イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2011年に書かれたサーブ・9-3 スポーツワゴン 1.9 TTiDのレビューです。


9-3

冷戦時、イギリスはソビエトの脅威に晒され、それに対抗するためにわずかな時間でイングリッシュ・エレクトリック・ライトニングという戦闘機を作り上げた。しかし、凍てつくような北の大地にあるスウェーデンでは、鉄のカーテンへの対抗策をイギリス以上に早く生み出さなければならなかった。そうして誕生したのがサーブ・ビゲンだ。

ビゲンはエンジンを1個しか載せていない戦闘機としては世界最速だった。しばらくの間、ビゲンがスピードの世界記録を保持していたし、今でも偵察機SR-71ブラックバードにミサイルをロックオンできるの唯一の戦闘機であり続けている。

ビゲンには最強の機関砲や先進的なレーダーも搭載されていた。しかし、この戦闘機はただ速くて強いだけではなかった。スウェーデンは西陣営のソビエト連邦との境界のうち北側を有していたため、ソビエトから気球が到来したら飛行場はすぐに駄目になってしまうのではないかと危惧されていた。そのため、ノーズ側の車輪が滑走路に接触するとすぐさま逆噴射が起こり、制動距離をわずか500mとしている。その結果、この戦闘機は一般道や凍った湖、それどころか学校の校庭でさえ着陸することができた。

それに経済性まで優れていた。残念ながら、スウェーデン政府は軍用兵器を非民主的国家へ販売することを拒否していたため、製造されたビゲンはすべてスウェーデンの空軍が買い取っていた。この結果、スウェーデン空軍は一時期、空軍として世界で4番目の規模を誇ることとなった。

この結果、少なくとも1つは良いことが起きた。イギリス人はサーブの車を買って、納税証明書の付いたビゲンを買っている気になって喜んだ。それは今でも変わらない。しかし、今のサーブは決してビゲンなんかではない。

そもそも、ビゲンのエンジンを設計したのはボルボだ。それに、航空機の元設計者がかつて自動車の空力性能分野で活躍していたのは事実だが、それはあくまでも昔話に過ぎない。今回紹介する車はジェット機とは違う。鹿のスーツを着たヴォクスホール・ベクトラだ。

確かにサーブはいまだに航空機との関連性を強く宣伝している。ダッシュボードのライトを全て消すことのできるスイッチが付いているため、夜間戦闘機のパイロットになった気分を味わうこともできる。まさか、そんなはずはない。実際は、燃料切れにでもなったかのように感じるだけだ。

それ以外には、サーブいわく「様々な機能を好みに応じてセッティングすることができる」そうだ。なかなか良さそうじゃないか。ただ、その機能に含まれるものはといえば、1つが時計。なるほど。好みの時間をセットできるなんて凄いじゃないか! それから、好みの温度に調節することのできるヒーターもある。となると、鹿のスーツを着ただけのヴォクスホール・ベクトラという表現は少し過小評価だったと言えるだろう。この車はヒーターと時計の付いたヴォクスホール・ベクトラだ。

それに、ディーゼルエンジンはトルクを一切生み出さない。技術的にはそんなことは不可能だ。しかし、どうやったのかサーブはそれを実現している。2速でラウンドアバウトに8km/hで進入し、車間を詰めるためにアクセルを踏み込むと、速度は変わらず8km/hのままで、後ろを走るバンのドライバーはクラクションを鳴らし、放送禁止用語を叫びながら、前のサーブはどうしてこんなにトロいのかと疑問に思うことだろう。

しかも、つい最近までサーブは危機的状況にあった。ゼネラル・モーターズは1989年にサーブの株式の半数を取得し、2000年にはサーブを100%子会社としたのだが、2009年になってもうサーブはいらないと判断した。生産ラインは停止し、サーブは消滅するかのように思われた。

しかしその後、オランダのスーパーカーメーカーであるスパイカーに助けられた。これはまるで、地方の小さな商店がハロッズを買収したような話だ。これは大変にロマンチックな話に思えるのだが、これだけ大きな企業を運営するためには巨大な懐がなければならない。10億ポンド程度では足りないだろう。トヨタなら会社に飾る鉢植えだけでそれぐらい費やしているかもしれない。

しかし私自身、サーブには消滅してほしくないと思っている。それゆえ、イギリスで昨年、6,000人の人間がサーブを購入したことを嬉しく思っているし、これからも販売台数が伸びて欲しいと願っている。なので、私は是非、サーブにアドバイスをしたい。

9-3は古い。エンジンも酷い。それに、調整可能なヒーターや時計が付いているとはいえ、それでも値段は高過ぎる。しかしこの車は、他のどんな車にも無いようなものを1つだけ持っている。この車は快適だ。

道は混雑し、原油価格は高騰し、スピードに対する批判の声が高まっているにもかかわらず、いまだにどの自動車メーカーもドライバーが一番求めているのはスポーティーさだと考えている。硬い乗り心地。神経質なステアリング。バケットシート。莫大なパワー。

かつて、ボルボは安全性を、フォルクスワーゲンは信頼性を、メルセデスは品質を売りにしていた。しかし今は違う。どのメーカーもレーシングカーを作っている。新型車は発売される前にニュルブルクリンクに持ち込まれ、そこでサスペンションが最終調整されて全周20kmのサーキットで可能な限り速く走れるようなセッティングにされる。

もちろん、アイフェルに住んでいて、通勤をするために山道しか通らないのであればこれでも何の問題もない。しかし、街中に住んでいるなら問題だらけだ。それに、道に凸凹があったり、腰痛持ちならば大問題だ。

確かに、フォーカスグループの人達は今度買う車が"スポーティー"であってほしいと言うだろうが、それはあくまで、クリストファー・プラマーがMGで駆け抜ける姿を見てからイギリス人がずっと持っている夢の話でしかない。現実的には、スポーティーさとは腰の痛みにほかならない。

最近、デザインが良いというだけの理由でソファを購入した。シャープで、モダンで、すっきりしたデザインだった。確かにこれは外見だけは傑作なのだが、仕事に疲れて帰ってきて、居間でだらけてテレビを観るなら、床に座った方がましだ。

私のような年齢になると快適性を切望するようになり、それゆえ、サーブと過ごした1週間は素晴らしかった。確かに、運転するのは恐ろしくつまらなかったし、この車を支えるプラットフォームは近代史の中でも最悪のものなのだが、シートは素晴らしいし、サスペンションは路面からの爆撃をちょっとした震え程度に抑え込むことができる。

それに、ヒーターが適度な温度に室内を保ち、時計が正確な時間を刻む中、この車を運転していると、周りを走るドライバー(後ろを走るバンのドライバーは例外だが)は私の乗る車を見てこう考えることだろう。「あれはチャック・イエーガーじゃないか!」


The Clarkson review: Saab 9-3 Sportwagon Aero (2011)