イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」の司会者の座を辞すこととなったジェレミー・クラークソンが、Top GearテストトラックでメルセデスAMG GT S、フェラーリ・488GTB、フェラーリ・ラ・フェラーリに乗り、最後の走りを楽しみました。今回はその様子についてジェレミー・クラークソン自身が書いたレポートを日本語で紹介します。

Top Gearの企画段階で、BBCの経営陣が私の考えを理解するまでには時間がかかった。経営陣は私の理想とするTop Gearを理解してはくれなかった。しかし後にメイフェアのベントレーのショールームで当時のBBC2のトップであるジェーン・ルートと話す機会を得た。
ワインを飲みながら、私は自らの構想について語った。倉庫の中にスタジオを作り、そのすぐ横にはテストトラックがあって、そのコーナーの名称はロックバンドの名前から取るという構想だ。そこで自動車に関するいろいろなことをやりたいと言うと、ようやく分かってくれた。
彼女の支援のもと、私とプロデューサーのアンディ・ウィルマンは理想の場所を探し始めたのだが、そう簡単には行かなかった。イギリスには大量の倉庫付きの飛行場があるのだが、どこも同じような状況だった。「空軍がまだ使うかもしれない。」 「建築許可など出せない。」
結局、北部の果てに辿り着き、アンディはサリーのダンスフォールド飛行場という場所に問い合わせの電話をかけた。それ以降はご存知の通りだ。
当時、ダンスフォールドは飛行場としてまだ使われていたのだが、オーナーは一部の滑走路に自動車用のコースを作ることを許可してくれた。そして我々はロータスのテストドライバーであるギャバン・カーショウを招き、後に世界中で有名になることとなるコーナー達を考え出してもらった。
特に気に入ったのがハンマーヘッドだった。この名前に理由は特にないが、このコーナーは左に一旦曲がってから大きく右に曲がるコーナーで、出来の悪い車はアンダーステアを引き起こす。奇妙なことに、そこで一番アンダーステアを起こしたのはロータス・エリーゼだった。それに、ピレリのタイヤを履いた車はどれもアンダーステアを引き起こした。それ以外の車はテールを滑らせ、スモークを発しながらコーナーを抜けて行った。私はハンマーヘッドが大好きだった。しかし、それ以外のコーナーも大好きだった。私にとってこのテストトラックはいつまでも特別な場所だろう。
そのため、先週、私はこの場所に最後の訪問をして少し辛い気分になってしまった。
Top Gearの簡易オフィスには鍵がかけられ、ちょっとした土産を持ち帰ることすら許されなかった。倉庫は全くの空だった。しかし、テストトラックにはまだたくさんの思い出が残っていた。黒スティグがアストンマーティン・ヴァンキッシュで走り出した時のタイヤ痕。白スティグが初めてケーニグセグを走らせた時に付けたタイヤ痕。それに、私がBMW 1シリーズでスピンした時のタイヤ痕。
しかし、それ以上に思い出深いのは、あるドライバーがランボルギーニで320km/hを出す撮影に挑戦した時の話だ。彼は323km/h以上を記録し、小学校の校庭にあと数mというところで止まった。
それに、ここには多くの有名人も訪れた。アメリカ人初の大物ゲストであるライオネル・リッチーはスズキ・リアーナに乗ってタイムを測定しようとしたのだが、前輪が外れてしまった。マイケル・ガンボンやトム・クルーズはラストコーナーで大きく失速していた。
このように、多くの思い出がある。なので、私はそこでの最後の時を楽しんだ。それに、フェラーリには新型488という素晴らしい車を貸してもらい、非常に感謝している。
ここには数人のゲストも招いた。私の最後の足掻きに対して10万ポンドもの寄付をしてくれた人々だ。もっとも、彼らが寄付をした本当の目的は、ピンク・フロイドのドラマーであるニック・メイスンのラ・フェラーリに乗るためだったのかもしれない。
まずは私が488に乗って楽しんだ。なんと良い車ではないか。多くの人は、ホッキョクグマのためのターボチャージャーが付いてしまったがために、自然吸気の458にあった魔法が失われてしまったと言っている。しかしそんなことはなかった。まったくそんなことはなかった。
確かに、マーケティング的な胡散臭さはあるし、エンジンルームはどこか空虚だが、運転してみればこれは458とまったく変わらず、つまり他のライバルよりも楽しくて良い車だった。この車には、マクラーレンにも、ポルシェにも、それ以外のライバルにも真似できない軽やかさと繊細さがある。

それに速かった。やろうと思えば、ひょっとしたら488で私の記録を塗り替えられたかもしれない。しかしそんなことはしなかった。私はただ楽しむためだけにそこにいた。テールを滑らせ、ゴムを擦り減らすためだけにそこにいた。そのため、メルセデスからAMG GT Sも一緒に借りていた。
