イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2012年に書かれたトヨタ・GT86(日本名: 86)のレビューです。


GT86

かつて、まだジフテリアが蔓延し、子供たちはすすまみれだった頃、車が履いていたのは薄っぺらい小さなタイヤで、車好きはラウンドアバウトでタイヤを滑らせて楽しんでいた。

しかし、今ではグリップが重視されるようになった。フォードのスポーティーカーにはフロントディファレンシャルが装備され、1,000km/hでヘアピンを攻めても大丈夫なように路面追従性が高められている。それに、日産・GT-Rは証券取引所レベルの高度なコンピューターを用いることで、音速でもヘアピンを攻められるように設計されている。

今や、怯える幼児が母親の腕を握るときと同じような強力なグリップがどんな車にもある。もちろん、これは必ずしも悪いことではない。どんな下手糞でもスピンして木に突っ込むことはない。それに、サーキットでのラップタイムも速くなる。

しかし、そんなものが本当に必要なのだろうか。今の車でグリップが尽きてしまうとしたら、きっとかなりのスピードが出ているだろうし、もはやどうやっても立て直すことはできないだろう。それに、レースに勝とうとするならコーナリングスピードが重要なのだろうが、そうでないならただ怖いだけだ。

速く走りたいなら、日産・GT-Rこそ最高の車だ。しかし、もし走りを楽しみたいのなら、ラジアルタイヤを履いたモーリス・マイナーに乗った方がましだ。

この話が見事に今回の主題の車に繋がる。トヨタ・GT86と呼ばれるこの車は、スバルとの協業により開発されたモデルであり、スバルはほとんど同じモデルをBRZとして販売している。

フォード・カプリスやフォルクスワーゲン・シロッコ、ヴォクスホール・カリブラなどの大半のクーペとは違い、GT86は仮装したハッチバックではない。余った予算で作られたデザインコンシャスな試験的モデルではない。そもそも、大して見た目が良いわけではない。

それに、実用性も高くない。確かにトランクに物を収納することはできるのだが、リアシートに首と脚の付いた人を乗せることはできない。子供も例外ではない。

では、パワーはどうだろうか。この車にはスバル製の2Lボクサーエンジンが搭載されており、最高出力は200PSを発揮する。大した数字ではない。しかし、車重はわずか1,275kgだし、エンジンはとても活発なので、0-100km/h加速は7.6秒でこなし、最高速度は225km/hを記録する。まるでホットハッチだ。

しかし、音はホットハッチとは違う。この車はやかましい。しかも、良い音というわけでもない。気持ちの良い排気音や吸気音があるわけではない。あくまで、ガソリンが金属の箱の中で爆発しているだけの音だ。

インテリアに関しては取り立てて言及することはない。エアコン、オーディオ、カップホルダーなど、必要な物は揃っている。しかし、そこに美しさは存在しない。あちこちに赤い刺繍が施されてはいるものの、基本的には非常に質実剛健で、必要最低限の予算しかかけられていないことが手に取るように分かる。

つまり、ここまでではGT86に大した魅力など無いように思える。しかし、この車には確たる魅力が存在する。なぜなら、大半のライバル車とは違い、この車は後輪駆動だからだ。

車における後輪駆動とは、料理におけるルーのようなものだ。もちろん、安くて簡単なコーンスターチ、すなわち前輪駆動で代用することもできるが、最高の完成度を求めるのであればもっとこだわってプロペラシャフトやディファレンシャルを付ける必要がある。

後輪駆動車においては、前輪は操舵だけに専念し、一方で後輪は駆動だけに専念する。後輪駆動車を製造するためにはコストがかかるし、構造もより複雑になってしまうのだが、完成した車はよりバランスが取れていて出来が良い。

そして驚くべきことに、トヨタはGT86にプリウスと同じ細いタイヤを装着した。そのため、グリップ力は少ない。ごく普通のスピードでコーナーに進入しても、テールが滑り出すのが分かる。

そして、ステアリングの角度を変えず、スロットルの開き具合もそのままにしておくと、車はそのままずっと滑り続ける。永遠に。ドライバーの顔からは思わず笑みがこぼれてしまう。それに、パワースライド中もわずか20km/h程度しか出ていないため、いざバランスを崩して木に激突しそうになっても、落ち着いてドアを開けて車外に脱出することができる。

ただ、ステアリングは重さも完璧だし、フィールにも溢れているため、バランスを崩すことなどありえない。保障しよう。GT86を運転すると、自分の隠された才能の鍵が開く。ヒーローの遺伝子を解き放ち、もう二度と他の車には乗りたくなくなってしまう。

脱脂綿を耳に詰め、昔ながらのマニュアルトランスミッションを2速へと入れて加速し、素晴らしいブレーキを踏み、ボクサーエンジンの唸りを聞きながらもっと脱脂綿を詰めればよかったと後悔しつつステアリングを切れば、綺麗にリアが滑り出す。まるで、初代フォード・エスコートの時代にタイムスリップしたような気分になれる。

車好きではない人がこの文章を読めば、頭がおかしいのではないかと疑うかもしれない。うるさくて、実用性がなくて、まともにコーナーすら曲がれないような車など、一体誰が欲しがるんだと不思議に思うかもしれない。そんな疑問に簡潔にお答えしよう。そんな疑問を抱いている時点で、その人はGT86とは相容れない。

安全性に関して疑問を抱く人もいるかもしれない。この車の気まぐれさはサーキットにおいてはこの上ない楽しさになるかもしれないが、雨の中、運転に集中しないで40km/hでコーナーに進入したらオーバーステアを呈してしまうことだろう。なので、こういう状況ではトラクションコントロールをオンにしておくべきだ。

他にも問題がある。大径の太いタイヤを付ければ見た目が良くなると思う人もいるはずだ。しかしこれを実行に移してはいけない。確かに見た目だけは良くなるかもしれないが、せっかくうまくできた料理の上に嘔吐物をトッピングしてしまうのと同様に、車の良さが台無しになってしまう。

私なら、GT86にノーマルの状態で乗りたい。そもそもの見た目が平凡なので、目を引くことはないだろう。なので、ノーマル状態ならば周囲の目を気にせずに楽しむことができる。

それになにより、価格はMTモデルで2万5,000ポンドを切る。これはヴォクスホール・アストラVXRよりも安い。いわば、おもちゃの宝石の値段で変えるティファニーのダイヤモンドだ。

目的に適ったクーペなどもうなくなってしまったものだと思っていた。奔放なハンドリングなど失われてしまったものだと思っていた。本当にコストパフォーマンスの高い車などなくなってしまったものだと思っていた。しかし、この3点を兼ね備えた驚異的な車が登場した。ひょっとしたら、初代マツダ・MX-5(日本名: ロードスター)が登場して以来、一番面白い車かもしれない。この車には満点以上をあげたいところだ。


Toyota GT86: Ooh, it feels good to wear my superhero outfit again