イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した記事を日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2009年に書かれたジェレミー・クラークソンの愛車、メルセデス・ベンツ CLK63 AMG ブラックシリーズのレビューです。


CLK63

先日、ものすごい痛みを感じながら家まで車を運転する羽目になった。どこぞの馬鹿が粘着テープで私の腕と椅子をくっつけたため、それを外すために毛もかなり抜けたし、皮膚もかなり傷んでしまった。私の仕事はこんなことをすることではないはずだ。

ともかく、私は急いでいた。腕の痛みを和らげるクリームの必要性に駆られていたというのもそうなのだが、その日の夜は長い歴史で初めて、一家が一つ屋根の下に集う重要な日だった。

長女のアウシュヴィッツへの修学旅行の話も聞きたかったし、息子のラグビー試合の結果も聞きたかった。なので、ブラウン首相の決めた制限速度のことなどに気を配っている余裕などなかった。ブラウン首相は家族の重要性を説く一方で、車を遅く走らせる。そうすれば結局、帰宅する頃には家族が寝静まっている。馬鹿か。

しかし、その日は渋滞が起こるような状況ではなかったし、私が運転していたのは超速いメルセデス・CLKブラックだったので、ギルフォードからチッピング・ノートンまで75分で行けると確信していた。ところが残念なことに、そううまくは行かなかった。

ナビの渋滞マークがこれほどまでに爛々と輝いたことなどなかった。あらゆる道が閉鎖されているか渋滞しているかのどちらかだった。それに、聴いていたクリス・エヴァンスのラジオ番組も渋滞同様に悲惨なものだった。

M25が工事中だったのでM4を走る羽目になった。マーローを過ぎるとA404が混み始めたので、地図にも載っていないような町に入り込んだ。ところが、議会のどこぞの馬鹿者が歩道を新しく設置しなければならないと判断したため、オックスフォードから私の家までの道すら工事で延々と渋滞していた。

コッツウォルドの人里離れた場所の道に歩道を作るだって? そんな馬鹿なことこれまでに聞いたことがあるだろうか。歩行者はどこを歩こうが勝手なのに、頭のおかしいひげ野郎がそんな人間をさらに優遇しようと考えた結果、私は家に帰って家族の顔を見ることすらできない。

そんな狂った危険人物は可及的速やかに見つけて始末するべきだろう。こいつとM25の道路工事(終わるのは私の死後だ)とオービスのせいで、人生最悪の帰宅をする羽目になった。

しかし、もし私のメルセデスがノーフォークで治療を受けていなければ、事態はなお悪化していたことだろう。

私が6.2Lエンジンを搭載する300台限定生産のCLKブラックに最初に試乗した時、その圧倒的な実力に感服してしまった。雷のごとき514PSのパワーや、正気の沙汰とは思えないホイールアーチエクステンションだけでも十分だったのだが、この車にはそれ以上の凄さがあった。ハンドリングはナイフのように鋭く、常にドライバーを殺そうとしているかのように感じられた。この車のブラックという名前は、きっと心の色に由来しているのだろう。

以前にこの車を試乗した時、この車のない人生など完璧とは言えないと考えた。そしてすぐに金を用意し、ペンを取って契約書にサインした。

正直なことを言えば、この車は決して完璧ではなかった。シートはホールド性が高すぎて、太った女性を乗せることさえできない。当然、その理由を本人に説明することなどできない。「尻が大きすぎてシートにはまらない」なんて言った日には、きっと泣かせてしまうだろう。

それに、シートベルトを締めるのも大変だし、コートを着ていればそもそも締めることすらできない。それから航続距離にも問題がある。標準のCLK同様、この車の燃料タンクは62Lで、これは積んでいるエンジンがケチなディーゼルならば何の問題もない。しかし、それが巨大なV8なら、62Lでは目的地に着くことすらできないだろう。

それ以上に問題なのが乗り心地の悪さだ。類人猿が工事をしたようなイギリスの一般的な道路では耐えられない。文字通りの意味で耐えられない。あまりに酷いため、燃料が減るのが楽しみになるくらいだ。燃料がなくなれば車から降りて虐待から逃れることができる。

当然、私がこんな車を買った理由は分かっている。パワーとデザインと、死神のようなハンドリングに魅了され、それ以外の欠点など目に入ってこなかった。胸のサイズだけを見て妻を選んでしまったような話だ。

正直なところ、私はこの車を買うのをやめようかとも思った。しかしある文章が目に留まった。ブラックにはアジャスタブルサスペンションが付いているそうだ。最近では多くの車にそれが付いている。普通、どの車でも私はこのシステムを固定しておくべきだとアドバイスする。メルセデス・ベンツのような巨大な自動車メーカーなら、シャシのことなど当然知り尽くしているだろうし、ダンパーのセッティングを変えるだけで乗り心地が良くなるなら、最初からそうしているはずだ。

アジャスタブルサスペンションは誤魔化しでしかない。あるいは、セールストークに使うための単語でしかない。「こちらは、お客様のお好み通りに仕立て上げることができます。」

しかし、メルセデスはテストコースも持っているし、大量のパソコンだって持っているはずだ。それに、ユーモアのセンスなどまるで持たない、ただ最高のものを作り上げることしか頭にない技術者を大量に抱えている。にもかかわらず、ネジ回しだけで車を改良しようとするのは、手持ちの器具だけで最高のスフレを作ろうとするのと同じくらいに愚かだ。

私は先日、ロータスのシャシ開発部門のトップであるギャバン・カーショウとこれについて話した。彼はエリーゼやエヴォーラの開発にも関わっており、驚くほどにしなやかなXFRの開発にも関与している。しかし、彼の最大の功績は、Top Gearのテストトラックを設計したことだ。

彼は非常に頭が良く、私も彼を信頼している。彼が車をいじって状況が悪化したことはない。なので、彼が車をいじらせて欲しいと言ってきた時、私は二つ返事で快諾した。

彼がいじっても快適にはならなかった。快適という概念に至る道の半ばにすら届いていない。タイヤは超低扁平だし、シャシも強固過ぎる。しかし、彼がこの車に変更を加えたことで、痛み以外のことについても頭を巡らせられるようになった。

それに、この車を少しだけソフトにした結果、Top Gearテストトラックのタイムが2秒近く縮まった。それに、既に素晴らしかったステアリングは崇高なものとなった。

普通なら、私は自動車メーカーの経営陣がこれを読んでいるかどうかなど気にしない。しかし、メルセデスの社員には是非これを読んで欲しい。そうすれば、乗り心地を硬くすることだけが前に進む方法ではないということに気付くかもしれない。ただ、一番理解して欲しいのは、たった1人のノーフォークの男でさえ、メルセデスが最高の出来だと思って出した車を改善できたということだ。

これを読めば、きっとドイツ人は気分を害するだろう。時々でもそんなことができるのが、私の仕事の良いところだ。


Turnip boy has softened its black heart: Mercedes-Benz CLK Black