イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2008年に書かれたフィアット・500 1.2 Popのレビューです。


500

ソリューション企業では多くの人々が働いており、いかにお金を使うべきかということをアドバイスしている。しかし、こういった事柄に関して相談すべき相手は、歌手のピーター・サーステットなのではないだろうか。現在、ピーターは地球温暖化に関する歌詞ばかり書いており、むしろうんざりしてしまうのだが、1969年当時の彼の歌詞には、突然お金持ちになったらどうするべきかという指針が示されていた。

その曲の名前は『Where Do You Go to My Lovely?』だ。この歌詞には、どこで服を買うべきか、どんな帽子をかぶるべきか、どのアーティストのレコードを聴くべきか、どんなブランデーを飲むべきか、などの指針が書かれていた。それに、もしクリスマスプレゼントに競走馬を貰ったらどう対応するべきか、ということも説明されていた。「ははっと笑って貰っておけ」

独断で決定を下せば、休暇の旅行先にギリシャのようなひどい場所を選んでしまうかもしれない。しかし、ピーターの歌詞に従えば、行くべき場所はジュアン・レ・パンだ。

それに、パリで隠れ家を探しているなら、サントノーレのマンションを選んでしまうかもしれない。けれどピーターは、サンミッシェルを選ぶべきだと言っている。実際、彼の言葉は正しい。

雪が降ったらどこに行くべきか、という疑問に対してもピーターは答えを用意している。旅行会社はヴァル=ディゼールやベイルのスキー場を勧めている。気軽に泊まれるビーバークリークや、穴場のラ・クリュサに心惹かれるかもしれない。

しかし、ピーターに従ってサンモリッツに行くべきだ。サンモリッツは世界で一番狂った町だ。見た目は他のスキーリゾートと何も変わらないのに、そこの住人は…なんてこった。

これほど金のかかった髪型は見たことがない。それに、豪華な髪をした人の妻は誰もがランボルギーニ・アヴェンタドールのインテリアと同じくらいにオレンジだ。しかし、街行く大半の人々は非常に美しく、キーラ・ナイトレイさえ、自分に全く自信が持てなくなってしまうだろう。

それに、称号の長さも凄い。ある男が友人を紹介してくれたのだが、その紹介が終わる前に老衰で死んでしまうかと思った。
こちらは、プリンセス・ディ・コンテッサ・ディ・セント・アガタ・デ・バロネス・ドワガー・デ・ルクセンブルク・プリンチペッサ……。
このような感じでおよそ一週間続いた。

そしてようやく私を紹介する番になるとこう言った。
こちらは、ジェレミー・クラークソンさん。これほど称号が短い人に出会ったのは生まれて初めてです。

それに、ビル・ゲイツでもない限り、どんな店に入っても恥をかくことになる。売り物はどれも普通の人間に買えるような値段ではない。何もかもがエルメスやアルマーニだ。ドッグフードやトイレットペーパーなどどこにも売っていない。ただし、腕時計なら普通の人にも買うことができる。3万2,000ポンド程度で買える時計まである。

しかも、機能はただの時計とは思えない。計器は16個ほど付いており、その中では小人が歯車を回し、ベゼルにはダイヤモンドが飾られている。万が一持ち主が誘拐された時には救助隊を呼ぶ機能や、ドルをユーロに換算する機能、商売敵を豚の餌に変える機能なども付いている。普通、ここで売っている腕時計は芝刈り機よりも大きい。

しかし妙なことに、世界の時計の中心地であるはずのこの地では、誰も時間を守らない。誰かが8時に行くと約束した場合、それが意味するところは、「2時頃に行く」もしくは「行けない」のどちらかだ。

おそらく、ここにいる人間には時間という概念が存在しないのだろう。自家用ジェットを持っているため、飛行機の時間を気にすることはない。仕事をする必要もないので、会議の時間などにとらわれたりはしない。卵マネージャーが付いているので、自分で卵を茹でることもない。お付きの映写技師を雇っている人さえいた。

しかし、私はこんな人達が大好きだ。私はかつて、1959年にジュアン・レ・パンでリーヴァのボートに乗っていたジャンニ・アニェッリになりたいと思っていた。

当時、気軽に旅行できたのは大富豪だけだった。大富豪はトリノで朝食を食べ、サントロペでランチを楽しみ、サンモリッツでカクテルを飲んで午後10時からミラノでオペラを観た。彼らはピーター・サーステットの戒律に従っていた。

ところが、なぜか車ではその戒律が守られていない。サンモリッツを見回してみれば分かるだろう。サンモリッツは雑然としている。最新型の白いロールス・ロイス ファントム ドロップヘッドがいたかと思えば、なんとイギリスからはるばる運転してきたせいで泥だらけだ。残念ながら、これでは間抜けにしか見えない。

私はメルセデス・Mクラスを所有していた。AMGの6.2L V8エンジンを搭載したその車は、落ち着いていながらも格好良かった。私はこの車をとても気に入っていたのだが、サンモリッツにはこの車も合わない。雪が降ればすぐに除雪されてしまうスイスでは、4WDシステムなど無駄でしかなかった。

また、多くの保守的なロシア人はレンジローバーヴォーグに好んで乗っていた。しかし実際は、好んで乗っているというよりはむしろ、他に買うものが思いつかなかったのではないかと思えた。

クルム、パレス、カールトンなどの大きなホテルの駐車場にはマイバッハやファントムに挟まれてR8が停まっていたのだが、誰もそんな光景は目にも止めなかった。誰もが、この場所に最も似合った車に注目していた。その車こそ、フィアット・500だ。至る所にいて、誰もが羨望の眼差しを向けていた。

近年、昔のデザインを復刻するトレンドが起こっている。これはフォルクスワーゲンのニュービートル発売に端を発する。その後、フォードは新型GTを発表し、BMWはミニを再発売し、フィアットは50年前の小型大衆車を復活させた。そしてこの500こそ、最も成功した復刻車だ。

まず、500は安い。実に安い。今回試乗した1.2Lモデルはわずか7,900ポンドだった。これは、ミニの最安モデルよりも3,700ポンドも安い。しかも、室内はミニよりも広いし、それに何より、ミニよりも見た目が良い。

素晴らしいデザインだ。あまりの素晴らしさゆえに、欠点など目につかなくなってしまうのだが、この車にもいくつか欠点はある。ヘッドライトの出来があまりに悪いため、斜めの合流では車が来ているかまともに確認できない。また、エンジンは登り坂に負けてしまう。

それに、ホイールベースが短いため、かなり跳ねてしまう。時に耐え難いくらい跳ねる。この点でミニは優秀だ。BMWによるデザインはシックかつ魅力的なのだが、中身はまともな車に仕上がっている。いつでもどこでも使える車だ。一方、フィアットはあくまで短距離の移動手段でしかない。

しかし、この車を運転するという経験は非常に素晴らしいものだ。攻撃的でありながら、威圧感や痛ましさは存在しない。実用的でありながら退屈ではない。それに、コストパフォーマンスも高い。

それだけではない。ナポリの裏通りで生まれたこの車には熱い情熱が注がれており、車格の低さが問題にならない。サンモリッツのジェット族すら魅了する車だ。


Fiat 500