イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2005年に書かれたロールス・ロイス ファントムとマイバッハ・62の比較レビューです。


Maybach 62S

移動。それは、内燃機関とジェット機関がもたらした不幸な結末だ。現代の悲劇だ。危険だし、時間を浪費するし、これ以上なく退屈だ。

かつて、人が狼の毛皮でできた帽子をかぶっていた頃は、A地点からB地点に移動して時間を浪費することなど誰もしなかった。なぜなら、B地点はあまりにも遠かったからだ。ところが、今や、たかが日焼けをするためだけに、人々は喜んで10時間もアルミ製のチューブに乗り続ける。

飛行機に乗っている時は、何をすることもできないし、楽しめるものも何もない。そのため、時間という最も大切で貴重なものを浪費してしまう。中年の人間には20万時間程度しか残されておらず、その多くを移動手段の中で無為に過ごして浪費し、移動手段が到着するのを待つためにさらに時間を浪費する。最近の調査によると、平均的なイギリス人は一生のうち4年間を車の中で過ごすという。つまり、4年を移動に費やしているということだ。たかが移動のためだけに丸4年だ。

それゆえ、私は速い車が好きだ。F-15戦闘機があれば空の旅も良いものになるだろうし、パワフルなエンジンがあれば退屈で無為な時間がアドレナリンに溢れることだろう。私は速い車が加速するときのGが好きだし、コーナーを切り裂くように曲がっていく時の感覚が好きだし、できるかどうか微妙な追い越しをするときのスリルが大好きだ。

速く走れば、単なる移動が冒険へと変貌する。車内で過ごす4年間を楽しむことができる。無為だったはずの時間に意味が生まれる。それに、結果的に移動時間も短縮され、他の楽しいことをする時間も増える。簡単に言えば、500馬力が人生を豊かにする。

ただ残念ながら、どうしてか今の政府は、運転時のスリルを取り上げれば事故が無くなると信じ込んでいる。そのため、監視され、規制され、規則を破ると罰を受ける。

しかも、大臣達いわく、トヨタ・プリウスで27km/hで走れば、自分たちだけでなく地球も救うことができるそうだ。大臣達は車をスリリングなマシンだとはみなすことができない。公共交通機関の代用品だとしか考えていない。そのため、近年ではますますコーナーを攻めることが難しくなっている。コーナーの死角には、国家権力の乗るバンが隠れているからだ。

移動をより実りのあるものとするために速く走ることすら許されないとなると、さらに別の手段を考えなければならない。そしてこれがファーストクラスの話に繋がる。

飛行機の先頭に座っても移動時間は一切変わらないが、少なくとも自分の顔の真横に肥満男性の腋がある状態で10時間のフライトを我慢する必要はない。エコノミークラスとファーストクラスの価格差は大きいが、それを支払うだけの価値はちゃんとある。

これは車にも当てはまるのではないだろうか。ロールス・ロイスやマイバッハに30万ポンドを支払う価値があるのだろうか。この2台の車にはメルセデス・S55 AMGの3倍の価値が本当にあるのだろうか。それに、最上位の高級車であるこの2台はパワーやスピードの代用品になりうるのだろうか。まずはマイバッハ・62から話を始めよう。約束通り、この車は午前7時半に私の家の門の前にやって来た。リアが到着したのはその40分後だ。この車は非常に長く、全長は6mを超え、全幅はほぼ2mだ。

当然、リアシートは広大だ。あまりに広く、飛行機のようなシートから脚を目一杯伸ばしても、前席と後席を分断するパーティションにかすりもしなかった。

ツインターボV12エンジンはかろうじて音が聞こえる程度で、囁くように始動し、進み始めると何も聞こえなくなった。ナビ画面を表示するディスプレイと、朝のニュースを表示するディスプレイがあり、しばらくそれを眺めた。それから、冷蔵庫を見つけ、ヘッドレストだけを動かすためのスイッチを見つけ、電話まで見つけた。

それから、屋根は調光ガラスでできており、スイッチを押すと、完全に透明にすることも、完全に不透明にすることも、その中間にすることもできた。これはとても面白い装備だ。これで遊ぶのに飽きる頃にはもうロンドン西部に着いてしまった。

