イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フィアット・500 TwinAirのレビューです。


500

先週はほとんどずっとマクラーレン・MP4-12Cで遊び倒したが、技術的、数学的、常識的観点から見れば、この車は驚異的だ。この車は明らかに速く走ることを目的に真剣に開発されている。しかし、この車には大仰さがない。事実、ロードモードにすれば、乗り心地や静粛性はSクラスメルセデス並だ。それに作りも良く、この車は疑いようなく日常的に使うこともできる車だ。

この車はロン・ジェレミーと言うよりはロン・デニス的な車だが、マクラーレンのバッジを付ける車としては最高の車なのは確かだ。私が嫌いだった昔のF1よりはよっぽど良い。それに、ちょっと前に出たSLRよりもよっぽど良い。SLRにはブレーキペダルに扮したスイッチが付いており、ブレーキをかけるとドライバーがフロントガラスを突き破るかまったく減速しないかのどちらかだった。

あるいは、フェラーリ・458よりも良いかもしれない。458よりも良い車があるとこんなにすぐに言うなんて、私自身思っていなかった。しかし、MP4-12Cを持ちたいとは思わない。

ブガッティ・ヴェイロンにも同じことが言える。これは複合材とマグネシウムでできた、才気と忍耐と技術と地球を止める力が集結した猛火だ。しかし私は、1度たりともこの車を所有したいと思ったことはない。

私は先日、ロンドンに新しくできたヘストン・ブルーメンタールのレストランで全く同じようなことを経験した。彼はマクラーレンやブガッティと全く同じ方法で料理を作る。鴨は分子レベルまで分解され、調律され、そして再び合成されてからジェームズ・ボンドの敵の隠れ家の警備員のような服装の男達が調理を行う。アイスクリームさえミシンを使って作られている。

結果はただただ素晴らしい。疑いようなく、疑いの余地なく、ヘストンのルバーブムースは私が人生で口に入れた中で2番目に美味しいものだし、鴨脂も、食感はどこか雨ざらしになったアノラックのような感じもしたが、味は驚異的だった。ダック・プラスだった。スーパー・ダックだった。ダック・ヴェイロンだった。

確かに、私はヘストンの料理に関する技術や知識は高く評価しているが、再びそのレストランに行って彼の料理を食べることを切望しているわけではない。彼の料理が好きかと言われればもちろん大好きだし、彼の料理が食べられたことをとても嬉しく思っている。しかし、彼の料理さえあればいいと思える日は来ないと思う。

思うに、人間は複雑な人生を送っているゆえ、単純なものを求めているのだろう。夕方にただテレビを見ること。ただ部屋でくつろぐこと。ただカードゲームをすること。私はパーティーで、素晴らしい本を著した、聡明で魅力的な女性に話しかけることもできる。しかし、私が本当に望んでいるのは、パブで仲間と語らうことだ。

これは特に食べ物に関してよく言える。突然何かを食べたくなる時、食べたくなるものは決まってシンプルなものだ。チキンサンドイッチ、林檎、タン、蟹…。コアラの耳のトリュフを食べたいと熱望したことなどない。

あるいは、車に言えることもある。私はメルセデス・SLSやジャガー・XKR、BMW M3、フェラーリ・458が大好きだ。しかし、私が最も欲しいと思っている車は、以前に試乗したシトロエン・DS3レーシングだ。そして、それに次いで欲しいのは、今回紹介するフィアット・500だ。

フィアット・500に関してはもうよくご存知のことと思う。知り合いの不動産屋の娘も持っていることだろう。そして、あなたがジェームズ・メイでない限り、きっと誰もが500を好きだろう。この車の生意気さや、レトロとモダンの同居が好きなはずだ。

それに、500はミニとコンセプトが似ている。どちらもファッション第一で、車であることは後回しだ。それに、フィアットのほうが随分安い。それに、道行く車の75%がグレーやシルバーである中で、この車は必ずしもそうである必要性はない。パウダーブルーも、エッグイエローも、口紅色も選べる。ステッカーを貼ることもできる。貼るべきだ。

要するに、このリトル・フィアットはドライバーを笑顔にさせるマシンなのだが、今回紹介する車は違う。さらに良くなっている。今回紹介するTwinAirという車は、エンジンがこれまでの車とは全く違っている。

このエンジンは2気筒だが、とはいえこれは革命的アイディアではない。オリジナルのフィアット・500も2気筒エンジンを搭載していた。しかし、新型500のエンジンにはカムシャフトが存在しない。代わりに、排気バルブが油圧と電子制御のはたらきによって吸気バルブの開閉を行う。これは存在しない問題に最高の解決策を提示したような話に思える。しかし、素晴らしい結果が生まれた。

何より音だ。キャンディの棒を自転車のスポークに貼り付けて走った時の音を想像できるだろうか。まさにそれだ。それよりも音は大きいが。これは、私が今までに聞いたエンジン音の中でも最高の部類に入る。

それに、パワーだ。もちろん、排気量はわずか875ccゆえ、パワフルではない。しかし、ターボで過給されており、最高出力は85PSを発揮する。それゆえ、高速を楽々走ることができる。それに、発進加速も活発だ。

他にもある。2気筒エンジンは4気筒エンジンよりもフリクションが少ないため、非常に効率的で、ボリス・ジョンソンのレンタサイクルに乗る太った男よりもCO2排出量が少ない。結果、ロンドンの渋滞税を払う必要もない。

この車はトヨタ・プリウスよりも小さく、部品の量も少ないし、バッテリーの製造により酸性雨を引き起こして農作物に甚大な被害を与えることもないため、プリウスの10倍は環境に優しい。小さな車に乗れば誰もが得をする。

特に石油会社が得をする。なぜなら、TwinAirはいわゆる経済的な車ではない。気をつけて運転すれば、ダッシュボードにあるエコボタンを押して運転すれば経済的になるだろう。しかし、エコボタンなど押すはずがない。それに、この車ではエコドライブなどできない。子犬を大人しくさせるくらいに無茶な話だ。

私は1週間この車に乗り、音を楽しみ、平均燃費は16.2km/Lだった。以前に乗ったアバルト・500の方が燃費は良かった。

それに、価格は同等スペックの2倍の気筒数を持つモデルと比べると1,000ポンド近く高価だ。つまり、この車は価格も安くなければ、ロバ並の自制心しかないし、ランニングコストも安くない。

しかし、ロンドンで渋滞税課金区内の監視カメラに向けてVサインをし、赤信号から自転車を引き離して素晴らしい音色を聞いていれば、そんなことは気にもならない。500は素晴らしい小型車だ。それに、このエンジンはおそらく世界でも最高の代物だろう。


The Clarkson review: Fiat 500 TwinAir (2011)