イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2006年に書かれたジャガー・XKコンバーチブルのレビューです。


XK Convertible

私は退屈を持て余していた。冷蔵庫にあったものは全部食べてしまったし、ピアノいじりにも飽きたし、一人でチェスまでしてしまった。そんな時、ジャガーから電話がかかってきて、週末に南アフリカに来ないかと誘われた。私は快諾した。

南アフリカまで行くのはとても簡単だ。飛行機に乗るだけでいい。しかし、行ったところで何があるのだろうか。南アフリカといえば、ピーター・ガブリエルの歌を思い出す人もいるかもしれない。ネルソン・マンデラを思い浮かべる人もいるだろう。しかし、治安が悪く、凶器を持った暴徒に襲われかねないのではないかと考える人もいることだろう。

ワインを求めて南アフリカに行こうという人はそうそういないだろう。私は南アフリカのブドウ園に行き、計器とタンクの並ぶ地下の貯蔵施設も見せてもらった。まるで原子力発電所にでもいるかのような気分だった。ただ、そんな作り方をされたワインが美味しいはずもない。

では、黒人と白人は共存できているのだろうか。もちろん、アパルトヘイトは終わっているのだが、黒人が手に入れたものは選挙権と買い物袋しかないように感じられた。冗談を言っているわけではない。燃えるような暑さの奥地に行っても、黒人たちはたむろしてビニール袋の上に何もせずにじっと座っているだけだった。

時折、通りかかる車に向けて親指を立て、別のたむろする場所へ連れてってもらおうとしている黒人も見かけた。しかし、私が乗っていたジャガーのリアシートはあまりに狭かったので、申し訳ないと思いながらも素通りした。

裕福な白人の住む家のスプリンクラー付きの芝生の周りには有刺鉄線が張り巡らされており、周りにたむろする黒人との距離は、近いながらもあまりに遠かった。ガーディアン紙の読者には受け入れがたい現実だろう。

しかし、それ以上に印象的なことがあった。30年間、私は世界を回りながら『明日に向って撃て!』のワンシーンのような光景を探し求めていた。ポール・ニューマンがキャサリン・ロスを自転車に乗せたあのシーンの光景だ。それは南アフリカにあった。

しかも、南アフリカには美しい山まであった。ギリシャやヨークシャー、北カリフォルニアにも似た場所だった。しかし、その空は他に類を見ない美しさだった。それに、ライオネル・リッチーの髪型のような木が立ち並んでおり、この点でも世界のどことも違っていた。

それに、道路整備には非常にお金がかかっていた。実に素晴らしかった。ドライブスポットとしては世界有数の国だろう。

そんなこんなでケープタウンに到着したのだが、なんとも素晴らしい場所だった。世界三大都市としてはロンドン、ニューヨーク、ローマが有名だが、どの都市にも大した景色はない。なので、私はこの三大都市よりも香港やウェリントン、レイキャヴィークのほうが好きだ。この3都市では美しい景色を眺めながら食事や買い物を楽しむことができる。

様々な点でケープタウンはシドニーやバンクーバーに似ている。ケープタウンには英国風の建築が建ち並んでおり、観光客向けの物価の高いエリアが存在する。しかし、ケープタウンでは目と鼻の先にテーブルマウンテンが見える。

ここは世界でも有数の素晴らしい都市だ。異論は認めない。それに、南アフリカという国自体も素晴らしい国だ。私はここがとても気に入った。

それに、ジャガーは3日間の旅程の中でヘリコプタークルージングの機会まで用意してくれ、海岸沿いや山際をフライトすることができた。静かで寂しい時には聖歌隊の歌を聴き、夜になると望遠鏡を借りて天体観測をすることもできた。

酔っているときのために16台の運転手付きのロングホイールベースのXJまで用意してくれた。そして、酔っていないときのために45台のXKが用意されていた。私が到着したころには世界中から招かれた700人のジャーナリストたちがいたのだが、ほとんどが先にプログラムを終えてしまい、最終的に残ったのは私を含めてわずか39人だった。

さて、では結局、XKとはどんな車なのだろうか。210km/h以上で走ると、フロントエンドが軽くなり始める。そして、ステアリングの「フィール」がいくらか損なわれる。これは、十分なトランク容量を確保しようとした代償だ。

EUが定めた規則では、ハイマウントストップランプの高さが制限されており、またリアウインドウから一定の距離以内になければならないと規定されている。XKのリアウインドウはあまりに小さいため、窓の内側にストップランプを配置することはできないし、荷室を犠牲にすることもできない。その結果、ハイマウントストップランプは巨大なリアスポイラーに設置されることとなった。しかし、リアスポイラーが大きすぎるため、高速域で車のフロント部分にリフトが発生するようになってしまった。

もちろん、クーペならばウインドウが大きいので同じ問題は生じないと思うことだろう。しかし、ジャガーという会社の経営状況はあまり良くない。それゆえ、コストカットのためにリアスポイラーは共用されている。つまり、どちらも高速域でハンドリングに問題が生じる。

アンテナにも問題がある。最近の車はほとんどがフロントガラスに目立たないフィルムアンテナを付けている。しかし、ジャガーにはフロントガラスにヒーターが付いているため、XKに付いているアンテナは1976年式のフォード・コーティナに付いているような社外品のアンテナと変わらない。

それから、この車は、第二次世界大戦で使われた名戦闘機、スピットファイアが製造されていた場所で作られている。しかし、アメリカ人に財布の紐を握られた今のジャガーに、当時のような才覚など到底望めない。

この車はどうしても欲しいと思える車ではない。魂を掻き立て、心を惑わす車ではない。むしろ、論理的取捨選択の果てに購入を決定する車だ。

もちろん、BMW 6シリーズのほうが速いのだが、この車も魂を掻き立てるわけではない。それに、6シリーズは乗り心地も悪いし、iDriveとかいう無意味に複雑なガジェットまで付いている。

それに、メルセデス・SLクラスは、AMGを選ばない限り、あまりにもつまらない。

しかし、ジャガーには大きな欠点がない。見た目は官能的だし、アクセルを踏み込めば獰猛な音が響く。走行中は、1970年代のアメリカのマッスルカーの抑えの効いたバージョンへと変貌する。きっと気に入ることだろう。

それに、足回りのシンプルさも評価できる。まともなサスペンションを用いているため、操作性は高いし、フロントシートは広々としている。ただし、リアシートにヒッチハイカーを乗せることはできないし、そもそも荷物さえ大して載せられない。

ただし、ひとつだけ小さな問題がある。アストンマーティン・V8ヴァンテージという車の存在だ。これもXK同様フォード製の車であり、XKと基本的に同じ車だ。しかし、ブランド力は圧倒的に上で、所有する満足度もかなり上回る。つまり、ジャガーを選ぶということは、2番目の車を買うということだろうか。正直に言おう。その通りだ。

しかし、別の見方もある。最近の調査によると。アストンマーティンは信頼性でかなりの低評価だが、ジャガーはレクサスに次いで2位の高評価を獲得している。つまり、XKは信頼性の高さとアストンマーティンっぽさを兼ね備えている。

XKはまるでケープタウンだ。ケープタウンでは、マラリアにかかることも、ハエの大群に遭遇することも、怒れる原住民に性器を切り落とされることもなく、アフリカっぽさを体験することができる。確かに、ワインは不味いのだが、滅多に出すことのない高速域でのリフトと同様、取るに足らない代償だ。


Jaguar XK convertible