488は素晴らしい車だ。それは間違いない。しかしメルセデスはそれ以上に、なんと表現すればいいか…私向けだ。フロントに巨大なエンジンが鎮座し、トランスミッションはリアに搭載され、それに乗る中年の猿は大笑いしながら意味もなく"Power!"と叫び続けた。フェラーリは至高のセロリソルトが添えられた高級卵だ。一方、メルセデスは血の滴る巨大なステーキだ。
そうして私は何周かして、そして決断の時が来た。最後の一周はどちらの車で走るべきだろうか。
答えは言うまでもない。フェラーリ・ラ・フェラーリだ。ニック・メイスンの100万ポンドのハイブリッドカーだ。
そうして、私は最終ラップを世界最高とも謳われる車で走り出した。確かにこの車は最高だった。しかし、最初にアクセルを踏み込んだ時、ちょっとした違和感を感じた。確かに加速は凄いのだが、マクラーレン・P1ほどの野蛮さは感じられなかった。
ラ・フェラーリで一番驚いたのはギアチェンジだった。このハイブリッドシステムは常に全力でいた。パワーとサウンドは尽きることなく激流となって溢れてきた。
インテリアはまるで緊急事態に陥った原子力発電所の制御室のようにあちこち点灯し始め、シフトアップするために右のパドルを引くと、一瞬のうちに加速していく。瞬く間、どころではない。ギアチェンジをするたび、どんどんとパワーが湧き出てくる。
そして、トリッキーなセカンド~ラストコーナーに入る。そこでは、広い道幅のせいで速度感覚が鈍ってしまい、その次の瞬間には道幅が狭くなって、多くの有名人たちを陥れてきた。そこではハードにブレーキングをする必要があるのだが、フェラーリ・ラ・フェラーリでは心配ない。この車のブレーキはギアチェンジと同じく即座にかかる。
コーナリング性能はどうだろうか。正直なところ、これは最後の一周だったし、そもそもニックの車なので、それほど飛ばしてはいなかったと思う。しかしそんなことはどうでもいい。この車の走りは崇高で落ち着いていた。ただ、グリップはポルシェ・918の方が少し優れているように感じられた。
マクラーレンはダンスフォールドで918とP1を戦わせたがらなかった。マクラーレンは、ポルシェの4WDシステムの方がタイトコーナーでは有利だと数学的に導き出したのだろう。
いずれ、この中でどれが一番速いかも調べたい。しかし、今はその時ではない。私はただ、楽しんで走った。
そして終わってしまった。駐車場に戻ると、誰もが家に帰る支度をしていた。しかし1人だけ残っており、まだ心残りがあると言った。そこで私は、まだ唯一残されていたメルセデスに彼女を乗せ、再びテストトラックへと舞い戻った。
これが本当の最後の一周となった。スモークまみれで、とても楽しかった。
Farewell, Dunsfold: Clarkson's final lap of the Top Gear test track

Top Gearの企画段階で、BBCの経営陣が私の考えを理解するまでには時間がかかった。経営陣は私の理想とするTop Gearを理解してはくれなかった。しかし後にメイフェアのベントレーのショールームで当時のBBC2のトップであるジェーン・ルートと話す機会を得た。
ワインを飲みながら、私は自らの構想について語った。倉庫の中にスタジオを作り、そのすぐ横にはテストトラックがあって、そのコーナーの名称はロックバンドの名前から取るという構想だ。そこで自動車に関するいろいろなことをやりたいと言うと、ようやく分かってくれた。
彼女の支援のもと、私とプロデューサーのアンディ・ウィルマンは理想の場所を探し始めたのだが、そう簡単には行かなかった。イギリスには大量の倉庫付きの飛行場があるのだが、どこも同じような状況だった。「空軍がまだ使うかもしれない。」 「建築許可など出せない。」
結局、北部の果てに辿り着き、アンディはサリーのダンスフォールド飛行場という場所に問い合わせの電話をかけた。それ以降はご存知の通りだ。
当時、ダンスフォールドは飛行場としてまだ使われていたのだが、オーナーは一部の滑走路に自動車用のコースを作ることを許可してくれた。そして我々はロータスのテストドライバーであるギャバン・カーショウを招き、後に世界中で有名になることとなるコーナー達を考え出してもらった。
特に気に入ったのがハンマーヘッドだった。この名前に理由は特にないが、このコーナーは左に一旦曲がってから大きく右に曲がるコーナーで、出来の悪い車はアンダーステアを引き起こす。奇妙なことに、そこで一番アンダーステアを起こしたのはロータス・エリーゼだった。それに、ピレリのタイヤを履いた車はどれもアンダーステアを引き起こした。それ以外の車はテールを滑らせ、スモークを発しながらコーナーを抜けて行った。私はハンマーヘッドが大好きだった。しかし、それ以外のコーナーも大好きだった。私にとってこのテストトラックはいつまでも特別な場所だろう。
そのため、先週、私はこの場所に最後の訪問をして少し辛い気分になってしまった。
