イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、2012年に書かれたアストンマーティン・DBS カーボンエディションのレビューです。

ここ2週間、インド政府がイギリスのユーロファイター・タイフーンではなく、遅くて操作性も悪いフランスのラファールを選定したことに対し、抗議の声がたくさんあがっている。
インドはかつての植民地支配国に対して悪い感情を抱いているのではないかと言う人もいる。フランスと裏で何らかの取引があったのではないかと言う人もいる。デーヴィッド・キャメロンを非難する人もいるし、Top Gearのクリスマススペシャルを非難する人もいる。しかし、インドがフランス側についた本当の理由は、ただ単に、ラファールの方がユーロファイターよりもずっと安いからなのではないだろうか。
それに、イギリス側の飛行機はフランスのそれよりも5,000フィート高い高度5万5,000フィートまで飛行できるそうだが、だからどうしたというのだろうか。ユーロファイターは西ヨーロッパに対する脅威に対抗するために設計された。大気圏の端まで飛んで敵の偵察機を撃ち落とすために設計された。MiG-29にも対抗できるような旋回性能を目標に設計された。北海に低空飛行で侵入するソビエトの爆撃機を追跡できるよう、マッハ2を出せるような設計となっている。
しかしこんなものはインドにとっては無用の長物だ。なぜなら、タミルのトラは偵察機なんて持っていないし、バングラディッシュも爆撃機なんて持っていない。確かに、パキスタンならアメリカ製のF-16をかき集めることができるかもしれないが、F-16の燃費の悪さは有名で、何度も給油しなければならない。つまり、インドは高度な技術を必要としていない。ただ銃の付いた飛行機さえあればいい。それならラファールでも十分だ。
そもそも、軍備拡大競争の終わった今でもジェット戦闘機が開発され続けている理由が分からない。アメリカ人は新型F-35戦闘機が着陸時に毎回バラバラになると嘆いていた。それを聞いて「一体何をやっているんだ」と思わずにはいられなかった。アメリカ海軍はF-14トムキャットもF/A-18ホーネットも持っているのに、それ以外の戦闘機を開発する必要がどこにあるのだろうか。世界中のどの戦闘機も能力ではこれらの戦闘機の半分にも満たない。これと同じことは車についても言える。今や車は十分良くなっており、これ以上良くしようとするとむしろ改悪になりかねない。
馬力競争を例に挙げてみよう。アウディ、BMW、メルセデス(あるいはジャガーも)は長年他社に勝ろうとし続け、新型モデルは他のどのモデルよりもパワフルでなければならなかった。これは一見素晴らしいようにも思えるが、ついに車がエンジンのパワーについていけないまでになった。砂利道でAMGに乗ってみれば分かるだろう。ただ穴を掘るだけに終わる。あるいは、日産・GT-Rに乗って全力でアクセルを踏めば、速すぎて頭をぶつけてしまうことだろう。
どうして発進するたびに鞭打ちになるような車が必要なのだろうか。実際のところ、350馬力もあれば十分だろう。それに、エンジンのパワーが大きすぎなければ、ブレーキにも、タイヤにも、サスペンションにも、超高級品を使う必要はなくなるはずだ。それに、エンジンのパワーが小さければ排出ガスも減って、電動パワーステアリングやパドルシフトなんて必要なくなるだろうし、赤信号のたびにエンジンをオフにする必要もなくなる。決して使われることのない余分なパワーのために使われている燃料を節約すれば、不必要なエコ装備など必要なくなる。
つまり、前に進むためには一度少し後退してみればいいのではないだろうか。そしてこの話がアストンマーティン・DBS カーボンエディションの話にうまく繋がる。
今のアストンマーティンのラインアップはどれも古く、早急に新しいモデルを投入するべきだという声も聞かれる。常識的に考えればこの意見は至極正しい。アストンはDBSやヴィラージュを発売したと主張するだろうが、これはDB9に飾りを加えただけの車に過ぎない。そんなもので騙されるわけがない。
そして今度はDBSカーボンエディションというモデルが追加された。これは一見すると魅力的にも思えるが、実のところは特殊な塗装をしただけの普通のDBSだ。塗装の何が特別なのかは理解できないが、特別だそうだ。なので、シニカルになってアストンに新型車を開発する資金を援助してくれるクウェートの支援者が出てくればいいとでも言ってやろうと思った。しかし、よく考えてみると、もし新型車ができたとして、それは今のモデルよりも格好いいのだろうか。そうとは思えない。
