イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2007年に書かれたボルボ・S80 V8のレビューです。


S80

乗り心地の良い高速クルーザーが欲しくてボルボを買ったり、ウサギのように軽快にグリップするマシンが欲しくてボルボを買ったりする人は普通いない。子供がたくさんいて、時々家具を載せたりする必要がある人がボルボを購入している。

なので、多くの人が今回の主題の車の存在意義を疑っていることだろう。これは、巨大なV8エンジンをフロントに搭載し、リアには中型家具すら載せることのできない4WDセダンだ。ボルボはおかしくなってしまったのだろうか。

しかしそんなことはない。ただ、この車の存在理由を理解するためには、少し自動車業界について学ぶ必要がある。とはいえ非常に単純なことだ。自動車メーカーは車を製造し、それを世界中のディーラー網で販売する。

例えばBMWを購入しようという場合、近所にあるディーラーで購入するのが普通だ。もちろん遠くのディーラーまで出掛けることもできるが、そんなことをする人はほとんどいないし、それゆえディーラーの態度は横柄になってしまう。

つまり、ディーラーは客へのご機嫌取りのためにちょっと値引きするだけでいい。それにその値引き分も、必要のないオプションを付けさせることで簡単に取り返すことができる。あるいは、客とその子供、それに孫の代まで続くローン契約も結ばせる。そして、下取りに出された車はわずか1ポンドで買い取る。しかし、そんな値段であっても多くの人は了承してしまう。なぜなら、個人で車を売りに出すのは非常に面倒だからだ。

それに、下取りに出される車は汚れているし、ディーラーは下取り価格の安さを滔々と説明してくれることだろう。ただ、翌週には綺麗に磨かれてディーラーの入口に2万2,250ポンドの値札を掲げて鎮座しているかもしれない。

それに、点検にもお金がかかる。基本料金は300ポンドだが、どこかに不具合があると700ポンドまで跳ね上がってしまう。「タイヤを調べるため」に追加料金を請求された人の話も聞いたことがある。

なので、ディーラーに勤めれば人生は楽勝だ。しかし、例外もある。BMWやメルセデスやアルファ・ロメオに勤めるなら、帰宅するために自分が乗る車もさぞ素晴らしい車だろう。しかし、もしヒュンダイに勤めるとしたらどうだろうか。もちろん、たくさん稼ぐことはできるのかもしれないが、いくら稼いだところでアクセントに乗って家に帰らなければならない。

ボルボに関しても同じことが言える。ボルボのセールスマンも稼いでいることだろう。毎晩風呂に高級牛乳を入れ、コーンフレークにクリスタルを浮かべ、妻にはダイヤモンドで飾られたバイブレーターをプレゼントしているかもしれない。しかし、通勤には死んだ犬と同じくらいに活気のないスウェーデン製の金属の塊を使わなければならない。

しかし、ここで最上級モデルのS80を選ぶこともできる。ただ、これもボルボであることに変わりはない。なので、土曜日には19番ホールで知人に笑われてしまう。

そのため、ボルボのディーラーはお偉方に対して巨大なV8エンジンを搭載する車の製造を懇願した。「この車なら絶対に売れる」と嘘をついて。しかも、世界中のディーラーが同じことをした。

その結果、お偉方も折れた。そして新型S80にはV8エンジンが搭載され、世界中のディーラーが幸せになった。しかし、我々一般人にしてみればどうだろうか。ボルボがこの車を開発するために投資した費用を回収するためには、我々一般人がS80を購入しなければ話にならない。

まず、エンジンについて説明しよう。ジャガーもボルボもフォードの傘下にあるため、搭載されるのはジャガー製の4.2Lだと思っていた。しかしそうではなかった。搭載されるのはヤマハ製の名機だ。この4.4Lエンジンは非常に滑らかで、トルクカーブにも穴は存在せず、エンジンを始動した際にはV8エンジンの威厳のある音が鳴り響く。

高級レストランの駐車場で、メルセデスに乗っている運転手がエンジン音に振り向き、その音がボルボから発せられていることに気付いて大層驚いていた。しかも同じことが1日で2回あった。ボルボからエンジン音が響くというのは、赤ん坊の口から雄々しき叫び声が聞こえてくるくらいに異常なことだ。

エンジンから発せられる馬力は莫大だが、4WDのためそれが無駄になることもない。どれだけ路面が濡れていようと、アクセルを踏み込めば落ち着いて加速していく。

しかし、この車はあらゆる点で遅い。例えば、トランスミッション。アクセルを踏み込んでから実際に加速し始めるまでにはかなりのタイムラグが存在する。

それから、クルーズコントロールをオフにするスイッチ。このスイッチはどう考えてもすぐに作動しなければならない。しかし実際は違う。110km/hで走行中にこのスイッチをオフにしても、実際に減速し始めるまでには体感時間で2週間はかかる。

それから、カーナビ。ボルボのナビはオックスフォード環状道路やM40の存在を断固として認めず、決して良いナビとは言えないのだが、さらに困ったことに、反応性まで悪い。

"L"と一文字入力しただけで「むむむむ…」と考え込んでしまう。
L、ですか…。えーっと…。ちょっと考えさせてください。
薬でもやっているとしか思えない。

操作系の反応の遅さもさることながら、それ以上に問題なのがサスペンションだ。セッティングには「コンフォート」、「スポーツ」、それから「アドバンスト」とやらがある。

コンフォートではまるで滑空しているように走り、夢のような安心感がある。ところが、マンホールの蓋を踏んだだけで四輪全てが暴れ出し、サンアンドレアス断層を踏み越えたのかとさえ思えてしまう。

続いてスポーツモードに入れてみるのだが、今度はタイヤが常時暴れてしまい、安心感などどこにもなくなってしまう。どんなに道が良くても関係ない。

自棄になってスポーツとコンフォートの中間と謳われているアドバンストとやらに入れてみるのだが、実際はそんなものではなかった。一体何がアドバンストなのだろうか。理解できない。

問題なのは、そもそもボルボが本質的には高級車メーカーではないという点だ。ジャガーのような高尚な伝統もない。それに、高級車とはハリボテの衣装を着せるだけで出来上がるものではない。

S80にも良いところはある。リネン風のアルミニウムや滝のようなセンターコンソールは美しい。それに、室内は広大だ。

安全性も高い。死角に車がやって来ると警告灯が光るし、ダッシュボードには時々点灯する巨大な赤いランプも付いていた。この意味はよく理解できないのだが、少なくとも目覚ましにはならない。

それに、見た目も良いと思うし、フル装備された上級グレードで4万8,150ポンドという価格設定も安いと言わざるをえない。ただし、下取りの安さで全てが台無しになることだろう。


Volvo S80 SE Sport