イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2011年に書かれたアストンマーティン・ヴィラージュのレビューです。


Virage

大金を払って家を建てようと思えば、選択肢はたくさんある。フランスに家を建てることも、フロリダに家を建てることもできる。中古住宅を購入することもできるし、新築にすることもできる。街中に家を建てることも、翡翠色の海沿いに家を建てることもできる。

レストランにも、絵画にも、家具にも、休日にも同じことが言える。金さえあれば選択肢は無限に生まれる。ただし車は例外だ。ガソリン天国の頂点に位置することができるほどの金持ちでさえ、選択肢は全く存在しない。

巨大で速いBMWが欲しい。それならきっと快適だ。巨大で速いメルセデスが欲しい。それならきっと快適だ。フェラーリやマセラティやポルシェが欲しい。それらは快適性が欠如している。コンクリート製のサスペンションと極薄のタイヤが付いている。

事実、サッカー選手やテニス選手を例外として、巨額の金を車に費やすことのできる人の大半は40代か50代だ。彼らは時間がないため、家に帰る暇すらなく、パーティーの後に椅子で仮眠をとったり、床で眠ったりしている。そんな彼らが欲するのは、快適でリラックスのできるくつろぎの場だ。

しかし、自動車メーカーはこれが仕事帰りの道中には当てはまらないと考えている。むしろ、ドライバーは振動を欲していると考えている。キッチンチェアと同等のクッション性しかない椅子を欲していると考えている。いつもニュルブルクリンクのラップタイムを欲していると考えている。

もしAMGのデザイナーがソファを作れば、砂利製のトゲだらけのものが出来上がることだろう。BMWのカーペットはレゴブロックと上向きのコンセントプラグで形作られていることだろう。マセラティの浴室は、お湯やミルクの代わりに、日々の重圧から逃れるために硫酸が満たされることだろう。

これは狂気だ。ただ、何が起こっているかは分かる。自動車メーカーはオートカー誌に気に入られようと必死だ。そして、オートカー誌はラップタイムが大好きだ。エンジニアもラップタイムが大好きだ。なぜなら、BMWよりも速いラップタイムを叩き出しさえすれば、自分たちがBMWのエンジニアよりも優秀だと示すことができるからだ。これはユーザーを財布にした戦いだ。

ここでアストンマーティンの話に繋がる。DB9を作り始めた頃は素晴らしかった。ニュルブルクリンクではなく、道のために設計されていると感じられた。ところが、より小型なヴァンテージを開発する算段になって、何を思ったのかより快適性をなくす方向に進み始めた。そしてV12エンジンを搭載するようになると、さらに快適性をなくそうと躍起になった。そしてついに、DBSを開発する頃には、サスペンションの代わりに鉄棒を付けるようになってしまった。

これに対し、ジャガーのマーケティング部門は嘲笑すると予想することだろう。アストンマーティンがレーシングカーを作るなら、チャンスだと考えてスーパーチャージャー付きのXKRをソフトにすると考えることだろう。なにより、世の中にはそんな車を欲する腹の出た中年男性が大量にいる。

ところがジャガーは、アストンに対抗しはじめた。そしてXKのサスペンションを花崗岩製にしてしまった。XKでくぼみを通り越せばドライバーは粉々になってしまうことだろう。

この結果、私はアストンマーティン・ヴィラージュに大きな望みを託すようになった。この車はDBSよりも安くて快適な車だと宣伝されていた。デザインも、スピードも、インテリアも変わらず。それでいて、岩のように硬いレース仕様のカーボンファイバー製無用の長物はなくなった。

ただ、この車にはオートマチックトランスミッションが付いただけで、あまり良くはなっていなかった。白線を踏めばその塗装の種類を言い当てることができる。鶏を轢けばそれが雄鶏か雌鶏かを言い当てることができる。ちょっとした砂利を踏んでも、サスペンションは動くことを拒否するし、そのときには音まで感じる。暴力的な爆発音が聞こえ続ける。

非常に惜しい車だ。この車は実在する人に向けられた唯一の超高級車になりえた。にもかかわらず、実際は他の車と同じように快適性に欠けていた。

しかし、快適性以外の面ではかなり進化していた。新しいフロントスポイラーなどが付いたおかげで、DBSよりもなお一層に美しくなった。考えうる最も美しい物よりもさらに美しくなった。特に深くて濃いネイビーブルーは素晴らしい。それに、コンバーチブルはなおのことに素晴らしい。

それに、この車はDBSと同じ6L V12エンジンが搭載されているにもかかわらず、どうしたわけか価格は2万5,000ポンド安い。確かにヴィラージュでは少しデチューンされているが、それでも497PSだし、まともなギアチェンジさえできれば(ただしATの応答性は鈍い)非常に速い。

カーボンセラミックブレーキのおかげで制動力も強力だし、タイヤやサスペンションは超ハードコアなのでスピードを出すのは非常にスリリングだ。アストンが飛ばしている姿など見たこともないだろうが、それだけの実力を内包しているのは事実だ。

欠点はどうだろうか。室内は少し窮屈だし、いくらエレガントな車だと言っても、価格は高すぎる。ましてや、悪路を走りでもすれば財布の紐は一層固くなってしまうことだろう。

しかし最悪なのは新設計のナビだ。従来のナビは通った跡だけを表示する機能しかなかったが、新しいナビは減速しろと警告するだけだ。常時警報が鳴り続けている。オービスを通り過ぎても、パニックになってずっとその警告を発し続ける。

当然、この機能をオフにするボタンも存在するのだろう。しかしそのためには取扱説明書を読まなければならない。そんなことは絶対にしたくない。私は男なのだ。

それに、目的地にロンドンと入力したところ、郵便番号を入力するように要求された。

だいたい、ナビに求めることは同じなのに、どうして地図の外見や案内音声まで選べるようになっているのだろうか。選択肢が多くなれば必然的にサブメニューが増えて操作が複雑になる。そもそも、サブメニューを好き好むような人間は家に引きこもっていてナビなんか使わない。

この点でもヴィラージュは惜しいことをした。しかしそれでも、私はこの車が大好きだ。この車は欠陥が多いし、アストンのかつての名声は失われてしまったと言う人も多い。しかし、ヴィラージュに乗るのはとても気分がいい。他のどんな車に乗るよりも気分がいい。

フェラーリ・458の方が運転していてやる気になるし、メルセデス・SLSの方が楽しいのは確かだ。けれどこの2台は少し派手すぎる。この点でアストンは秀でている。


Aston Martin Virage: Prepare your moobs for a workout