イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ジャガー・XJ V8のレビューです。


XJ

衛星放送のチャンネルを回せば、ピアーズ・モーガンが聞いたこともないような人と見たくもない映画について語らっていることだろう。あるいは、ドラマ『マインダー』を放送している局もあるかもしれない。マインダーは史上最高のテレビ番組だと思うので、一度見ることをおすすめする。

しかし、今この番組を見るのは、まるで歴史の授業のようだ。ロンドンにもかつては駐車場がたくさんあり、交通量が少なかったなんて、きっと信じられないことだろう。フラムにあるテリーのアパートからノッティング・ヒルにあるウィンチェスタークラブまで当時ならわずか3分で到着した。

私はマインダーの大ファンで、自分の結婚披露宴をウィンチェスターという場所で行ったほどだ。わざわざバーテンにデイブという名前の人間まで雇ったくらいだ。『ダッズ・アーミー』も古典とされているが、マインダーの脚本はそれ以上だ。登場人物も完璧だ。先日パトリック・マラハイドがCIAのやり手スパイ役を演じている作品を見たのだが、思わずこう叫んでしまった。「マインダーのクリスホルム刑事じゃないか!」

デニス・ウォーターマンにも同じことが言える。彼は今でも時々テレビに出ているが、今の彼はフォード・カプリに乗る元ボクサーではない。残念でならない。私の中では、彼は今でもマインダーのテリー・マッキャンだ。そしてこれからもそうだ。心に焼き付いているのはなにも登場人物だけではない。作中に登場した帽子も、コートも、テリーが着ていたジャケットも、それにもちろん、車もだ。

マインダーの登場人物であるアーサー・デイリーの印象のせいで、私はジャガーに乗っている人間が信頼できなくなってしまった。私はジャガーに乗っている人が好きだ。ジャガーに乗っている人には面白い人が多い。でも、私は自分の車をジャガーの横に停めたくはない。今でも私の心の中では、マインダーのに登場する厄介なジャガー乗りの印象が生き続けている。ローン会社とトラブルになって車をわざとぶつけている姿がまだ頭に残っている。今でも、贋作製造などの罪に問われて刑に服している人の多くは、どこかに愛車のXJSを隠しているのではないかと妄想している。強盗の愛車はヴォクスホール、ゴロツキの愛車はジャガーなのだ。

しかし、新型ジャガー・XJの驚異的な室内からはアーサー・デイリーの亡霊の匂いすら感じ取れず、少し不安になってしまった。ドアポケットにはブルーの照明がある。グローブボックスは紫のベルベットで内張りされている。それに、ダイナミックモードを選択すれば、ダイヤルが赤く光る。まるでビジネスマンが女性と密会するために使うロンドンのバーのようだ。私はこんな仕掛けが気に入った。素晴らしく、そして未来的だ。しかし、助手席に耳の尖った男は座っていないし、 ステアリングにはNCC-1701の代わりに駆ける猫がいるだけだ。ページ・スリー・ガールを期待していたのに、その実ユーサ・ジョイスだったような話だ。

エクステリアも異様だ。確かに、これまでのあらゆるジャガーとは全く違う車を作り上げたのは勇敢だと思う。それに、印象的なデザインだとも思う。しかし、同時に異様さもある。おそらくは私以外も同じ感想を抱いたのだろう。実際、発売から6ヶ月経った今でも1台も路上で見かけていない。先週、イタリアのベルトーネというデザインスタジオで新しいジャガーが公開された。この車のデザインは滑らかだった。では、このXJはどうだろうか。あまり滑らかだとは思えない。

それに、室内空間にも疑問がある。着座位置は低いし、包まれるような感覚がある。しかしそれでは駄目だ。ジャガーがメルセデスのシェアを奪うためには、少なくとも後部座席がSクラスと同じくらい広くなければならない。この点においても、ジャガーはこれまでの伝統を捨て去ってしまったようだ。

3,000ポンド高いロングホイールベースモデルは広々としており、足を投げ出すこともできるし、巨大なガラスルーフから景色を眺めることもできるし、1,200Wのオーディオで耳から血が出るまで音楽を楽しむこともできる。それに、新型には暖炉ではなくまともなクライメートコントロールが付いている。しかし、この車の後席に座りたいと思うだろうか。ディーゼルならばその答えはイエスだろう。このモデルは経済性が重視されており、事実燃費も良い。しかし、スーパーチャージャー付きのV8モデルとなれば話は全く別だ。

エンジンのスペックだけを見れば合格とは言えなさそうだ。最高出力はわずか510PSで、ドイツ車の足元にも及ばない。しかし車重も確認して欲しい。オールアルミ構造のおかげで、この車はポルシェ・パナメーラの4.8L V8ターボよりも軽い。強風の中で駐車するためには係留用のロープが必要となることだろう。

この車の軽さは、加速時にも、ブレーキング時にも、燃料計を見る時にも実感することができる。それどころか、シートを介しても、それに何より、ステアリングを介しても軽さが感じられる。この車はスポーツカーのようなセダンではない。スポーツカーだ。これは頭や心で考えて買う車ではない。本能で考えて買う車だ。いい車じゃないか。よし買おう。しかし残念ながら、サスペンションが硬すぎるため、その決断が邪魔されてしまう。私がXKRを買っていない理由もそれだ。

しかし、だからといってXJの快適性が悪いと言っているわけではない。あるいは、静粛性が足りないと言っているわけでもないし、車としての出来が悪いわけでもない。むしろ非常に素晴らしい車だ。価格も比較的安いし、この車はマセラティ・クアトロポルテの走りの楽しさと、メルセデス・Sクラスの高級感や室内空間を融合した唯一の車だ。普通に考えれば、ロンドンはこの車で溢れていて然るべきだ。しかし実際は違う。それには当然の理由がある。我々は候補となる車全てにいちいち試乗して車を購入するわけではない。車は頭や心で考えて買うものではない。本能で考えて買うものだ。いい車じゃないか。よし買おう。

その点でジャガーには問題がある。ジャガーは大きく変貌した。しかし、ゴロツキの欲しいジャガーは紫のグローブボックスの付いたジャガーではない。それに、紫のグローブボックスが欲しいような人はアーサー・デイリーの汚名を着せられたいとは思わない。確かにXJは素晴らしい車だ。しかし、マインダーを見れば分かる通り、ジャガーというブランドのせいで欲しがる人のいない車になってしまった。あるいは、ジャガーでありながらジャガーではないせいで欲しがる人のいない車になってしまった。


The Clarkson review: Jaguar XJ 5.0 V8 LWB (2011)