イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ボルボ・XC90のレビューです。


XC90

世紀の変わり目にボルボの設計者は驚異的なアイディアを思いついた。サウナで生まれたままの姿になりながら、トールはスベンの方を向いてこう言ったのだろう。「大家族でも使えるようなファミリーカーを作るのはどうだろうか。」

ランドローバーは7シーターのディスカバリーを作ることでこれと同じことをしようとした。しかし、言うまでもなく、ランドローバーの経営陣はウェールズの泥道でのパフォーマンスしか気にしないような人だ。子供のことなど理解してはいない。大半は子供がどこから来るのかすら知らないのではないだろうか。

そのため、ディスカバリーのサードシートは工学の学位を持つ人間にしかアクセスできない構造になった。それに、6本の腕を持ったインドの神でもなければシートを畳むこともできない。さらに困ったことに、荷室には超小型犬すら乗せられない。

スベンとトールのアイディアはよっぽどまともだった。その車はウェールズの泥道を走り回るのはさほど得意ではない。それに、発進加速でホイールスピンをするわけでもない。それに、彼らはニュルブルクリンクのラップタイムにも興味なんて持たなかった。

しかし、その車には車高の高い4x4的な荘厳さがあり、手袋をはめた人にも操作のできるボタンまで付いていた。それに、シートは買い物袋を大量に抱えた母親でも簡単に折り畳むことができた。

その車はXC90といい、2002年にアメリカのモーターショーで発表された。そこでは誰もその車に注目しなかった。大音量を響かせながらGを発し、顔がもげるほどの勢いでコーナーを曲がることのできる車がたくさん展示されているのに、XC90なんかに注目するはずがない。モーターショーには、悩める母親やワンタッチで畳めるシートに興味を持つ人間などいなかった。

そんな冷ややかな歓迎しか受けなかったにもかかわらず、スベンとトールは開発を続け、市販までこぎつけた。言うまでもなく、最初は大した期待などなかった。最初の年間製造予定台数はわずか42台だった。

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ところが、XC90に対する世間の目は大きく変貌した。XC90はすぐにボルボのベストセラーモデルとなり、需要が供給を追い越してしまったため、中古車価格は高騰した。多くの人がこの車を革新的なものであると考え、賞という賞を総なめにした。

私が最初にこの車と対面したのは、ドニントン・パークのサーキットだった。どうしてその車がそこにいたのかも、どうして私がそんなところに行ったのかもよく覚えていないが、3児の父である私はその車を買わなければならないとすぐに感じた。数年後、私は2台目のXC90を購入した。そしてその後、3台目を購入した。そしてつい数ヶ月前には4台目のXC90を購入した。

しかし、新型モデルの登場が分かっているにもかかわらず、その発売のわずか数週間前に従来モデルを購入するなど奇妙だと感じるかもしれない。しかしその理由は単純だ。初代XC90が出た頃、ボルボはフォードの傘下にあった。フォードは巨大な財布だった。しかし今のボルボは吉利という中国企業の傘下にあり、その出来を疑っていた。

最初に2代目XC90の試乗車が私の家に来たとき、私の決断は正しかったと感じた。見た目があまり良くなかった。彫りの深かったボディサイドは平板になってしまったし、なんとまあ巨大になってしまった。

しかし、巨大になったおかげで室内も広くなり、広大な荷室と7人の大人が座れるシートが生まれた。5人の大人と、3列目で文句を垂らす2人の子供ではない。

それだけでなく、居心地も良い。ダイヤルも、材質も、サブウーファーも、どこをとっても素晴らしい。

それにシンプルでもある。ダッシュボードにはボタンが7つしかない(ダイヤモンドカットのエンジンスタートボタンは数えていない)。iPadではない何かそれに似たものを使うことであらゆるものを操作することができる。

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しかしちょっとした欠点がある。おやつにべたついたパンを食べた後、子供にiPadを触られたことはあるだろうか。5分間このスクリーンを操作していると、画面がそんな感じになってしまった。それに、ナビはピンチ操作をすることでズームできるそうだが、まともに動かなかった。しかし、車をバックさせ、実際に運転しはじめてみると、こんなことは些細なことだと思い知った。

2012年になると、スベンとトールは別の新しいアイディアを思いついた。そして、2020年までにボルボ車が関与する事故による一切の死傷者をなくすと宣言した。しかしそれは不合理だ。例えば、ビーチー岬から車で飛び降りたらどうなるだろうか。安全装備が助けてくれるとは思えない。

ところが、ボルボはついにそんな反論まで鵜呑みにし、新型XC90には薔薇の茂みに突っ込みそうになるとヒステリーを起こすシステムが満載されている。

狭い場所でこの車を運転すると常に怒鳴られ続けることになる。ライトが点灯し、サイレンが鳴り、ホイッスルが鳴るのだが、iPadもどきは手垢で汚れて画面が見えなくなっているため、その警告をオフにすることもできない。

それに、この車は高速道路でステアリングを勝手に操作し、車線変更を阻止してきた。また、前の車と近すぎると判断すると、勝手にブレーキを掛けた。

この結果、私の堪忍袋の緒が極限まで引っ張られ、すぐにでも切れそうになったのだが、ここで思った。「待てよ。車に身を任せてしまえばいいんじゃないか。そうすればきっと事故を起こすこともないだろう。」 そう考えることのできる人にとって、XC90はぴったりの車だ。

そうすれば、非常にリラックスして運転できる。2Lディーゼルエンジンは従来モデルよりもよっぽど静かだし、乗り心地は基本的には非常に良い。うとうとするほどに心地よい。それに、なにか危険が迫ればちゃんと教えてくれるので、うとうとしていても大丈夫だ。

1週間の試乗期間で、私は田舎道を走り、地下鉄がストライキ中のロンドンを走り、高速道路を走り、7日後にはほとんど昏睡状態になってしまった。

結局、旧型モデルを購入した私は間違っていたようだ。この車は非常に優秀だ。ランドローバーの先進性では満足できない人にぴったりな車だ。


The Clarkson review: Volvo XC90 (2015)