DBSは車として完璧にほど近い。マーケティング部門はもっとパワフルにしたいと言うかもしれないが、それが良いことだとは思えない。パワフルになればトルクも莫大になるし、そうなればトラクションコントロールはいつも介入することになってしまうだろう。
私はDBSが初めて登場した時、心底惚れこんだし、最近ではフェラーリやらメルセデス・SLSやらのせいで影が薄くなっているが、最高の車であることに変わりはない。アクセルを踏み込めばV12エンジンは咆哮するが、高速道路で軽く踏むだけだと遠くから落ち着いた音がするだけだ。
サスペンションについても全く同じことが言える。スポーツモードにすれば本物のレーシングカーに変貌し、ノーマルモードにするとクルーザーに変貌する。これほどまでに巧みな変身をする車は他に知らない。ジキル博士とハイド氏のような変身ができる車はそれなりに存在する。しかしDBSはジキル博士とヴェラ・リンだ。
それに、他のドライバーからの反応も上々だ。普通、私が超高価な車に乗っていると、バンに乗っている人間は価格の高さや実用性の低さ、保険料の高さ、経済性の悪さなどを馬鹿にしてくる。しかし、DBSに乗っていると言われることはいつも同じだ。「素晴らしいですね!」 それだけではない。Top Gearのスタジオで聞いても、アストンが一番人気だ。
問題もある。最初の問題はナビだ。昔のボルボのナビに比べればよっぽどましだが、それでも操作が複雑すぎる。例えば、どうして縮尺を調節するボタンはステアリングの裏側に隠れているのだろうか。それにどうして、ようやくそのボタンを見つけたかと思えば実はラジオの選局スイッチだったりするのだろうか。
それに価格も問題だ。DBSがDB9と同じだということは誰もが知っているのに、どうして価格はDB9よりかなり高くなっているのだろうか。それに、カーボンエディションがさらに高くなっている理由も分からない。
しかし何よりの問題はこの車の走りが古臭いということだ。技術の波に乗っているという感じがしない。そのため、友人に口を利いてもらえなくなるかもしれない。しかし、時に古いことが新しいことよりも良いということもある。イギリス海軍に電話をしてハリアーを使い続けたいか聞いてみれば分かるはずだ。
The Clarkson review: Aston Martin DBS (2012)
今回紹介するのは、2012年に書かれたアストンマーティン・DBS カーボンエディションのレビューです。

ここ2週間、インド政府がイギリスのユーロファイター・タイフーンではなく、遅くて操作性も悪いフランスのラファールを選定したことに対し、抗議の声がたくさんあがっている。
インドはかつての植民地支配国に対して悪い感情を抱いているのではないかと言う人もいる。フランスと裏で何らかの取引があったのではないかと言う人もいる。デーヴィッド・キャメロンを非難する人もいるし、Top Gearのクリスマススペシャルを非難する人もいる。しかし、インドがフランス側についた本当の理由は、ただ単に、ラファールの方がユーロファイターよりもずっと安いからなのではないだろうか。
それに、イギリス側の飛行機はフランスのそれよりも5,000フィート高い高度5万5,000フィートまで飛行できるそうだが、だからどうしたというのだろうか。ユーロファイターは西ヨーロッパに対する脅威に対抗するために設計された。大気圏の端まで飛んで敵の偵察機を撃ち落とすために設計された。MiG-29にも対抗できるような旋回性能を目標に設計された。北海に低空飛行で侵入するソビエトの爆撃機を追跡できるよう、マッハ2を出せるような設計となっている。
しかしこんなものはインドにとっては無用の長物だ。なぜなら、タミルのトラは偵察機なんて持っていないし、バングラディッシュも爆撃機なんて持っていない。確かに、パキスタンならアメリカ製のF-16をかき集めることができるかもしれないが、F-16の燃費の悪さは有名で、何度も給油しなければならない。つまり、インドは高度な技術を必要としていない。ただ銃の付いた飛行機さえあればいい。それならラファールでも十分だ。
そもそも、軍備拡大競争の終わった今でもジェット戦闘機が開発され続けている理由が分からない。アメリカ人は新型F-35戦闘機が着陸時に毎回バラバラになると嘆いていた。それを聞いて「一体何をやっているんだ」と思わずにはいられなかった。アメリカ海軍はF-14トムキャットもF/A-18ホーネットも持っているのに、それ以外の戦闘機を開発する必要がどこにあるのだろうか。世界中のどの戦闘機も能力ではこれらの戦闘機の半分にも満たない。これと同じことは車についても言える。今や車は十分良くなっており、これ以上良くしようとするとむしろ改悪になりかねない。