信号に引っかかると、工事の作業員がこちらの方をじろじろと見てきた。あまりいい気分ではなかったので、スイッチを押してカーテンを閉めた。

カーテンとはなんともおぞましいではないか。実際のところ、カーテンのみならず車全体がおぞましかった。エクステリアデザインも、光沢を放つ木目も、光り輝くメッキも。まるでサン・トロペに停泊している高級キャビンクルーザーのようだった。

それに、ふとダッシュボードを見ると、ごくわずかにプラスティック部品があり、そこには"SRS Airbag"と書かれていた。そこはメルセデス・Sクラスと同じだった。そしてそれこそがマイバッハ最大の問題だ。結局のところ、どれほど装備が溢れていようと、この車は細長いメルセデスに過ぎない。マークス&スペンサーが仕立てたフルオーダースーツでしかない。もちろん、良い物であることは間違いないのだが、ロールス・ロイスが仕立てたフルオーダースーツには見劣りしてしまう。

Phantom EWB

ファントムには、試乗したロングホイールベースモデルでさえ、マイバッハほどの装備はなかった。ホイールベースは標準モデルよりも25cm長く、価格は約3万ポンド高い。つまり、1cmあたり1,200ポンドだ。あまりに高価だ。私のパソコンには、もっと安い値段で1cm伸ばすことができるというメールが毎日のように届いている。

しかし、1エーカーの分厚いシートに座れば気分は上々だ。マイバッハから降りてロールス・ロイスに乗り込むのは、サンシーカー・カマーグ47から降りてブレナム宮殿の図書館に腰を落ち着けるようなものだ。ロールス・ロイスにはアールデコ調の至高の調度品が備わっている。

現在、ロールス・ロイスはBMWの傘下にあるが、ダッシュボードはロールス・ロイス以外の何物でもない。例えば、タコメーターなど付いてはいない。その代わり、エンジンにあとどれだけ余力があるかをメーターが示している。高速で走っていてもその数字はだいたい95%だった。

もちろん、ファントムにもエアバッグは付いているのだが、それを誇示するような表示はどこにもなかった。おそらく、ファントムのエアバッグは茶色い紙袋で、いざという時には上品な咳払いをしてから出てくるのではないだろうか。

試乗車にはスチュアートが装備されていた。シャンパンをこぼすことなく加減速するスチュアートの運転技術は驚異的で、マイバッハに装備されていたゲイリーとは正反対だった。ゲイリーは飛ばした。急いでいる時にはゲイリーを運転手に付けたほうが良いだろう。スチュアートの運転はまるで仏教徒の執事のようだった。

その2人の違いは車の性格の違いとも一致する。マイバッハに乗ると常に道路との繋がりを感じ、車に乗っていることを実感する。一方、ロールスに乗っていると、まるで巨大なベルベットの手袋の上に乗って運ばれているような気分になる。マイバッハに乗っている時、私はずっと装備で遊んでいたが、ロールスの車内ではずっと眠り続けた。

当然、ロールスにもコンピューターやテレビは付いている。しかし、私なら素敵な暖炉と煙突の付いたファントムの方が欲しい。実際、椅子のデザインもそれに合いそうな雰囲気だ。

私はこの2台に乗って4日間を過ごしたのだが、この2台はスピードの代用品になりうると結論付けたい。もちろん、フェラーリに乗ったほうが家には早く帰れるだろうが、マイバッハやファントムの車内では家の中と同じことができる。ゆったりと腰掛け、ニュースを見て、冷えた飲み物を飲むことができる。

では、この2台はSクラスの3倍の価値があるのだろうか。それは間違いない。パイパー・チェロキーよりもガルフストリームVの方が居心地がいいのと同じだ。

では最大の疑問に移ろう。どちらが最高の車だろうか。確かに私はマイバッハを着飾ったメルセデスだと嘲ったが、その評価は公平ではない。後部座席に付いている数多の装備のおかげで、メルセデスのサスペンション、メルセデスのエンジンの付いた車に乗っていることなど忘れてしまうことができる。北部のビジネスマンやクウェート人、それに精神年齢が6歳の人間にとっては最高の移動手段だろう。ちなみにこれは悪口ではない。

しかし、私ならロールスを選ぶ。ロールスの乗り心地が気に入ったし、デザインも気に入ったのだが、何よりも気に入ったのは、"世界最高の車"たらんとして設計されたであろうインテリアの感覚だ。しかし、思うにこの車はそんな概念を超越している。今の時代において、ロールス・ロイスこそが世界最高の移動手段だと思う。


Maybach v Rolls-Royce Phantom