イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、BMW 435i Mスポーツのレビューです。


435i

私はアルゼンチンとの戦争中に初めてロンドンに越してきたのだが、当時ナイツブリッジは老婦人やミニチュアダックスフンドに溢れた気取った場所だった。そこは1980年代の落ち着き払ったオアシスだった。しかし今は全く変わってしまった。そこは今では地球上でもっともうるさい場所だ。

これは、その土地のほとんどが中東の紳士たちに買われ、彼らのほとんどが非常にうるさいスーパーカーに乗っているからだ。3本隣の通りからもエンジンの始動音は聞こえるし、全開加速をすればカタールからでも音が聞こえる。昨夜見かけたフェラーリには120mm砲のようなエグゾーストが付いており、グレートフル・デッドのような音響システムを鳴り響かせていた。かと思えば続いてやってきたランボルギーニはあまりにやかましく、老婆の連れていたミニチュアダックスフンドは恐怖のあまり死んでしまった。

車が出す騒音には規制が定められているが、その規制には抜け道がある。多くのスーパーカーはそれを理解している。EUの騒音検査官は発売前に3,000rpmでの騒音をテストする。そのため、メーカーは3,001rpmで開くバルブを排気システムに装着している。つまり、検査官の前では非常に静かな車なのだが、彼らが笑顔で書類にチェックした直後、滅茶苦茶に騒ぎ出す。

現在、ほとんどの自動車メーカーが誤魔化しをしている。ジャガーにさえ、サイレンサーをトランペットに変貌させる小さなボタンが付いている。そのため、Fタイプが公道を走る時は、まるで砲兵が全力を出しているかのようだ。私も正直なことを言えば、車の出す音が好きだ。ターボが付く前のAMGのマッスルカーのような響きが大好きだった。フェラーリ・F12の寂しげな遠吠えが大好きだ。それに、レクサス・LFAの悲鳴は『Won't Get Fooled Again』の最後のロジャー・ダルトリーの雄叫びにも並ぶものだ。

それゆえ、BMWの新型435iクーペで初めてアクセルを踏み込んだ時、驚くと同時にすこしがっかりしてしまった。これは3シリーズのスポーティーな2ドア版だ。これまでは3シリーズクーペと呼称されていたのだが、新型ではBMWにより独自の名前が与えられ、デザインの自由度も上がった。実際、4ドアモデルと共有している外板部品はボンネットだけだ。

それ以外の全てが専用デザインなのだが、期待していたほど素晴らしくはなかった。確かにセダンよりも幅は広いし背も低いし、後輪のトレッドは約70mm拡大されているのだが、視覚的な存在感に欠けている。表面上はあまり良くはなさそうだ。

4ドアセダンの2ドア版を購入すれば、価格は高くなるし、実用性は低くなる。唯一、購入する人間が求めるのは優れたデザインだ。しかし、果たして4シリーズにそれがあるのだろうか。

ここで音の話に戻ろう。アクセルを床まで踏み込むと、穏やかな音が聞こえる。それはちょっとしたガーデニングでもしているのか、ミルクを少し道にこぼしてしまったかのような音だ。全くエンジンが全力を出しているようには聞こえない。

恐らく、実際全力を出してはいないのだろう。というのも、直列6気筒 3Lターボエンジンを積んでいながら、最高出力はわずか306PSだからだ。同じく直6 3Lターボエンジンを搭載するBMW M135iよりも14PS劣っている。つまりこの車は、実用的な3シリーズよりも高価でありながら、1シリーズよりも遅い。やはり良い車には思えない。

しかしどうだろうか。確かにジャガー・Fタイプの音は楽しいが、いずれうんざりしてしまうのではなかろうか。それに、私がAMGに乗って誰かの家を訪ねるとしたら、チンピラに間違われないように可能な限り早くエンジンを切ってしまいたいと思うことだろう。

つまり、長い目で見れば、この車の落ち着き払った音はむしろ良いことなのかもしれない。それに、派手すぎず静かにスタイリッシュだということは、それだけ荒らされたり破壊されたりする可能性も少ないのかもしれない。最近のBMWの多くはこんな感じだ。かつてBMWは派手派手しく、生殖器が未発達な人間が車間を1cmしか空けず運転していた。しかし今は違う。BMWは…穏やかになった。

435iも重量配分はほぼ完璧だし、重心は非常に低い。BMWらしく最高のバランスをとるために最大限の努力が払われており、実際のバランスも素晴らしい。世界最速の車ではないかもしれないが、コーナーを駆け抜けるのは非常に楽しい。世の中には不安定な車もたくさんあるが、BMWは命令のままに走ってくれる。

それに、BMWのABSは非常に優秀だ。現代の車の多くはABSの介入が早すぎる。実際にはそうではない時にも、事故直前の緊急事態だと判断してしまう。しかし、BMWは木の1cm手前に車が接近するまで待ってから、「すみませんが、緊急事態なので補助させてください」と言ってくる。

BMWはドライバーが間抜けだとは考えていない。ドライバーは非常に上手だと考えており、いざ楽しもうという時に電子制御が無粋な横槍を入れてくることはない。

こういう言い方をしてみよう。アウディやメルセデスやジャガーに乗っていれば、しっかりと気を使われていると感じることだろう。しかし、BMWはドライバーに対して何も言ってはこない。BMWのドライバーはバスの隅に座る落ち着いた服装の物静かな男のようなものだ。誰もその存在に気付いていない。それに、その落ち着いた服の下には、ライムグリーンのマンキニが隠れているということにも誰も気付かないだろう。

それに、435iには車の性格を完全に変えてしまうボタンが付いている。ほとんどの場合コンフォートにされるのだろうが、いざスポーツ+モードにすれば重要なもの全てがシャープになる。これは素晴らしい。私はこの車を運転するのが好きだ。それに、この車の居心地の良さも気に入った。

他のBMW車同様、余計な装飾品は付いておらず、無意味に派手ということもない。タコメーターの下にはホッキョクグマと関係がありそうな理解不能な表示があるものの、それ以外は全てが常識的だ。オプションのヘッドアップディスプレイを付けてみたいとさえ感じた。

しかし、疑いの余地なく、435iは万人向けの車ではない。コストパフォーマンスが高いわけでもないし、見せびらかすのには適していない。しかし、かつてのナイツブリッジを懐かしむならば。あるいは、誰にも気付かれずに逃走するための車が必要ならば。あるいは、成熟した大人ならば。これ以上に適した車はないだろう。


The Clarkson review: BMW 435i M Sport (2014)