Top Gearの簡易オフィスには鍵がかけられ、ちょっとした土産を持ち帰ることすら許されなかった。倉庫は全くの空だった。しかし、テストトラックにはまだたくさんの思い出が残っていた。黒スティグがアストンマーティン・ヴァンキッシュで走り出した時のタイヤ痕。白スティグが初めてケーニグセグを走らせた時に付けたタイヤ痕。それに、私がBMW 1シリーズでスピンした時のタイヤ痕。
しかし、それ以上に思い出深いのは、あるドライバーがランボルギーニで320km/hを出す撮影に挑戦した時の話だ。彼は323km/h以上を記録し、小学校の校庭にあと数mというところで止まった。
それに、ここには多くの有名人も訪れた。アメリカ人初の大物ゲストであるライオネル・リッチーはスズキ・リアーナに乗ってタイムを測定しようとしたのだが、前輪が外れてしまった。マイケル・ガンボンやトム・クルーズはラストコーナーで大きく失速していた。
このように、多くの思い出がある。なので、私はそこでの最後の時を楽しんだ。それに、フェラーリには新型488という素晴らしい車を貸してもらい、非常に感謝している。
ここには数人のゲストも招いた。私の最後の足掻きに対して10万ポンドもの寄付をしてくれた人々だ。もっとも、彼らが寄付をした本当の目的は、ピンク・フロイドのドラマーであるニック・メイスンのラ・フェラーリに乗るためだったのかもしれない。
まずは私が488に乗って楽しんだ。なんと良い車ではないか。多くの人は、ホッキョクグマのためのターボチャージャーが付いてしまったがために、自然吸気の458にあった魔法が失われてしまったと言っている。しかしそんなことはなかった。まったくそんなことはなかった。
確かに、マーケティング的な胡散臭さはあるし、エンジンルームはどこか空虚だが、運転してみればこれは458とまったく変わらず、つまり他のライバルよりも楽しくて良い車だった。この車には、マクラーレンにも、ポルシェにも、それ以外のライバルにも真似できない軽やかさと繊細さがある。

それに速かった。やろうと思えば、ひょっとしたら488で私の記録を塗り替えられたかもしれない。しかしそんなことはしなかった。私はただ楽しむためだけにそこにいた。テールを滑らせ、ゴムを擦り減らすためだけにそこにいた。そのため、メルセデスからAMG GT Sも一緒に借りていた。
488は素晴らしい車だ。それは間違いない。しかしメルセデスはそれ以上に、なんと表現すればいいか…私向けだ。フロントに巨大なエンジンが鎮座し、トランスミッションはリアに搭載され、それに乗る中年の猿は大笑いしながら意味もなく"Power!"と叫び続けた。フェラーリは至高のセロリソルトが添えられた高級卵だ。一方、メルセデスは血の滴る巨大なステーキだ。
そうして私は何周かして、そして決断の時が来た。最後の一周はどちらの車で走るべきだろうか。
答えは言うまでもない。フェラーリ・ラ・フェラーリだ。ニック・メイスンの100万ポンドのハイブリッドカーだ。
そうして、私は最終ラップを世界最高とも謳われる車で走り出した。確かにこの車は最高だった。しかし、最初にアクセルを踏み込んだ時、ちょっとした違和感を感じた。確かに加速は凄いのだが、マクラーレン・P1ほどの野蛮さは感じられなかった。
ラ・フェラーリで一番驚いたのはギアチェンジだった。このハイブリッドシステムは常に全力でいた。パワーとサウンドは尽きることなく激流となって溢れてきた。
インテリアはまるで緊急事態に陥った原子力発電所の制御室のようにあちこち点灯し始め、シフトアップするために右のパドルを引くと、一瞬のうちに加速していく。瞬く間、どころではない。ギアチェンジをするたび、どんどんとパワーが湧き出てくる。
そして、トリッキーなセカンド~ラストコーナーに入る。そこでは、広い道幅のせいで速度感覚が鈍ってしまい、その次の瞬間には道幅が狭くなって、多くの有名人たちを陥れてきた。そこではハードにブレーキングをする必要があるのだが、フェラーリ・ラ・フェラーリでは心配ない。この車のブレーキはギアチェンジと同じく即座にかかる。
コーナリング性能はどうだろうか。正直なところ、これは最後の一周だったし、そもそもニックの車なので、それほど飛ばしてはいなかったと思う。しかしそんなことはどうでもいい。この車の走りは崇高で落ち着いていた。ただ、グリップはポルシェ・918の方が少し優れているように感じられた。
マクラーレンはダンスフォールドで918とP1を戦わせたがらなかった。マクラーレンは、ポルシェの4WDシステムの方がタイトコーナーでは有利だと数学的に導き出したのだろう。
いずれ、この中でどれが一番速いかも調べたい。しかし、今はその時ではない。私はただ、楽しんで走った。
そして終わってしまった。駐車場に戻ると、誰もが家に帰る支度をしていた。しかし1人だけ残っており、まだ心残りがあると言った。そこで私は、まだ唯一残されていたメルセデスに彼女を乗せ、再びテストトラックへと舞い戻った。
これが本当の最後の一周となった。スモークまみれで、とても楽しかった。
Farewell, Dunsfold: Clarkson's final lap of the Top Gear test track
