イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、2003年に書かれたハマー・H2のレビューです。


H2

中東で事が起これば、ジョージ・W・ブッシュは12万の軍隊や3つの空母戦闘群、それにF-18ホーネットやF-14トムキャットを含む1,000の戦闘機を出撃させる準備を整えている。それに、3台の原子力潜水艦や数えきれないほどの戦車やトマホーク巡航ミサイルも準備していることだろう。

正直なことを言ってしまおう。これだけの軍事力があれば、イギリスやフランスを征服するにも十分だ。あるいは、両国同時に征服することもできるかもしれない。ならば、ろくに軍事力のないイラクにどうしてあえてそんな大掛かりな力を使うのだろうか。

当然ながら、問題なのは、イラクは発展途上国から無限の最強兵器の供給を受けているという点だ。その兵器とは、トヨタのピックアップトラックだ。

世界の紛争地域のニュースを見れば、その最前線で自家製のAK-47を持って戦っている軍人たちのほとんどがトヨタの荷台に乗っていることだろう。トヨタ車はタリバンやタミル人にとって必要不可欠な存在だし、その理由も明白だ。

トヨタのピックアップは兵員輸送車になることも、救急車両になることもできる。それだけではない。荷台に筒を載せればミサイル車にもなるし、銃を載せれば装甲兵員輸送車にもなる。荷台に司令塔を載せれば潜水艦にもなるかもしれない。

それに、トヨタのピックアップは走破性も高い。何年も前、私はトヨタのピックアップでアラビア砂漠を走ったのだが、かなり使い込まれた個体だったにもかかわらず、中東の目的地まで到着することができた。

ここ十数年間、アメリカはトヨタの万能車両に対抗するため、高機動多用途装輪車両 (High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle) 、略してHMMWVを用いてきた。略称のHMMWVすら長いため、実際はハンヴィーと呼ばれている。

ホイールベースは非常に長く、6.5Lのディーゼルエンジンが搭載され、地上高は40cmだった。これは普通の4WDの2倍はある。

第二次世界大戦後、パットン将軍はウィリー・ジープが巨大だったことが勝因だったと話しており、ハンヴィーに関しても同様のことが砂漠の嵐作戦後に言われた(実際のところは、イラク軍の逃亡という決定も影響したとは思うが)。

その後、アーノルド・シュワルツェネッガーはハンヴィーを大いに気に入り、一般市民向けの製造を要望した。

しかし、結果は最悪だった。運転席と助手席で会話をするのも不可能だった。その理由には、座席が1.5m離れていたことや、間に巨大でやかましいディーゼルエンジンがあったこともあったのだが、何より問題だったのは、そもそもシュワルツェネッガーのアクセントがどんなに静かな場所で聞いても聞き取れなかったという点だった。

それに、価格は10万ドルだった。しかし、だからといって売れなかったわけではない。アブダビにハンヴィーを20台購入した友人がいるのだが、これに電動ソフトトップを付けたため、さらに10万ドルかかった。

つい先週、私はこの車を彼の庭で試乗してみたのだが、180mの砂丘をいとも簡単に登ることができたし、それに足らない高度の斜面は平地に変えて走った。タイヤに空気を入れるために外に出る必要すらなく、ダッシュボードにあるスイッチを押すだけでいいのだが、舗装路を30mそこらと走れば、耳からは出血し、背骨は曲がり始める。これはオフロードの戦闘機械としては優秀な道具だが、普通の道路で日常使用するなら、スナイパーのライフルと同等の実用性しかない。

しかし、今や事情は変わっている。ゼネラル・モーターズが市販モデルのハンヴィーの製造権を獲得し、名前をハマーと変え、公道走行用の小型版が製造されている。小型版はH2と呼ばれており、私もこれに中東で試乗してみることにした。

残念ながらGMは中東でハマーを販売していないものの、手に入れるのは容易だ。ホテルのロビーを見れば大体転がっているし、通りがかりのアラブ人に頼んでみればいい。異常な計画だと思うだろうか。そんなことはない。中東の人々は私が今まで会ったどんな人よりも気前が良かった。

実際の会話内容をここに記してみよう。

「すみません。これはあなたのH2ですか?」

「そうですとも。運転してみますか?」

「是非。」

そして、アハメド・セディク・M・アルムタワ氏を助手席に乗せ、ジュベル・アリまで世界でも最も驚異的な車でドライブをするという貴重な経験をすることができた。

この車はGMC タホという平凡なアメリカの4WD車をベースとしているのだが、このタホという車は恐らく人類の全歴史の中で最悪のオフロードカーだろう。あまりに醜く、あまりに巨大で、あまりに燃費が悪く、あまりに遅く、装備内容も大して充実しておらず、降雪や泥道、砂利道、土道、草原、岩石、霧雨、それに微風でさえこの車には絶望的だ。舗装道路でもまともに走らず、これに乗って砂漠に行こうものなら、ラクダで帰る羽目になる。これは事実だ。

ともかく、H2はこのタホと基本的構造を共有しているのだが、オーバーハングは短くなっており、エンジンはタホと同じ6L V8エンジンを搭載しており、アハメド氏によると、燃費は1.4km/Lだそうだ。とはいえ、中東ではガソリンが水より安いし、彼は金持ちだったので燃費の悪さなど全く気にしていなかった。しかし、イギリスでは1.4km/Lという燃費は受け入れられないのではないだろうか。

サイズも問題だった。この車はレンジローバーよりも短いし、全高も低い。しかし、見た目を良くするために車幅はかなり広くなっている。実際、あまりに広すぎるため、高速道路を走るためにも警察のエスコートが必要だろう。

それに、作りが良いようにも見えなかったし、最高速度もボートにしては良い程度で、加速性能は地質学的だし、制動力も乏しいし、室内も狭い。

しかしながら、私はこの車が気に入った。何よりも見た目が気に入ったし、細部も気に入った。ドアハンドルは古い納屋の扉の取っ手のようだったし、牽引フックはボーア戦争で使われた荷車のそれのようだったし、シフトレバーはF-15のスロットルにそっくりだった。

ならば、デザイン以外の点でこの車に魅力がないように思えるかもしれないが、それだけではない。乗り心地は非常に良いし、人里離れた場所で乗るために必要なツールはひと通り揃っている。唯一、センターデフロックは欠けているが。

インテリアには選択肢が存在する。幅90cmのスペアタイヤをトランクに載せると、最後部の座席は1人乗りになるが、スペアタイヤをテールゲートに装着すれば後席は2人乗りとなり、乗車定員は6人に増え、緊急時には7人が乗れる。

すると、幅は広いし燃費も悪いが、ランドローバー・ディスカバリーやボルボ・XC90に代わる車とみなすこともできる。

アメリカでの価格は4万9,000ドルだが、為替レートをチェックするつもりもない。なぜなら、自動車業界でのレートは常に1ドルが1ポンドだからだ。

つまり、H2がイギリスで販売されたとして、ちょっとオプションを付ければ5万ポンドはくだらないだろう。それに、これを乗り回せば周りの人はドライバーのことをクリス・ユーバンクだと思うことだろう。しかし、他と全く違う面白い車に乗る代償と考えれば、こんなものは瑣末なことだ。

私はこの車を本当に気に入った。まるで、外側は硬く、中身は柔らかなキャラメルチョコレートのようだ。あるいは、心優しいナイトクラブの用心棒のような車だ。

それに、これは、私が唯一気に入ったアメリカの兵器だ。


20 years of Clarkson: Hummer H2 review (2003)