イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2012年に書かれたボルボ・V40 D4のレビューです。


V40

地中海に突き出ている半島は大きく3つある。ギリシャ、スペイン、そしてイタリアの3つだ。夏季休暇にこのうちのどこで過ごすべきかを選ぶのは簡単だ。暑さ、風景、ワイン、文化、食べ物、歴史、建造物、何を求めていようと関係ない。イタリア以外の選択肢はない。

ギリシャで休暇を過ごす人を見るたび、「どうしてわざわざ葉っぱを食べて不味いワインを作るような国に来るのだろう」と不思議に思う。もちろん、ギリシャに比べればスペインは随分文化的だが、ろくなビールはないし、食べ物にはゴミ箱から引っ張り出してきたようなものしかない。

スーパーにも似たようなことが言える。近場にあるにもかかわらず、多くの人がウェイトローズをあえて選ばない理由がわからない。

それだけではない。清涼飲料水が飲みたい時、ロビンソンズのレモンバーリーウォーターを飲まない人は何を考えているのだろうか。iPhoneを買えるのにどうしてBlackBerryを買うのだろうか。あるいは逆に、ちゃんと右クリックができるパソコンが売られているのに、どうしてわざわざMacを購入するのだろうか。

人生の様々な場面において、選択肢は数多あれど、実質選択肢が一つしかないということはよくある。ベイクドビーンズも、コーラも、テレビのチャンネルもそうだ。特定の製品が他の有象無象より圧倒的に優れている場合、このことが言える。フィフス・ギアにあえて言及するまでもない。

これは自動車の世界によく当てはまる。大型オフロードカーが欲しいなら、トヨタ・ランドクルーザーの試乗をして時間を無駄にすることもできるが、これはレンジローバーほど良い車ではない。検討する価値もない。

スーパーカーはどうだろうか。マクラーレン・MP4-12Cやランボルギーニ・ガヤルドを買ってもいいが、フェラーリ・458イタリアのある人生を思い描いてきっと後悔することだろう。

質実剛健なハッチバックの世界には突出した車などないと思う人もいるかもしれない。面白さを求めたりリスキーなことをすれば消費者が遠のいてしまうような世界だ。なので、どの自動車メーカーも、タイヤを4つと折り畳み式のリアシートを付けるだけに留めている。しかし…。

経済性を求めようと、コストパフォーマンスを求めようと、速さを求めようと、快適性を求めようと、信頼性を求めようと、ハンドリングを求めようと、室内空間を求めようと、万能性を求めようと関係ない。どの点でもフォルクスワーゲン・ゴルフがライバルに勝っている。これはハッチバック界のイタリアだ。ハインツのベイクドビーンズだ。iPhoneだ。ウェイトローズだ。つまり、最善の選択肢だ。

先日、私はヴォクスホール・アストラVXRに試乗したのだが、とても素晴らしい車だった。信じられないほど速く、期待以上に快適だった。ただ、あまりにも派手過ぎた。なので、ゴルフを選んだほうがいい。ゴルフは派手過ぎることもない。

あるいは、フォード・フォーカスSTは非常に楽しい車だ。しかし、それはゴルフも同じだ。メルセデス・ベンツ Aクラスはどうだろうか。以前に試乗したA250 AMG SPORTにはいくつかの欠点があった。とはいえ、この車には少なくともドイツ車らしい高い品質がある。しかし、それはゴルフにもあるし、ゴルフには大した欠点も存在しない。

BMW M135iも素晴らしい車だ。私も大好きだ。これはどんなゴルフよりも運転していて楽しい。しかし、その代償として室内空間は少し狭い。ゴルフにはそんな問題点などない。

しかし、このクラスに新しく参戦者が増えた。この車は見た目が素晴らしいし、価格も十分に競争力がある。もし走りも見た目と同じくらいに優れているのだとしたら、ゴルフの最大の脅威になるかもしれない。その車こそ、ボルボ・V40だ。

interior

インテリアはエクステリア同様に素晴らしい。シートの出来も良いし、ドライビングポジションも適切だし、「フローティング・センタースタック」にはスカンジナビア的な格好良さがある。2万ポンドを切るプライスタグを見ても、やはりこの車の実力は高いのではないだろうか…。

凄いのがウォッシャーノズルの数だ。6つも付いている。ウォッシャーのレバーを引けば、まるで洗車機の中を走っているような気分になれる。もちろん、一時的に視界がぼやけてしまうのだが、洗浄が終われば窓は非常に綺麗になる。ただ、もっと少なくても良かったとも思う。フロントガラスを洗浄するノズルは5つにして、もう1つは自転車に向けられるようにしたらどうだろうか。素晴らしいアイディアではないだろうか。

ただ、この車にはいくつか問題点がある。まず、ボルボのディーゼルエンジンは他のメーカーのエンジンに比べるとあまり垢抜けておらず、それは試乗車に搭載されていた5気筒エンジンも例外ではなかった。エンジン始動時には、まるでエンジンに小石が詰まっているのではないかというような音がする。

それに、BMW 120dに搭載されている排気量の近いエンジンと比べると、馬力も劣るし、かといって経済性が高いわけでもないし、0-100km/h加速では1.5秒も遅れを取っている。理解できない。どうして他よりも明らかに劣っているエンジンを載せようとなど思うのだろうか。

それに、フローティングダッシュボードは見た目こそ素晴らしいのだが、実用には決して向かない。ラジオの選局もできないし、ナビの操作もできないし、エアコンを消すこともできないし、ドライブモードをパフォーマンスからエコに変えるスイッチも見当たらないし、自動駐車システムが付いているはずなのだが、それを起動するスイッチも見つからない。絶望的だ。

それに、室内空間が広いわけでもない。実質的に後部座席には大人2人しか乗せられないし、ヘッドルームは限られているし、荷室は高機能ながら非常に狭い。要するに、この車は新車を開発する十分な資金のない会社が設計したとしか思えない。ただ、それはひょっとしたら事実なのかもしれない。

要するに、見た目は良くても、この車はゴルフほどに良い車ではない。以上。

さすがにここで終わることはできない。というのも、この車はユーロNCAPの成人乗員保護性能で98%という途方もない点数を獲得している。これは歴史上最高の点数だ。この車には、どんなに最悪な危険が差し迫っても大丈夫なように、様々な機能が満載されている。

しかも、この車は乗員だけを守るわけではない。衝突した歩行者を保護するためのエアバッグも標準で装備されている。これは、2020年までにボルボ車が関わる事故による死亡者数をゼロにするという目標を達成するためのものだ。

これは非常に高い目標だし、ほとんど非現実的だ。ただ、それでも立派な目標であることには変わりないし、この点でゴルフではなくV40を買うべきだと言うこともできる。

全てを考慮すれば、ゴルフのほうが総合的に優れた車だ。しかし、事故を想定すればボルボの方が優れている。V40はいわばキューバだ。カリブ海に浮かぶ島としては、マスティク島の方がよっぽどいい。食べ物、ビーチ、犯罪率など、あらゆる点でマスティク島の方が優れている。しかし、もし病気にかかったとしたら、良い病院があるのはハバナの方だ。


The Clarkson review: Volvo V40 D4 SE Nav (2012)