イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2012年に書かれたキア・シードのレビューです。


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エリザベス女王即位60周年を記念するゲイリー・バーロウのダイヤモンド・ジュビリー・コンサートには多くの人が感銘を受けたことだろう。『死ぬのは奴らだ』が流れ始めると、聴衆はヒステリックに旗を振って熱狂した。

その時、私はチッピング・ノートンの友人と一緒にベーコンを焼き、花火をし、ワインを飲みながら国歌を歌った。その時、私は暖かさを感じ、イギリス人であることを誇りに感じた。

しかし、悠長に感慨に浸る暇もなく、翌日には批判が殺到した。ガーディアン紙は貴賓席に少数民族が招待されていなかったことを激しく批判していた。

しかしそれは言いがかりだ。女王はドイツ系だし、カンタベリー大主教はウェールズ系だし、入院中で出席はできなかったものの、フィリップ王子はギリシャ系だ。イギリス王室は種族多様性の典型例であり、貴賓席には様々な国の人間がいた。

しかし、批判はこれだけではなかった。階級主義や特権主義を助長するだの、ロンドンの一部でしか支持されていなかっただの、コストをかけ過ぎだの、BBCの報道に問題があっただのと種々の非難がなされた。

しかし、私が見つけたそのコンサート唯一の問題点については誰も批判していなかった。王族の移動に使われていたのがフォルクスワーゲンのバンだったという点だ。

しかし一体どうしてこんなことが起こってしまったのだろうか。付き人やアドバイザーたちは王室の尊厳を保つため、あらゆる手を尽くしたはずだ。例えば、女王陛下は民族歌謡に拍手をしなかった。ケンブリッジ公爵夫人の乳首はうまく見えないように隠されていた。大主教を雨風が攻め立てようと、式典は粛々と進んでいった。それだけの配慮があったにもかかわらず、一体どうしてバンを使うことが認められてしまったのだろうか。

そんなことは認めてはいけなかったはずだ。ハリー王子をバンに乗せることなど許されるはずがない。ましてや、ここはジャガーやランドローバーやアストンマーティンやベントレーを、それにロールス・ロイスを作っている国だ。一体どうしてロールス・ロイスの艦隊を用意することができなかったのだろうか。

Top Gearだってモーガン・スリーホイラーの艦隊を借りることくらいはできただろうし、そうすればウスターシャー州マルヴァーンの小さな会社は記念式典に貢献できたことを誇りに思うことだろう。それに、ハリー王子もきっと喜んでくれるだろう。

重要な式典に乗り付ける車についてろくに考えないのは異常だ。服装や髪型、靴、姿勢には気を配っている。それなのに、バンに乗ってカメラの前に現れるのだ。

おかしいのは王室だけではない。先月、ストラスクライド警察はヒュンダイのミニバンでアンディ・コールソンを護送した。ニュース・オブ・ザ・ワールド紙の元編集長を乗せる車がそれでいいと本気で思ったのだろうか。車すらまともに選べないのだろうか。

文化担当大臣であるジェレミー・ハントはトヨタ・プリウスに乗って公の場に姿を表した。どれほどひねくれていればそれが適切だと思うのだろうか。どんな苦境に立たされていても、エコカーで登場すれば国民の好感度が上がってくれるとでも思ったのだろうか。そんなはずがない。本気で国民の目を欺きたいなら、白馬にでも乗って登場した方がましだっただろう。

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映画の初演でも同じようなミスが犯されている。先日、私はリドリー・スコット監督の新作『プロメテウス』の初演に出かけた。この映画には多くのスターが出演している。しかしスターたちは全員がシルバーのメルセデス・Sクラスに乗って登場した。しかし何故だろうか。彼らは目立つ必要がある。ならばSクラスに乗って登場するべきではない。他とは違う車でなければならない。ここから、今回の主題の車の話に繋がる。新型キア・シードだ。

12年前、キアはリオというハッチバックを作り始めたのだが、この車は3気筒のヒュンダイ・アクセントディーゼルと並んで、私の知る中で世界最悪の車だ。この車をデザインしたのは盲目かただの馬鹿で、ロシア製のコンクリートミキサーのようなエンジンを積んでいた。

リオは隣の北朝鮮の国民に、自国のほうがまともだと思わせるほどの車だった。

リオを購入したのは、信頼性よりも、快適性よりも、経済性よりも、スピードよりも、新車であることだけを重視していた馬鹿共だった。この車は安価で元気があると形容されたが、そんな車は存在しない。世の中にあるのは、高価で元気がある車か、安価なゴミだけだ。リオは後者だった。

しかし時代は劇的に変わり、今やキアはTop Gearの有名人レースで使うお手頃車に選ばれている。そして、この新型シードこそ、おそらくは世界最多のスターが運転したであろう車の後継車だ。なので、これこそが映画の初演に乗り付けるのに理想的な車だ。

しかし、実際のところこの車の実力はいかほどなのだろうか。ただ、この車について書くべきことはあまりない。ただ幸いな事に埋めるべき原稿も残り少ない。

価格帯は、39車種ある同クラスの欧州および日本のハッチバックと概ね同じだ。なので、性能もこれらのライバルと同等でなければならない。事実、その程度の実力は持っている。

多くの自動車メーカーは厳しい排出基準に対応するために様々な新技術を投入しているが、キアは違う。赤信号で止まるとエンジンが停止し、クラッチを踏むと再稼働するというシステムを除けば、シードは至って従来的な車だ。

見た目は至って普通に良く、至って平凡だ。この車のデザインにはどこにも問題がない。

interior

室内空間も至って平凡だ。リアシートは畳むことができる。ラジオも付いている。他のライバル車と同じように止まり、曲がり、走ることができる。99PSの1.4Lガソリンエンジンと、135PSの1.6Lガソリンエンジンが設定されている。このエンジンは他のライバル車の1.6Lエンジンと何ら変わらない。

ディーゼルエンジンも1.4 CRDiと1.6 CRDiの2種類が設定される。グレードは複数設定されている。それにレイアウトもまともだ。ラジオが屋根に付いているようなこともない。保証期間は長い。安全性も高く、そうそう死ぬことはないだろう。ようやくこれで原稿が埋まった。


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