イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フォルクスワーゲン・パサートのレビューです。


Passat

自動車業界の広報担当者は馬鹿ではない。もしモータージャーナリストが車を借りたいと頼めば、ありとあらゆるオプションをてんこ盛りにした最上級の4WD超ハイパワーモデルを貸し出すのが普通だ。

理由は簡単だ。ジャーナリストは400km/hの最高速度やトランク内の折りたたみ式スキージャンプ台に感激すれば、サスペンションが牛乳瓶の蓋からできていることや、ダッシュボードがリサイクルされたビデオカセットボックスからできていることにも気付かない。それに、エントリーグレードが1万5,000ポンドである一方で、試乗しているモデルはガルフストリームVよりも高価であることにも気付かない。

しかし、フォルクスワーゲンは違う。以前に借りたジェッタはレンタカーと変わらないスペックで、安物のシートに手回し式ウインドウ、それに鉛筆削りのようなエンジンしか付いていなかった。

そんな車の批評を私に頼むというのは、料理評論家に大さじ一杯の白米を批評させたり、政治部の記者に何の内容もない会議の記事を書くように頼むのと何ら変わらない。

これは別にフォルクスワーゲンの広報が馬鹿だというわけではない。むしろ間逆だ。彼は私が知る自動車業界人の中でもかなり狡猾な人間だ。彼はジェッタの安物を貸し出すことで、私が批評に苦しむ姿を見て楽しんでいるのだ。

そしてまた彼は同じことをした。新型パサートの批評を書く自動車評論家の多くは集中暖房に大理石浴室、本革ソファが完備された4x4 SCR R-Lineを試乗しているが、私は違った。

彼が私に寄越したのは2.0Lターボディーゼルのセダンだった。しかも、SEビジネスというグレードだった。ビジネスと言ってもビジネスクラスではない。VW用語でビジネスとは、レンタカーとタクシー向けの車を意味する。つまり、タイヤが4つとシートしか付いていない。

きっと今、ポール(問題のVWの広報だ)はテーブルに座りながら、「ようやくパサートの記事が書けたのか。さて、どんな言葉でこの車を表現したのかな…」などと独り言ちているのだろう。

しかし、ポールはミスを犯した。彼の寄越した車のボディカラーはこれまで私が見てきた中でも最も素晴らしい色だった。この色はとても、とても、とても素晴らしかった。本当に素晴らしかった。暗めのコーンフラワーブルーと表現すべきか、あるいは太陽が水平線の西に隠れ、グリーンフラッシュが起こった瞬間のよく晴れた熱帯の空の色と表現するべきか。しかしどちらも適切な表現とは言いがたい。

この色はチアノーゼの色とも表現できるかもしれない。つまり、酸素供給不足に陥った時の青みがかった指先の色だ。いや、この時期に咲くカリフォルニアライラックの花の色と表現した方がいいかもしれない。

イギリスでは車のボディカラーとして白が最も多く選ばれているが、白は車が綺麗な時にしか見栄えが良くないのにどうしてこんなに人気があるのか理解できない。もし白を選べば、週末の度に洗剤を入れたバケツやホース、それにバーゲンで購入した洗車用タオルとともに過ごす羽目になり、結局は安物のタオルがろくに水を吸収してくれないことに気付くだけだ。

他にも問題がある。綺麗な車に乗っている人間は、世間に対して自分の心が狭いことを吹聴しているようなものだ。車を洗う人は、家に訪ねてくる人に土足で家に入ってくることを許さず、犬を家具へ近づけることも許さないと宣言しているようなものだ。それに、色々と面倒が多いのでセックスが嫌いだと言っているようなものだ。

ヨーロッパ大陸ではセックスが大量に行われ、家具にはヤギやらウサギやらが群がっており、そんな地で最も人気がある色はグレーのように思える。先週パリに行ったのだが、どの場所を走るどの車も例外なくプレップスクールに通う少年のパンツの色だった。ローマにも全く同じことが言える。

この責任の一端はボディカラーをせいぜい10色くらいしか設定していない自動車メーカー側にある。私にはこれが理解できない。ファロー&ボールは思いつく限りの色を作り出すことができるのに、BMWやメルセデスやランドローバーなどの自動車メーカーはチャーリー・チャップリンが使っていた色だけで十分だと考えているようだ。「赤だって? なんだそれは。犬のペニスの色か? ないない。」

ベントレーのカラーラインアップは素晴らしいが、私が(シュコダのグリーンが数年前になくなって以降)今気に入っているのはマツダのキャンディアップルレッドだ。しかし、フォルクスワーゲンのカリフォルニアライラックブルーはそれにも勝る。

フォルクスワーゲンはこの色をハーバードブルーと呼んでいるが、ハーバード大学の色は紅なのでこれは見当違いだ。

しかし、もしこの色が気に召さなければどうしようもなくなってしまう。なぜなら、これ以外に設定されているボディカラーは、グレー、グレー、グレー、グレー、ホワイト、ブラック、ブラウン、それに胎盤レッドしかない。インテリアのカラーは9種類設定されている。グレー、グレー、グレー、グレー、グレー、グレー、ベージュ、ベージュ、ベージュの9種だ。

ボディカラーの話を語り尽くしても、新型フォルクスワーゲン・パサートについてまだ語らなければならない。しかし、まだ書くことがあるので私は困ってなどいない。コリント人への手紙に綴られた愛についての一節にこんな言葉がある。

愛は忍耐強い。愛は情け深い。

ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。

礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。

不義を喜ばず、真実を喜ぶ。

すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。

愛は決して滅びない。

これで既に6行も使ったので、150PSの2Lターボディーゼルエンジン・6速マニュアルトランスミッションのフォルクスワーゲン・パサート SEビジネスの残りの原稿を埋めるのも楽勝だろう。

では、続けよう。この車は見た目もいいし、操作性も高いし、燃費は非常に良いし、静粛性も非常に高いし、快適性も高い。インテリアに関しても、何もかもが真っ当な場所に真っ当に収まっている。もし私が空港で、レンタカー会社からこの車の鍵を受け取ったとすれば、きっととても喜ぶことだろう。

まだ文字数が余っているので、もう少し情報を書こう。現時点ではガソリンエンジンモデルは設定されていないが、ステーションワゴンモデルは設定されている。

さあ、どうだ、ポール。私はやってのけたぞ。とはいえ、今度私に車を寄越す時は、もう少し良いモデルを用意して欲しい。


The Clarkson review: Volkswagen Passat 2.0 TDI SE Business (2015)