イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、メルセデス・ベンツ A250 AMG SPORTのレビューです。


A250

私の父が隣村の女性と結婚したいと話したとき、父の両親は大反対したそうだ。「どうしてうちの村の女性と結婚しないんだ」と悔しがったそうだ。

このような視野の狭い考え方は「日産アルメーラ症候群」と名付けるべきだろう。アルメーラは平凡な車だ。ただの白物家電と変わらない。問題もないが、良い所もない。ご馳走を食べることも、海外旅行に行くことも望まない人達のための車だ。これはエキゾチックさを忌み嫌う人達のためのベージュのバケツだ。

アルメーラだけではない。カローラも同じだ。これはワイパーの付いた冷蔵庫だ。日没を見ても全く興奮することのない人たちのための車だ。

幸いなことに今やアルメーラもカローラもイギリスから消え去り、鉛色の空の下、誰も訪れることのない墓地に埋まっている。我々は前に進んだ。今では、誰もがレンジローバーイヴォークを欲しがっている。あるいは、コンパクトMPVか、暴れん坊のクーペか。ベーシックなだけのハッチバックは死んだ。

いや、違う。かつてよりも車高が低く、より滑らかになって生き残っている。現代のハッチバックには好奇心を刺激するようなデザインディテールがたくさん付いている。もはや田舎生まれの少女ではなくなった。フォード・エスコートはフォーカスと名前を変え、インディペンデントリアサスペンションを手に入れた。ヴォクスホール・アストラはレインコートを脱ぎ捨て、代わりにオープンクロッチのパンティーを身に着けた。フォルクスワーゲン・ゴルフすら、今やテート・モダンを知っているかのようだ。

そして、そんなハッチバックの1つが新型メルセデス・Aクラスだ。初代Aクラスは二階建ての構造をとっていた。メルセデスのエンジニアは、衝突時にはエンジンが隙間に入り込むため、乗員がペースト状になることはないと無表情で言っていた。恐らくこれは事実なのだろう。

しかしならばどうして新型にはその構造を取り入れなかったのだろうか。それだけの優れた構造ならば、どうしてなくしてしまったのだろうか。思うに、初代モデルが二階建て構造を採用した一番の理由は、電気自動車化を考慮してバッテリーを搭載するスペースを作ろうとしたからなのではないだろうか。

幸いなことに、メルセデスは電気自動車には未来がないと判断し、一階建てでも十分だと考えるようになった。それに、もうタイヤの付いたコンテナを売る必要もないことも理解したようだ。我々は今、インスタントコーヒーでは通用しないラテの世界に生きており、それゆえハッチバックにも魅力がなければならない。

そのため、新型Aクラスには横腹にプレスラインが入れられ、リアウインドウは極小になり、ボンネットは大きく膨らみ、トラックほどに巨大なフロントグリルが装着された。結果、まるで『スペース1999』で月面基地で使われていた車のようになった。

今回私はA250 AMGに試乗したのだが、これには巨大なホイールまで付いていた。この車は派手派手しくて馬鹿馬鹿しいと言いたいところなのだが、実のところこの車には確かな凄みがあった。私以外も多くの人がそう感じることだろう。

室内も良い。なにより、上級のメルセデス車との共通性を感じる。しかしいくつかの問題点もある。私はおろしたてのドクターマーチンの靴を履いていた。私はドクターマーチンが大好きなのだが、それを履いているとホイールアーチとブレーキペダルの間隔が狭すぎるように感じられた。それゆえ、アクセルを踏む度に減速してしまった。

他にもある。運転席を一番後ろまで下げると、肩がBピラーに当たってしまう。つまり、ドア側のアームレストに腕を置いて運転することはできない。運転しづらいことこの上なかった。

他にも驚いたことがある。この車にはAMGの名前が冠されている。ならば、アクセルを踏み込めば、目が後ろに移動して鳩のような見た目になってしまうと予想することだろう。しかし違う。

2Lターボエンジンはレッドゾーンまで気持ちよく回るのだが、速すぎて周りが見えなくなってしまうようなことはない。AMGという名前から予想されるスピードには程遠い。

スペックを軽く見てみればこの理由はすぐに分かる。馬力も大してないのだが、何よりの問題は重さだ。この車は重い。コーナーでも重さを感じる。確かに、AMGはコーナーで6Gを生み出すための車ではない。それはBMWの領域だ。しかし、それでもこの車は鈍い。つまりこの車は、直線でも速くないし、コーナーでも面白くない。それに、変速も気持ちよくない。

確かに、AMGのバッジがなければそれでも印象はもっと良かったのかもしれない。それに、この車は快適性を主眼に置いたクルーザーとして設計されているのかもしれない。舗装の良い道であれば確かに快適性は高い。しかし、ちょっとした凸凹でも乗り心地は酷くなり、クッションが欲しくなる。

聞くところによると、普通のタイヤを履いて標準のサスペンションが付いたAクラスの出来は素晴らしいそうだ。しかし、慎重に言葉を選んだとしても、AMG版は非常に不快だと言わざるをえない。最近の速いメルセデスはどれも受け入れがたいほどに硬い。しかしこの車はそれ以上に酷い。

しかし、乗り心地以上に問題なのは燃料タンクの大きさだ。搭載されているのがディーゼルエンジンならばこれでも十分なのかもしれないが、ターボの付いたガソリンエンジンではロンドン・シェフィールド間を無給油で往復することすらできない。ましてや、360PSの4WDであるA450 AMGなど考えるまでもない。ひょっとしたら0-100km/h加速すら無給油ではできないかもしれない。

普通のAクラスには問題点もないことだろう。事実、各所で絶賛されている。しかし、このホット版はどうだろうか。残念ながらこの車はあらゆる点で問題がある。

それに、この車に代わる選択肢に困ることもない。名高いバッジが必要なら、アウディが速いA3を用意しているし、これなら腰を痛める必要も人生の半分を給油に費やす必要もない。しかし、バッジのことなど忘れてアストラを買うことをお勧めしたい。私は先日VXRに試乗したのだが、3ドアながら非常に優秀で驚かされた。それに、快適性も驚くほどに高かった。

奇妙ではないだろうか。かつて、アストラは出来の悪い車の代名詞だった。ところが、今や田舎生まれの少女がシュトゥットガルトの巨乳の妖婦よりも魅力的になってしまった。


The Clarkson review: Mercedes-Benz A 250 AMG (2012)