イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2011年に書かれたミニ クーパーS カントリーマン ALL4のレビューです。


Countryan

休日を費やして考え抜いたのだが、神はほぼ間違いなくドイツ人だという結論に至った。神は世界を創り、様々な創作物を世界中に散りばめたのだが、そのどれも神の気に召すものではなかった。そして神は全てを殺し、最初からやり直した。しかしそれでもまだ気に入らなかったため、恐竜を鳥に変え、類人猿に拇指対向性を与えた。

神は地理的にも満足することはなかった。最初、神はスコットランドを太平洋の南部に配置したのだが、おそらくは風水の影響で、現在の大西洋にあたる海の中央部へと移動させた。その後、やはりスコットランドなどいらないと考え、今の南アメリカにあたる場所の下に埋めた。続いて神はフランスから突き出たイングランドが少し寂しいと感じ、再びスコットランドを掘り起こしてノーサンバーランドの上に帽子のようにかぶせた。さらに神は、イングランドとフランスが繋がっている必要もないと考え、イギリス海峡を創った。

現在、神はヒマラヤを少し高くしようとしており、ギリシャや太平洋にある海抜の低い島々は不必要だと考えている。また、ホッキョクグマが気に入らなくなったため、ホッキョクグマは神のおもちゃ箱の中で居場所がなくなりかけている。

神は気候さえ弄んでいる。最初、神は暑くて湿度の高い惑星を作ろうとしたのだが、突然極寒の地へと変貌させてしまった。神は今でも気候を弄んでおり、エコ狂人を発狂させている。ヨーロッパ中が雪に包まれているにもかかわらず、エコ狂人は地球が暑くなっていると信じてやまない。

ドイツ人も同じだ。ドイツ人は国を1つ手に入れると、また別の国を欲しがる。ドイツ人には良い所もある。ドイツ人が素晴らしい物を創りあげても、家に帰ってビールを飲んで祝福したりはしない。そうではなく、会社に戻ってさらなる改良をしようと試みる。ドイツでは、他の誰よりも優れているというだけでは不十分だ。自分自身を越えなければ気が済まない。

ドイツ人はワインに関してもこのようなことをしている。ニーアシュタイナー グーテスドームタールという至高の液体を生み出しても、また机に向かい、このワインをより良くするためには金箔を浮かべるしかないと思いついた。そして灯りの下で光り輝くワインが誕生した。魅力的ではないか。

イギリスは全く違う。例えば、チャールズ皇太子は、1952年であらゆる進歩が止まっていれば世界がもっと良い場所になっていただろうと考えている。それに、あらゆる省庁のトップにイギリスを停滞させようとしているような人間が就いている。もし神がイギリス人なら、通勤に使う道路が毎朝ブロントサウルスに塞がれてしまうことだろう。

赤い電話ボックスがいい例だ。役立たずで、小便の臭いがして、使い始めるよりも前に低体温症で死んでしまう。ところが、この電話ボックスをリニューアルしようと誰か(おそらくドイツ人だろう)が提案すると、称賛の嵐が起こった。しかしここイギリスで変革を起こそうとするのは狂っているとしか思えない。ここはメンバーの片割れが死んでもクリスマスには毎年『ザ・トゥー・ロニーズ』を流すような国だ。

イギリスでは変化など受け入れられるはずがないし、特に自動車業界ではそれが顕著だ。1970年に初代レンジローバーが登場すると、誰もが素晴らしい車だと褒めそやした。そしてその車はほとんど何も変更されることなく1994年まで製造が続けられた。その頃にはもはや、初代レンジローバーは遺跡だった。

ランドローバーには他にも同じような問題がある。戦後に売っていた車とほとんど同じ車を現在でも販売している。BMWがそんなことをすると想像できるだろうか。60年間にわたって同じ車を作り続けることを想像できるだろうか。そんなことは考えられるはずがない。

しかし、最大の栄誉はアレック・イシゴニスに与えられるべきだろう。彼はミニを生み出した。これは1950年代当時としては革新的なデザインの車だったのだが、彼はその車を永遠に作り続けようと考えた。ボディサイドに木が打ち付けられたこともあったし、フロントグリルのデザインが変更されたこともあったのだが、基本的にはずっと変わらず、エンジンのルーツを辿るとスコットランドが南アフリカの沖合にあったような時代まで遡れるような車がずっと製造され続けた。BMWが製造現場にやって来て「もう時代は変わったんだ」と伝えなければ、きっと今でも製造が続けられていたことだろう。

残念ながら、ドイツ人の自己研鑚という強迫観念は今や異常なレベルにまで達してしまっており、通常のミニに加えて数多の派生車が誕生している。コンバーチブルは良い車だし、クラブマンも後方視界が不要な人には良い車だろう。しかし、今度はカントリーマンという全く良くない車が誕生した。

この車は4ドアで、5人乗りで、荷室は広い。これは車をかなり大型化することで実現している。つまり、もはやどう考えてもミニとは言えない。4.1mという全長はイシゴニス・オリジナルより3分の1も長く、ミニというよりむしろマキシだ。あるいはツインセットかもしれない。

他にも問題がある。BMWが最初に生み出したミニの見た目は良かったし、それは今のミニにも言えるのだが、カントリーマンは完全に間が抜けている。まるで肥えたミニだ。格好良くも見えないし、実用的にも見えないし、面白い見た目というわけでもない。太っているようにしか見えない。

当然、見た目や名前など気にしないような人もいるだろう。しかし、街中を走らせてこむら返りを引き起こすという点は無視できない問題だ。よく考えれば以前に乗ったミニにも同じ問題点があったのだが、車が停止するたびにエンジンを切ろうとするアイドリングストップシステムというエコガジェットのせいで、まともに発進さえしてくれない。

さらに困ったことに、この車は特に走りが良いわけでもない。乗り心地は悪くないのだが、ステアリングは神経質だし、ダッシュボードは使いものにならないし、車の中に座っているというよりも、むしろ車の上に座っているという感覚だ。見た目が悪いうえに、どこに行くにも遅刻し、到着する頃には左脚にこむら返りが起きてしまう。

この車の良いところは4WDモデルもあるという点だ。シンプルな4WDシステムゆえにちょっとした悪天候にも苦戦してしまうが、田舎の農道を走るのには十分だろう。ただ、今回試乗したクーパーSの価格は2万2,000ポンドだ。これは同等のパフォーマンスのエンジンを積むシュコダ・イエティよりも約3,000ポンド高い。

シュコダだからと馬鹿にしたものではない。今のミニがミニでないのと同様、今のシュコダはシュコダではない。ただのフォルクスワーゲンだ。もっとはっきりと言えば、ミニは酷い車で、イエティは驚くほど良い車だ。


The Clarkson review: Mini Countryman (2011)