馬力競争を例に挙げてみよう。アウディ、BMW、メルセデス(あるいはジャガーも)は長年他社に勝ろうとし続け、新型モデルは他のどのモデルよりもパワフルでなければならなかった。これは一見素晴らしいようにも思えるが、ついに車がエンジンのパワーについていけないまでになった。砂利道でAMGに乗ってみれば分かるだろう。ただ穴を掘るだけに終わる。あるいは、日産・GT-Rに乗って全力でアクセルを踏めば、速すぎて頭をぶつけてしまうことだろう。
どうして発進するたびに鞭打ちになるような車が必要なのだろうか。実際のところ、350馬力もあれば十分だろう。それに、エンジンのパワーが大きすぎなければ、ブレーキにも、タイヤにも、サスペンションにも、超高級品を使う必要はなくなるはずだ。それに、エンジンのパワーが小さければ排出ガスも減って、電動パワーステアリングやパドルシフトなんて必要なくなるだろうし、赤信号のたびにエンジンをオフにする必要もなくなる。決して使われることのない余分なパワーのために使われている燃料を節約すれば、不必要なエコ装備など必要なくなる。
つまり、前に進むためには一度少し後退してみればいいのではないだろうか。そしてこの話がアストンマーティン・DBS カーボンエディションの話にうまく繋がる。
今のアストンマーティンのラインアップはどれも古く、早急に新しいモデルを投入するべきだという声も聞かれる。常識的に考えればこの意見は至極正しい。アストンはDBSやヴィラージュを発売したと主張するだろうが、これはDB9に飾りを加えただけの車に過ぎない。そんなもので騙されるわけがない。
そして今度はDBSカーボンエディションというモデルが追加された。これは一見すると魅力的にも思えるが、実のところは特殊な塗装をしただけの普通のDBSだ。塗装の何が特別なのかは理解できないが、特別だそうだ。なので、シニカルになってアストンに新型車を開発する資金を援助してくれるクウェートの支援者が出てくればいいとでも言ってやろうと思った。しかし、よく考えてみると、もし新型車ができたとして、それは今のモデルよりも格好いいのだろうか。そうとは思えない。
DBSは車として完璧にほど近い。マーケティング部門はもっとパワフルにしたいと言うかもしれないが、それが良いことだとは思えない。パワフルになればトルクも莫大になるし、そうなればトラクションコントロールはいつも介入することになってしまうだろう。
私はDBSが初めて登場した時、心底惚れこんだし、最近ではフェラーリやらメルセデス・SLSやらのせいで影が薄くなっているが、最高の車であることに変わりはない。アクセルを踏み込めばV12エンジンは咆哮するが、高速道路で軽く踏むだけだと遠くから落ち着いた音がするだけだ。
サスペンションについても全く同じことが言える。スポーツモードにすれば本物のレーシングカーに変貌し、ノーマルモードにするとクルーザーに変貌する。これほどまでに巧みな変身をする車は他に知らない。ジキル博士とハイド氏のような変身ができる車はそれなりに存在する。しかしDBSはジキル博士とヴェラ・リンだ。
それに、他のドライバーからの反応も上々だ。普通、私が超高価な車に乗っていると、バンに乗っている人間は価格の高さや実用性の低さ、保険料の高さ、経済性の悪さなどを馬鹿にしてくる。しかし、DBSに乗っていると言われることはいつも同じだ。「素晴らしいですね!」 それだけではない。Top Gearのスタジオで聞いても、アストンが一番人気だ。
問題もある。最初の問題はナビだ。昔のボルボのナビに比べればよっぽどましだが、それでも操作が複雑すぎる。例えば、どうして縮尺を調節するボタンはステアリングの裏側に隠れているのだろうか。それにどうして、ようやくそのボタンを見つけたかと思えば実はラジオの選局スイッチだったりするのだろうか。
それに価格も問題だ。DBSがDB9と同じだということは誰もが知っているのに、どうして価格はDB9よりかなり高くなっているのだろうか。それに、カーボンエディションがさらに高くなっている理由も分からない。
しかし何よりの問題はこの車の走りが古臭いということだ。技術の波に乗っているという感じがしない。そのため、友人に口を利いてもらえなくなるかもしれない。しかし、時に古いことが新しいことよりも良いということもある。イギリス海軍に電話をしてハリアーを使い続けたいか聞いてみれば分かるはずだ。
The Clarkson review: Aston Martin DBS (2012)

アストンって言ったらDBS!!
やっぱりボンドカー!!