル水素バッテリーが用いられている。このバッテリーは主に減速エネルギー回生のために用いられる。

これだけの先進技術が用いられているにもかかわらず、運転感覚は通常の電気自動車とほとんど変わらない。重く、人工的で、ドラマにも欠けている。加速は最初こそ勇ましいのだが、高速道路の速度に近付くにつれてどんどん心許なくなっていった。公式発表によると0-100km/h加速は約9秒で、この数字については信じられる。ただ、トヨタによると最高速度は175km/hだそうだが、どうやっても120km/h以上は出せなかった。それに、パワートレインの音自体は非常に静かだったのだが、おかげで他の騒音が気になってしまった。タイヤノイズだけでなく空調の音まで気になるほどだった。

interior

エクステリア同様、インテリアのデザインも独特だ。計器類はプリウス同様ダッシュボード上部に配置され、その下にはキャビンを横切るように操作系がある。最近のトレンドに添って操作系の多くはタッチパネル式で、指紋対策として普段からマイクロファイバーのタオルを置いておく必要があるだろう。

電気自動車同様、燃料電池車も重い。MIRAIにはタンクにカーボンファイバーが用いられているのだが、車重は1,850kgと非常に重く、ほぼ同サイズのカムリハイブリッドと比べても300kg近く重い。ただし、重量物は車の低い部分に満遍なく広がるように配置されている。実際、あまり飛ばしはしなかったものの、極端なロールを感じることはなかった。しかし、シャシもステアリングも鈍く、路面状況はあまりよく把握できなかった。おそらく、MIRAIの限界はかなり低いところにありそうだ。それに、普通の電気自動車やハイブリッドカーとは違い、アクセルを離してもほとんど回生ブレーキが効かず、アクセルペダルだけで速度を調節するのは難しい。

公式には燃費の数字は発表されていないが、トヨタによると航続距離は480km以上だそうで、これは水素タンク容量の多いヒュンダイ・ツーソン フューエルセル(タンク容量5.6kg、航続距離426km)よりも長い。それに、ツーソンでは水素充填に約10分かかるが、トヨタによるとMIRAIではわずか5分で充填が完了するそうだ。これならガソリン車の給油時間とさほど変わらない。

ただし、水素ステーションのインフラはまだ足りていない。それはMIRAIが最初に投入されるカリフォルニア州(代替燃料の導入に積極的な州だ)でさえ同じだ。州内の水素ステーションの数は両手で数えられるほどしかないし、MIRAIを購入できるのは水素ステーションの近くに住んでいる住人に限られる。ただ、今後、カリフォルニア州は追加予算を投入し、2015年末までに17の水素ステーションを新たに開設し、2016年中にさらに28ステーションを設置する予定だ。トヨタ自身も19施設の運営に協力を表明しており、さらなる協力企業を募集している。

トヨタいわく、スタンドは立地よりも数が重要だそうだ。カリフォルニア大学の調査によると、スタンドまでの移動時間は多くの人で6分以内が許容範囲だそうで、そこから考えると、カリフォルニア州で1万台の燃料電池車が不自由なく走るためには、68箇所にうまく水素ステーションを設置する必要があるらしい。また、2016年中に投入が予定されているコネチカット州、マサチューセッツ州、ニュージャージー州、ニューヨーク州、ロードアイランド州にも、トヨタの支援のもとで水素ステーションのインフラが整備される予定だ。

確かに、MIRAIは格好良さとは程遠いし、トヨタの社員でさえ、誰も美しいデザインとは表現していなかった。しかし、トヨタはMIRAIが燃料電池車の時代の到来を告げる車になると確信している。結局、時代の革新に必ずしも格好良さは必要でないのかもしれない。


2016 Toyota Mirai Hydrogen Fuel-Cell Sedan