イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2004年に書かれたダッジ・バイパーSRT-10のレビューです。


Viper

時々、自分がイギリス人であることが嫌になる。ラテン系の人間は細かい機微など気にしないし、アメリカ人は謝罪の感情を嘘偽りなく表現する。しかしイギリス人はどうだろうか。我々は失敗に対し、もごもごとどもって誤魔化そうとする。

つい先週、クライスラーの広報部門に勤める新人社員が私に対し、先々月に貸したミニバンのボイジャーの試乗レポートをどうしてまだ書いていないのかと訊いてきた。それに対し、私はこう答えた。「えっ…。あ、いや…。」

正直なところ、私は完璧に忘れていたのだが、イギリス人はそれをそのまま言うことができない。それは人の名前すら覚えられないと言っているようなものだ。あるいは、男の子の赤ん坊を女の子と間違えるようなものだ。これは、「汝、殺すなかれ」以上に中流階級に染み付いた戒律だ。

しかも困ったことに、私は普段と違った場所や状況では人のことが思い出せなくなってしまう。以前、ある男性にディナーパーティーで自己紹介をした。それに対し、彼はこう応えた。「知ってますよ。だって、いつも一緒に撮影しているじゃないですか。」

しかし、ボイジャーは特別だ。車のことを忘れたのはこれが初めてだった。イギリスの一般的な駐車場には大きすぎることや、リアドアが電動スライドドアで感動したことなどは今でもぼんやりと思い出せる。しかし、エンジンやシートのレイアウトやパフォーマンスはどうだろうか。完璧にミステリーだ。

しかし幸いなことに、今回の試乗車はダッジ・バイパーであり、忘れようもなかった。これは私が運転した中でも最悪にして最高の車だ。

旧型バイパーは終わりの見えないクライスラーの財政難の中で作られていた。そのため、開発にかかった費用はわずか5,000万ドル、要した人員はわずか17人と、普通の車の20分の1だった。コストカットの跡は様々な場所で見て取れた。ウインドウやルーフは欠けており、ゴミ袋と同等の耐久性や防水性しか持ち合わせていなかった。

搭載されていたのはトラック用の8L V10エンジンで、シャシは貨物船を溶かして作られていた。ロシアのハンマーくらいの垢抜けなさではあったものの、そのシンプルさには惹かれるものがあった。この車には、圧倒的なパワーと巨大なタイヤが付いていた。それだけで十分だった。

他にもこの車を気に入った理由がある。クライスラーは結婚式の日にバイパーを寄越し、私と妻は式場の受付までこれに乗って行った。その教会は『オーメン』でパトリック・トラフトンが避雷針に刺さって死んだ場所であり、当時多くの人が押し寄せていた。しかし、それも車のエンジン音が生み出す喧騒に比べればなんでもなかった。

では走りはどうだったのだろうか。テレビゲーム『グランツーリスモ』でバイパーを走らせたことがある人ならわかるだろう。メルトダウンを起こした原子力発電所でトラと戦うようなものだ。

私は新型バイパーについていくらか噂を聞いていたのだが、あまり良いものではなかった。クライスラーは現在メルセデス・ベンツの気難しいドイツ人が支配しており、彼らはコンセプトを文明化しようとしたそうだ。獣をより普遍的で実用的な車に変えようとした。

一見すると、それが実現したかのように思える。手動式ではあるもののまともに脱着できるソフトトップが装着され、シートの後ろにもちゃんとスペースがあった。ウインドウは上下するし、ペダルを靴の大きさに合わせて電動で調節することまでできた。まるで魔王に七三の髪型とカーディガンを付け加えたような話だ。

しかし心配しないで欲しい。クライスラーは新型バイパーを21世紀のベニヤ板で覆い、安全運転を啓発する種々の安全装備を追加しているものの、その中身は石と同じくらいに冷たくて気難しい。

エンジンは8L V10ではなくなった。新型では8,300ccとなり、最高出力は400馬力から500馬力にまで向上している。数字だけを見れば欧州車の基準を大きく下回るだろうが、車重は重くなっていないため、欧州投入されるバイパーSRT-10は0-100km/h加速を4秒でこなし、最高速度は300km/hの大台を超える。これは消火栓のごとくガソリンを使う馬鹿げたエンジンではあるが、トルクはセンセーショナルだし、サイドエグゾーストから響く音は咆哮するベルゼブブのようだ。

それに、この車は口先だけの車ではない。アクセルを踏み込み、しばらくしてホイールスピンが止むと、水平線まで猪突猛進していく。スピードは暴力的に上がっていく。タイヤはグラウンドの整地に使えるほどに太いため、グリップは絶大だが、一度グリップが死ねばドライバーも死んでしまうだろう。1,500ポンドのタイヤは一瞬のうちにスモークとなって消えてしまう。

トランスミッションのスムーズさは古代レベルだし、ステアリングの遊びは丸1cmはある。トラクションコントロールスイッチを探そうとしても、そもそもそんなものは存在しない。悪魔にそんなものは存在しない。

新型バイパーをポルシェやフェラーリやBMWやメルセデスと比べても、それどころか新型コルベットと比べても惨敗する。運転するための道具として考えれば、旧型モデルと同じくらいにわがままで絶望的だ。

フロントガラスは可能な限り多くの風をドライバーの顔に当てようと設計されているかのようだし、ダッシュボードはせいぜい4.50ポンドしかかかっていなさそうだし、室内は窮屈で、8万ポンドというプライスタグは法外に思える。

それに、恐ろしいほどに下品だ。ひょっとしてひょっとすれば、デビッド・ベッカムのようなサッカーのエリートならばこんな車にも乗れるかもしれないし、ラッパーならば気に入るのかもしれない。しかし、滑稽なボンネットや光輝ホイールを見れば、チェシャーの人間ですら派手すぎると感じることだろう。

しかしだからどうしたというのだろうか。そんなことは気にもならない。この車は壮大な雷であり、ハリケーンだ。欧州車を技術的完全性と圧倒的品質の象徴であるダイアー・ ストレイツやフィル・コリンズに例えるなら、バイパーはジョージ・サラグッド&ザ・デストロイヤーズだ。やかましく、それでいて誇り高い。

右ハンドルモデルがあったらきっと買っていたことだろう。この車はイギリスの常識を忘れさせてくれる車だ。快楽主義の体現だ。


Dodge Viper