イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2012年に書かれたロールス・ロイス ファントムのレビューです。


Rolls-Royce-Phantom-Series-II

娘が18歳の誕生パーティーを迎える時、親は落ち着いてなどいられない。パーティーでは酒盛りが繰り広げられ、男たちはテストステロンを放出する。夜も眠ることができない。その原因には娘が妊娠するかもしれないという不安もあるのだが、原因の大半は騒音だ。

なので私はその日、一睡もしなかった。翌午前11時にエミレーツ・スタジアムに行く予定があることなどすっかり忘れていた。しかし幸いなことに、その日私は運転手を雇っていた。ただ、残念なことに、運転手は新型である2代目ロールス・ロイス ファントムに乗って現れた。

最初は何の問題もなかった。パーティー参加者が酔いすぎて頭を切り落としたり妊娠したりするようなこともなかったし、爽やかな朝に良い気分で広大なリアシートに収まることができた。

しかし、約20分後、状況が変化し始めた。そしてロンドンに到着する頃には自分が死ぬのではないかという不安に襲われた。さらにその10分後には死なないのではないかという不安に襲われた。

吐き気が私を周期的に襲い、痛みと発汗が波のようにやって来た。眠ろうとは思ったのだが、運転手は周辺の地理に疎かった。なので、私も一緒になってルートを考えた。「速く走ることはできませんか…街灯に向けて」

結局無事に到着したのだが、ここで興味深い事実を発見した。ロールス・ロイスの車内からサッカーのサポーターの群衆の中に降り立つと、オナニストだと思われてしまう。それに、誰もがそのことを口に出して言ってくる。

私は汗と気持ち悪さと罵詈雑言の嵐の中を抜け、なんとかゲスト席に到着したのだが、そこには、ジェレミー・クラークソンは億万長者の税金亡命者で信用に値しない、と以前記事に書いていた自動車評論家がいた。

私は彼に、どうして億万長者の言うことは信用に値しないのか、とか、私が税金亡命者だという話は何を根拠にしているのか、という話を時間をとって問いただしてやりたかった。しかし残念ながら、彼のそばに到着する頃には疲弊し切っていて、意識を保とうとするだけで精一杯だった。

試合は退屈だった。ゴールがなかった。その後、私は群衆の中、待機するロールスの所まで歩かなければならないという試練に直面した。おかしなことに、歩いているうちは誰もが親しげだった。私がチェルシーのサポーターだと知って喜んでくれた人もいたし、気さくにリチャード・ハモンドの歯についての質問をしてきた人もいた…。

ところが、ロールスに乗り込もうとした途端、私はまたオナニストになってしまった。まだ体調は万全でなかったし、ファントムは私に対する抗議の合唱をする群衆に邪魔されて走り出すことさえできなかった。それに、バックウインドウのカーテンを閉めるボタンを押したところ、状況は10倍悪化してしまった。

世の中には、銀行強盗も、荒くれ者も、詐欺師もいる。麻薬常用者や覗き魔もいる。しかし、一番嫌われるのは金持ちだ。

デイリー・メール紙は毎日のように高給取りを情け容赦なく非難している。デーヴィッド・キャメロンはただ金を持っているというだけの理由で政治家としての能力を疑問視されている。オートカーは私のDVDが大売れしたというだけの理由で私に合理的判断ができなくなっていると考えている。

極左のフランス大統領候補が以前、年間所得が36万ユーロ以上の人に対しては課税率を100%にするべきだと提案していたのだが、もしイギリスでそんな提案がなされたとしたら、きっとかなりの支持が得られると思う。今のような厳しい時代において、裕福な人間がすべてを投げ捨ててでも他者に奉仕すべきだという考えが浸透するのは普通のことだ。

ましてや、ロールス・ロイス ファントムに乗るような人間などそう思われて当然だ。それゆえ、アーセナルの温和なサポーターたちが突如冷酷になった。なので、もし新型ファントムを購入しようと思うなら、民衆の中には決して乗り込んではいけない。

一見すると、新型ファントムは旧型と完全に同一だ。フロントから見ると、ヘッドランプは少し違うし、リアから見るとメッキのラインがバンパーに追加されていることが分かる。それに、新デザインのホイールも追加されているが、これは脂肪吸引手術や豊胸手術、腹壁形成手術というよりも、むしろちょっとした着替えでしかない。

室内についても同じだ。仔細な変化はあったものの、そんな細かいことまで考えていたらなおのこと気分が悪くなってしまう。とはいえ、旧型ファントムの室内は非常に素晴らしかったものの改善の余地があった。そして新型では改善が行われている。ただ、それは細かすぎてきっと気付かないものだ。

9年前、ウエスト・サセックス州グッドウッドの工場でファントムが製造され始めた頃、ファントムはロールス・ロイスの親会社であるBMWの7シリーズと15%のコンポーネンツを共有していた。しかしファントムは、見た目も、走りも、決してBMWとは違っていた。

ところが、ファントムの登場以来、BMWは数々の最新技術を1万8,000ポンドの1シリーズに投入した。35万ポンドのロールスに、ではなくだ。

では、新型ファントムにはロールスのためだけの最新技術が使われたのだろうか。それとも、BMWの使い古しの技術が使われたのだろうか。正解は後者だ。左右に動くヘッドランプ。3Dナビ。USBポート。どれもBMWで既に使われたものだ。それは冒涜であり、間違っている。ただ、私はそんなことなど気にしない。

なぜなら、新型にはニュルブルクリンク的な走行モードが付いてしまってはいるものの、それでも走りは、フィールは、見た目は、ロールス・ロイス以外の何物でもない。崇高な存在だ。

質感は比肩するものがない。例えば、この1台のために使われる18頭の牛は、ストレスを受けないように鉄柵であらゆる脅威から守られている。それに、最新の染色技術を利用し、革に決してひびが入らないようにしている。宮殿でさえ、それほどまで細かい部分に配慮されてはいないだろう。

カーペットは他のどんなカーペットよりも分厚く、木目は無類のもので、アールデコ調の照明は美しく、V12エンジンは一切音を立てることがなく、乗り心地はアラジンの世界のようで、装備内容は豊富なのにそれが表に出て主張することはない。例えば、トランスミッションには8段のギアがあるはずなのだが、変速は一切感じ取ることができない。

つまり、新型ファントムは賢明かつ着実な進歩を果たした。現実世界から乗員を隔絶してくれる世界でも唯一の車だ。しかし、この車で誤った場所に行ってしまうと、周囲の人間が正気から隔絶されてしまうということは忘れてはいけない。


Rolls-Royce Phantom II: Get a grip — it’s only a Roller