イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ジャガー・F-TYPE S クーペのレビューです。


F-TYPE

BMWをまさに象徴している車を1台挙げろと言われたら、1973年のヨーロッパツーリングカー選手権でフォード・カプリやアルファ・ロメオを下して勝利を飾った3.0 CSL "バットモービル" を選ぶだろう。今のBMWを運転していても、その核心にはその勝利の瞬間が感じられる。豪勢なトランスミッションや最新の電子機器の裏側では、完璧なバランスのレーシングカーが殻を破って勝利の栄光を掴まんと願っている。

ほとんどの自動車メーカーには、努力の源となる偶像が存在する。アストンマーティンには、映画『ゴールドフィンガー』でショーン・コネリーが駆けたDB5がある。ベントレーには、かつてブルックランズを汗をかきながら周回していた男たちの姿がある。フォードには、1996年のル・マンで同着でゴールした3台のGT40がある。

日産はどうかって? 1970年代中頃に船いっぱいに積まれたイギリス向けのダットサンのバッジの付いたチェリーの写真があって、その下にはきっと、誇張気味に「日本製の信頼性の高い小型車がイギリスの自動車産業に大打撃を与えた」と書かれていることだろう。

イギリス人は最初、そんなことはありえないと考えていた。しかし結局はそれが現実となった。日本車は本当に何よりも信頼できる車だった。それは今でも変わらない。GT-Rであろうが変わらない。

もちろん、中にはメーカーにとっては忘れたい過去がイメージとして定着してしまった例もある。例えば、メルセデスはW150 シリーズIIにヒトラーが乗っている写真など撮られたくはなかったと思っていることだろう。この写真のせいで、いまだにスリーポインテッド・スターがヒトラーと結び付けられてしまう。

アウディもそうだ。アウディのイメージは何かと言われれば、私は1973年にアウトバーンを150.0km/hジャストで走る100 LSを思い浮かべる。ドライバーは整った髪型をしており、糊の効いたスマートなズボンを穿いている。彼はセメントの販売業者だ。

それ以降、アウディは様々なことをしてきた。クワトロを生み出し、ジェフリ・パルマーの怯えたような声が印象的な面白いCMも作った。スポーツカーも、オフロードカーも生み出してきた。しかし、未だにアウディのイメージといえば、セメントの販売業者が乗ったアウディが150.0km/hで高速道路の追い越し車線を走っている姿だ。

イメージを振り払うのは非常に難しい。シボレーはかつて、韓国製の出来の悪くて信頼性の低いコンパクトハッチバックに自分のバッジを装着した。その後、アレックス・ファーガソンがシボレーを運転する写真まで撮ったのだが、その汚名が消えることはなかった。

これがジャガーの話に繋がる。ジャガーは、自社のイメージが、ジョニー・ダンフリーズが1988年のル・マンでXJR-9に乗る姿であって欲しいと願っている…。しかしそれではピンと来ないだろう。では、短期間ではあるがF1に参戦し、2002年にエディ・アーバインが9位入賞を果たした姿はどうだろうか。違う? なら、Dタイプはどうだろうか。この車が北フランスで果たしたハットトリックによる勝利はきっと覚えていることだろう。それも違う? そもそもその頃はまだ生まれていなかったって? もっとも、私もまだ生まれていなかったのだが。

大抵の人にとって、ジャガーのスポーティーカーといえば1台しかない。Eタイプだ。それに、この車は真の意味ではスポーティーとも言えない。この車はデヴィッド・ニーヴンがフランスの南部を乗り回すためのマシンだ。カストロールRというよりも、むしろジン・トニックだ。

ジャガーはスポーティーだというイメージを持って欲しいようだが、残念ながらそれは見当違いだ。ジャガーを一番端的に示すイメージは、結局のところ『マインダー』のアーサー・デイリーだ。あるいは、『ザ・ロング・グッド・ フライデイ』のハロルド・シャンドだ。もしくは、1960年代の純粋な心を持った、母親に花を買ってやった悪役だ。モンティ・パイソンはダグとディンスデール・ピラニアが何に乗っているか教えることはなかった。それは誰もが知っている。ジャガー・XJだ。

ジャガー・XJは駄目人間の車であり、時折逃亡を図らなければならないような人のための車だ。ジャガーのドライバーは、会計の時になって家に財布を忘れたことを思い出すような人のための車だ。愛すべきろくでなしのための車だ。

私はずっとジャガーが好きだったし、今でも2つの燃料タンクを持つそのV12車で走り回りたいと思っている。単純で変速が曖昧だった3速ATが懐かしい。110km/hで畑を突っ切ろうとマティーニ一滴垂らさないサスペンションは憧れだった。

私はジャガーに、現代的で信頼性の高い、かつてのXJに立ち返った車を作って欲しいと望んでいる。至高に優雅で、天使の夢以上に快適で、味わい深い悪党らしさのある車だ。ナビにはテリー・トーマスがいて、トランクには怪しげなルノアールのいる車だ。

ところが残念なことに、ジャガーはジャガーを栄光に至らしめたその時代を歴史から抹消しようと決めてしまったようだ。その代わりとして登場したのがF-TYPEクーペだ。

この車は、本質的には昨年登場したF-TYPEコンバーチブルのクーペ版だ。モデルは3種類ある。最下層のV6車は後に後悔することになるので選ぶべきではない。モンスター的なV8も電子式ディファレンシャルが電子式ともディファレンシャルとも言えないため選ぶべきではない。

結局、選ぶべきなのは中間のV6 Sであり、これは腋の下を臭わせるのに十分なパワーを発揮し、まともにはたらく機械式ディファレンシャルが付いている。そのはたらきは実に見事だ。思わず笑い出してしまうほどに楽しい車だ。それに、この車はコンバーチブル版に次いで現在販売されている中で世界で2番目に美しい車だ。

それに、この車はコンバーチブルとは違ってトランクに物を入れることができ、実用性が高い。

それに剛性も高く、80%も向上している。太陽が輝き、道が滑らかで、ラジオから素晴らしい音楽が流れていれば、この車は素晴らしい。しかし、街中で低速で走ったり、路面状況の悪い場所を走ったりすると、もっと足回りにしなやかさが欲しいと感じることだろう。それに、コンバーチブルよりも硬いサスペンションを付けたことは理解に苦しむ。この車は跳ねやすい。

他にも問題点がある。斜めの合流では車の往来を視認することができない。シートは軋み音を立てる。それに、タッチパネル式のナビは使いづらい。その最大の理由は乗り心地の悪さにある。

もし乗り心地の悪さを気にしないのであれば、F-TYPEクーペには様々な魅力がある。美しく、速く、装備も充実しており、そしてとてもやかましい。ただ、残念ながらこれはジャガーとは言えない。


The Clarkson review: Jaguar F-type S coupé