イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2010年に書かれたマセラティ・グラントゥーリズモS オートマチックのレビューです。


GranTurismo

冬、雪と氷がイギリス全土を覆い、道路にも雪が積もった。その結果、道路にいくつもの巨大な亀裂ができてしまった。

しかし、どうやって対処するべきだろうか。道路を補修するためにかかるコストは、道路の亀裂が原因で壊れた車に対する損害賠償とさほど変わらない。それに、世の中には道路の亀裂に関する情報サイトまでちゃんと存在する。

むしろ、アスファルトや三角コーンを用意して作業員を雇用した方がコストがかかるかもしれない。蛍光ジャケットだけで何億ポンドとかかるかもしれない。それに、工事という事業は複雑な問題を孕んでいる。

その解決の糸口はドイツ東部の村、ニーダーツィンメルにある。その村では、役場が亀裂の修復権を50ユーロで販売している。そのお返しとして、修復された道路には補修費用を負担した企業や組織の名前が書かれることになる。その政策は大成功しており、今やその道は電話帳のようになっている。

イギリスではどうしてこういったことができないのだろうか。ラウンドアバウトやガソリンスタンドにはもうスポンサーが付いているのだから、道路の亀裂にも同じことをしたらいいのではないだろうか。あるいは、橋や踏切にスポンサーを付けたらどうだろうか。マクドナルド高速道路やアップル自動車道があったらいけないのだろうか。

私自身、家の前の道路のスポンサーになりたい。ただし、もし私がスポンサーになったとしたらいくつかルールを作ることだろう。まず、オートバイの走行は禁止だ。

しかし問題がある。一般人や地元の八百屋の金を使って道路を修復しようとすれば、様々な手間が生じ、実際に工事が開始されるのはずっと先の話になることだろう。そうなれば、大変な思いをするのは道路利用者にほかならない。

しかも、自動車業界には足を硬くして乗り心地を悪くしようというトレンドが起きているため、なおのこと問題だ。この原因を生み出したのはドイツ人だ。

ドイツ人エンジニアは、いかにニュルブルクリンクを速く走らせられるかということにかなりの重きを置いている。ポルシェよりも速い車を作りたがっている。もしそれが成功すれば、エンジニアには大きな自信が生まれる。しかし、ニュルブルクリンクを速く走るためには、コーナーでも安定している必要がある。その結果、岩のように硬いサスペンションが必要となる。もちろん、ドイツ本国においては大した問題にはならない。東部の寂れた村にあるわずかな亀裂を例外として、ドイツの道路はあらゆる点において完璧だ。

しかし、ローマ人が起こしたイケニ族に対する犯罪の賠償金を払うために税金を費やしているイギリスのような発展途上国においては大問題だ。以前にAMGの上層部に対し、これまでイギリスで新型車の開発のためのテストを行ったことをあるかと尋ねたところ、驚いた顔でこう答えた。「いや、ないですけど。一体どうしてです?」

M40のジャンクション8と9の間はポルトープランスの大通りよりもガタガタだし、それ以外の道路も例年通りの降雪のせいで壊滅的だ。それに、都市の中心部にはあまりにも深い亀裂があるため、その亀裂に石が入り込めば数日後にシドニー中心部に出現することだろう。それが答えだ。

当然、ドイツ車以外を買えばいいと思うことだろう。しかしそれでも駄目だ。ジャガーも、アストンマーティンも、日産も、それどころかフランス車さえも、ニュルブルクリンクを速く走ることに固執している。今や、ニュルブルクリンクのラップタイムは自動車業界における基準単位になっている。

この結果、ジャガー・XKRは圧延鋼材と同じくらい硬くなり、かつてしなやかさで有名だったシトロエンすら、スキー板のような乗り心地になってしまった。

こういった腰痛の悩みの種に対する解決策として、マセラティは良いかもしれない。マセラティは(ロールス・ロイスは例外だが)世界で唯一、まともなサスペンションを製造している企業だからだ。

マセラティにニュルブルクリンクを600km/hで駆け抜ける車を製造することは許されていない。なぜなら、フィアット帝国において、それはフェラーリの領分だからだ。マセラティの役目は最高の見た目の快適な車を作り上げることだ。

つまり、この道の荒れ果てた国においては、新設計のATを採用したマセラティ・グラントゥーリズモSこそ、名門ブランドと至高の見た目を両立したクーペとして最高の選択肢のはずだ。ニュルブルクリンクでは使いものにならないかもしれないが、M40では完璧なはずだ。別の言い方をすれば、「現実的」な車だ。

しかし、残念ながら実際は期待外れだった。確かに、グラントゥーリズモSは大半の競合車(アストンマーティン・DB9、ジャガー・XKR、メルセデス・CL、ベントレー・コンチネンタルGT)よりもソフトだ。しかし、これはボディとタイヤを切り離すことで実現しているようだ。

普通のスピードで走っていても締まりがなく、道路の亀裂に乗り上げると暴れ馬のように振動する。つまり、これは決して速く走りたいという車ではないし、そもそも速く走れるような車でさえない。

4.7L V8エンジンは、音こそ素晴らしいものの、トルクが欠けている。先週末、ポルシェ・カレラ2SとアストンDBSに付いて山道を登ったのだが、すぐについていけなくなってしまった。15kmほど2台に遅れ、ゆっくり走りながらも暴れ馬が道を外れないようにするのに精一杯だった。

一度スポーツボタンを押してみたのだが、この結果、エンジン音はやかましくなり、乗り心地は硬くなった。なので再びボタンを押してスピードを下げた。

原因のひとつにはトランスミッションがあるのかもしれない。これはメルセデスやジャガーと共通の6速ユニットで、この点に問題はない。しかし、MTのマセラティではトランスミッションがリアに搭載されているのに、ATでは搭載位置がフロントに移動しており、これが捩り剛性に関係しているのではないだろうか。

確かに見た目が最高なら、どんな問題も許せてしまうのかもしれない。しかしこの車はさほど見た目が良いわけでもない。これはマルタのような車だ。名前だけ聞くと素晴らしく思えるのだが、よく調べてみればそんなことはないということに気付く。

車重は1.8トンと重いし、室内に目を移せばさらに問題が浮き彫りになる。確かにリアシートは広く、真っ当な4シーターであることは認めよう。しかし、フロントシートを十分後ろに下げることはできない。背の高い人は快適な姿勢で運転できない。

それに、操作系を設計した人間は馬鹿だとしか思えない。エルゴノミクスとは無縁のでたらめさだ。アストンマーティン・DB9のダッシュボードは、真っ当とは決して言えないもののそれでも特別感がある。しかしマセラティは違う。

残念でならない。グラントゥーリズモS オートマチックは時代の要求に完璧に合った車になれたかもしれなかった。最高の車になれたかもしれなかった。しかし実際は違った。良い車とさえ言えない。