イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2013年に書かれたアウディ・R8 5.2 FSI quattro S-tronicのレビューです。


R8

A.A.ギルは風邪を引いている時にレストランの批評をするだろうか。目からは涙が溢れ、頭は朦朧とし、鼻が壊れた蛇口のようになっている時には、魚を食べているのか鶏肉を食べているのかすら判別は難しいだろう。

それに、気分が沈んでいるときには、どんなウェイトレスも優秀だとは感じられないだろう。例え笑顔が素敵で知識が豊富だったとしても、本来はベッドに横になってミルクを飲んでいなければならないような状況下では、ウェイトレスに頭があるのかどうかすら分からないことだろう。

しかし、私は風邪を引いているにもかかわらず車の批評をしなければならないことがある。いかに快適性の高い車だろうと、風邪を引いていればベッドに横になっている方がよっぽど快適だと感じることだろう。たとえ0-100km/h加速を2秒でこなしたとしても、それでも不十分だと怒りを感じることだろう。私はすぐにでも家に帰ってベッドに横になりたいのだ。

ここから、さらなる疑問が生まれる。飲酒後や、携帯電話を使いながら、サンドイッチを食べながら車を運転することは禁止されている。しかし、風邪を引いている時に車を運転することは禁止されていない。これは奇妙だ。鼻水が流れ、頭が痛いときの私はほとんど狂人だ。

カメは卵を天敵に食べられないように地中深くに埋めるのはご存知だろうか。風邪を引いた私に比べれば、カメの方がよっぽどまともだ。

つい最近、ロンドン西部のシェファードブッシュグリーンは道路工事を理由に閉鎖され、結果多くの人がハマースミスの高架道路を使い始めた。ところが、その高架道路まで閉鎖されてしまった。

普通なら、その結果生じた渋滞に巻き込まれた私は、その決定を下した人間が悪いと思うことだろう。しかし、風邪を引いていた私はとにかく家に帰りたかった。そのため、私は不機嫌になりながら裏道を走り、ありとあらゆる車に、ありとあらゆる人に不快感を示した。

右折もろくにできなかったトヨタ・カムリのタクシードライバーに対して私が車の中で言っていた暴言を誰かに聞かれていたとしたら、きっと今頃私は檻の中だっただろう。

結局、私はかろうじてそのタクシーの左側をすり抜けたのだが、その時、警察官が私の車の窓を叩いた。なので私は道幅に十分な余裕があったと主張し、タクシードライバーが間抜けな下手糞だからいけないんだとわめき、文句を言うなら私ではなく主要道路を2つも一緒に閉鎖した低能に言えと騒いだ。

翌日はA1まで閉鎖され、会議の時間に間に合わなかった。なので文句を言うために道の脇に寄って責任者に電話をかけてやった。しかもその日の夜には、M1を走行中に80km/hで追い越し車線に居座り続けるプジョーの後ろについてしまった。私は左側からその車を追い越し、アル中の放浪者のように文句を垂らし続けた。

要するに、私は多くの怒りや惨めさを感じた。しかし、ただ一つだけ、気分を害すことのないものがあった。それは私が乗っていた車、アウディ・R8 V10だ。

普通、道路にプジョー乗りの馬鹿が溢れ、頭が止めどなく痛むような時には、背が低く、幅が広く、ランボルギーニのエンジンが積まれた2シータースーパーカーになど絶対に乗りたくないと思うことだろう。

スーパーカーはトリッキーだ。晴天のもと、トスカーナの丘で運転すれば最高だが、じめついた水曜日にシェパーズブッシュを運転するのは最悪だ。ガラスは曇り、エンジンはやかましい音を立てるし、車間を埋めることすら一苦労で、外はまともに見ることもできず、快適性も欠如している。

しかしR8は全く違う。まるで普通の車のようなのだ。室内は広く、必要な場所に、必要な物が、ちゃんと動く状態で配置されている。スピードハンプを超えても、ボディの下部40%が削り取られてしまうようなこともない。静粛性も高く、落ち着いている。

鋭角の交差点では視界が限られてしまうが、それ以外の点では運転しているとR8がスーパーカーだということを忘れてしまう。そのため、いざアクセルを踏み込むとまるでフェラーリのように加速をし、そのギャップに驚かされてしまう。「なんてこった。アウディ・TTに乗っているものだと思っていた。」そう言ってしまうことだろう。

それに、グリップ性能も高い。普通、舗装されていない農道を快適に走れるような車はコーナリング性能は欠如しているものだが、R8はどちらも両立できている。確かにフェラーリ・458イタリア(R8よりよっぽど高価だ)ほどには粘り強くないものの、雨が降って濡れているコーナーに風邪のせいで気付かずオーバースピードで進入してしまったとしても、R8なら4WDシステムのお陰で安心して抜けられる。

それ以外にもある。アイアンマンのおかげで、R8には人気がある。人に好かれる車ゆえに、オーナーも乗るたびに好きになっていくことだろう。しかし、1つ問題がある。トランスミッションだ。R8には、古代の電車の分岐器のようなレバーの付いたマニュアルトランスミッションと、田舎のパーティーほどに垢抜けないセミオートマチックトランスミッションが設定されている。

そして、新たに7速デュアルクラッチトランスミッションが追加された。多くの自動車メーカーが、F1と同じシステムだと言ってこの道を選んでいる。しかし本当の理由はどこも明かしていない。

EUは"有害な"排出物の削減を要求しており、DCTはこの削減に大いに貢献できる。DCTはドライバーではなく官僚のためのものだ。特に街中で低速で走っていればそれを実感することだろう。例えば、車間が少し長くなったので、それを埋めようとするとしよう。しかしそれは不可能だ。アクセルを踏んでも、トランスミッションの応答はあまりに遅く、ギクシャクしており、まともな車のようには発進してくれない。初心者マークを付けたくなるレベルだ。

当然、郊外に出れば素晴らしい車に変貌する。ギアチェンジは早くてスムーズだし、パドルシフトでマニュアル変速することも、自動で変速させることもできる。結局のところ、この新しいトランスミッションだけがR8の欠点だ。この車は本当に素晴らしい車だ。風邪を引いてR8以外のあらゆるものを忌み嫌っていた私が言うのだから間違いない。


The Clarkson review: Audi R8 5.2 FSI quattro S tronic (2013)